ワルツを踊る百合

tada

ワルツ

 小さい頃、私は王子様に憧れていました。

 それもただの王子様ではなくて、白馬に乗った王子様が私を迎えに来てくれるのだと本気で、思っていました。

 けれど、私の前に現れたのは白馬に乗った王子様ではなく、ボーイッシュな女の子でした。


「優子さん。今日もワルツの練習付き合ってくださる?」

 私は学園への登校中、隣を歩いているボーイッシュな女の子──王子谷おうじたに 優子ゆうこさんに語りかける。

 彼女──王子谷 優子さんは、私の幼馴染兼恋人なのです。

 昔私が、助けを求めている時に優子さんは、誰よりも早く私の元に辿り着いて、私を助けてくれました。

 それ以来私と優子さんは、常に行動を共にする様になりました。そして女学園に入学すると同時に恋人関係へとなりました。

「ええいいですよ。ワルツのテストもうすぐですもんね」

 優子さんはいつもこうやって優しく頬笑んでくれます。この笑顔が私は、とてもたまらなく好きなのです。

 ここ一ヶ月ほど私と優子さんは、毎日のように、授業が終わり次第夜になるまで練習をしています。

 もちろん男性側が、優子さん。女性側が私になっています。でも本当はお互いに逆の方がやりたいのですけれど、周りのことを考えるとこれが一番なんです。

「ええ。絶対に一番目覚ますわよ」

「そうですね、頑張りましょう」


 優子さんは、学校では学園の王子様なんて呼ばれています。優子さんは優しいですからね。

 ある女子生徒が、転びそうなところを見るや優子さんは、すぐに女子生徒の元に向かい助けるのです。そして言います。

「大丈夫ですか?」

 私にいつも見せてくれているような微笑みを優子さんは、誰にでも見せてしまいます。

 私だけに見せて欲しいとも、もちろん思います。

 だからこそ誰かに優子さんを取られてしまう前に、私は優子さんと付き合ったのです。

 

「王子と姫ってやっぱりお似合いよね」

「わかりますわ。それに今度のワルツ二人で踊るんでしょう? 必ず見に行きますわ」

「本当ですの? わたくしも絶対行きますわ!」

 学園につくとすぐにそんな噂話が、耳に入ってきた。学園を歩けばこんな噂話は日常茶飯事です。だからワルツのポジションを逆にするのは、周りを気にしてしまうと、なかなかできないです。

「どうしたのですか? 麗華れいか?」

 私が、ボーッとしていますと優子さんが心配して、顔を覗いてきました。

 私は少々慌てながらも返事を返します。

「大丈夫ですわよ、少し考えことをしていただけですから」

 ホッと安心のため息を吐いた優子さんは、私の顎をそっと指で挟んで言いました。

「そうですか。大丈夫ならよかったです。でももし何かあったら言ってくださいね。私はあなたの王子ですから」

 ふはぁー。と私の顔は白から赤へと変わっていきます。外にいる時の優子さんは、王子モードなのでよくこういうことをしてきます。

 周りからは「キャー!」なんていう歓声のようなものまで上がっています。

「優子さんここいっぱい人いますから、あまり長い時間この状況はちょっと──」

 私が目線を逸らしていると、優子さんも気づいてくれたみたいで、慌てて手を離してくれました。

「ご、ごめんなさい。つい」

「いやいいですのよ。嫌なわけではないですし」

 小声で付け加えます「むしろいいというかなんというか」

「ん? 何か言いました?」

 私の小声は、少しだけ聞こえていたみたいです。私は慌てて訂正に意を示します。

「なんでもないですわよ。なんでも──ほらもうすぐ授業が始まってしまいます。急ぎましょう」

「う、うん」

 優子さん、納得はしてなさらなかったみたいですけれど、私は無視して教室へ向かいました。


 そして放課後私と優子さんは、誰もいない練習室で、ワルツの練習に勤しんでいました。

「優子さん。今のところ間違ってますわよ」

「ご、ごめん。あ、麗華も今のところ間違ってますよ」

「本当ですわね。ごめんなさい」

 そんなやりとりを二時間ほど続けて、辺りが暗くなってきたので、今日の練習は終わりということになりました。

「お疲れ様ですわ。優子さん」

「ええ、こちらこそお疲れ様です。麗華」

 挨拶を交わして、私と優子さんは、誰もいないのを確認してから手を繋ぎます。

「それじゃあ帰りますわよ。私たちの家に」

 優子さんは、私が一人暮らしさせられている豪邸らしき家に、居候しています。

 元元は優子さんの両親が海外に転勤ということで、優子さんが一人暮らしをする予定だったのですが、まぁ私の家広いですし、誰もいないですし、せっかくならということで誘ってみたら、多少照れながらも了承してくれました。

 まぁそんな経緯で、私たちは今実質同棲のようなものをしています。

 そして二人きりなんでもやり放題な私たちは、学園から帰り、お風呂に入った後は、男装と女装をしてお互いの夢を叶えています。

 男装はもちろん私。白馬に乗った王子様に憧れるあまり、私自身が男装にをする様になってしまいました。

 長い髪は一本に纏めて、中世の貴族が着ていそうな赤い軍服を身にまとい、喋り方も男ぽくしています。

 女装の方は、優子さんがしています。外ではあんな感じの優子さんですが、本当は可愛いものが大好きな乙女です。

 なので私以外誰も見ていないこの家では、フリルたっぷりでスカートが広がった令嬢のようなドレスを着ています。髪型の方は金髪縦ロールのウィッグを着けて、お嬢様感倍増です。


「優子さん」

 私は隣でテレビを見ている優子さんに、問いかけます。

「はい。なんですか?」

 優子さんは私の問いかけに反応して、目線をテレビからこちらに向けてくれます。きょとんとしたとても女の子らしい表情の優子さんに私は、お願いをします。

「優子さん──キス、してもいいですか」

 優子さんは先ほどまでの表情を、しょうがないなーという表情に変えて言ってくれます。

「はい、いいですわよ」

 そしてキスする寸前私は、一言添えます。

「好きです。優子さん」

「私もですわよ、麗華さん」

 そんな会話をして、私はそっと優子さんの唇に自分のを重ねました。


 翌日教室で、先生からワルツのテストを受けるのに必要な用紙をペアで一枚ずつ受け取った。

 用紙に記入する項目は、ペア二人の名前とどちらが男性側で、どちらが女性側かを書く項目だった。

 私と優子さんは迷わず男性が優子さん、女性が私となるように記入しました。

 確かにしました。

 絶対にしました。

 だけれど本番当日、耳に入ってくる噂はこんなものばかりでした。


「王子が女性側らしいですわよ」

「本当ですの? でもお二方練習では王子が男性側じゃなかったですっけ?」

「そうだった気がしますわ。どうしたのでしょう」

 え? と私と優子さんもなったので、先生に確認をとってみたところどうやら本当に、男女が逆になっているようでした。

 私たちはすぐに、変えてほしいと懇願したのですが、先生は「もう準備を開始してしまっているので、無理です」と強めの口調で言いました。

 

「どうしましょう」

 職員室を後にした私と優子さんは、学園の庭に設置されているベンチの上で悩んでいます。

「どうするも何もないと思いますよ、やるしかないです。僕家からあのウィッグ取ってきますね」

 そう言って優子さんは、走り出しました。私の返事も聞かずにチーターのような初速で走り出しました。

「あ、ちょっと」

 私が声をかけた時には、もう姿は見えなくなりました。


 数分ベンチで待っていると、息切れをした優子さんが私の前にやってきました。

「はぁー、はぁー、持ってきましたよウィッグ、これで私が女性役をやれば完璧ですね」

「そういう問題じゃない気がしますけれど、もうやるしかないんですものね」

 私は壁からゴムを取り出して、長い髪を一本に纏めて、手を差し出します。

「行きましょ、優子さん」

「はいどこまでも一緒──」

 

 会場は、立派な舞踏会場でした。

 会場には、学園の先生方の他にもスーツを着た審査員らしき人までが私たちを見ていました。

「頑張りましょう、優子さん」

「はい、麗華さん」


 音楽が流れ始めて序盤はなんとかミスもなくできていたのですが、中盤、終盤と、段々ミスがまだってきてしまいました。

 ですけれど私たちは最後の最後まで、諦めずに踊り切るのでした。

 パートナーの表情をよく確認しながら、再確認します、やっぱりこの人をパートナーにしてよかったですと──。


 結果はもう散々でしたけれど、これは私と優子さん二人の人生にかけがえのない一欠片になることでしょう。


「好きですよ、優子さん」

「私もですよ、麗華」

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