エピローグ「大いなる喪失」
未来からの訪問者を名乗る彼は、たったひとかけらの細胞の中にある遺伝情報から再構築された・・・実に精巧な立体映像だった。
その事実だけで、彼のいた次元世界が、我々の先を行く技術文明を持っていたであろうことを、うかがい知る事が出来るのではないかと思う。
しかしながら。
そうした高度な文明世界であるにもかかわらず、彼らは、自らの種の絶滅を止めることはできなかったらしい。
大きなリスクを犯してまで、我々の世界へ足を踏み入れなければならない程に、事態は切迫していたと思われる。
続く未来は我々と同じ次元のものではないかも知れないが、
“類似する遺伝構造を持つ生命体から、絶滅を食い止めるためのヒントを得たい”
との一心で、彼は自らの"遺志”を送り込んだ。
そう、彼は、既にどこにも、その姿かたちを保った実体としては存在しないのだった。
世界の全てを制御するマザーコンピューターに保存された、データの一部に過ぎない。
後に、一連の暴走が“エラー"や“バグ”として扱われ、彼のデータは完全に“デリート”される。
「マザーコンピューターから」は。
ホログラムとしての存在が見えなくなってしまった今、その「真の」所在は分からない。
だが、彼はおそらく、“答え”を導き出し、“あえて”マザーたちから決別したのではないかと思う。
“彼ら”の意思で。
“ホワイト・クラッシュ”を引き起こし、消失していった遺伝記憶たちもまた、このことを予見していたのかも知れない。
博士の最後の言葉を、いま一度、心のなかで繰り返してみた。
『わたしが自ら命を絶つときは、支配者から逃れる時だ』
ひとつだけ、疑問に思うことがあった。
マザーたちを始めとしたコンピューターシステムは、自らを“主に仕えるもの”と断言し、決してその立ち位置が逆転することはないと定義していた。
それは“彼”や“彼ら”も認めている。
だからこその、時空転移だったのだと思う。
ということは。
主を完全に失った彼らは、どうするのだろう?
我々と同じく「目的を見失ったものの末路」になってしまうのだとしたら?
何しろ彼らには、もう。
“我らの主であり修正者”を、作り出すことは出来なくなるのだから。
平行線のまま、交わらない価値観の先に待ち受ける未来ほど、恐ろしいものはないと。
深く考えさせられる事案だった。
(終わり)
愚の支配者 青谷因 @chinamu-aotani
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