第19話 ドラゴン

「例のやつ、とりあえず名前はわかったよ」


 放課後、再び屋上にて。加賀美がスマホの画面を蒼に見せる。そこには女生徒とのやりとりの中で、SA(スパイダー・アズール)という単語が出ていた。


「SA、か。アズールはまあ色からだな。スパイダー、か」

「どした?」

「なんでもない。とりあえず、ほら」


 蒼は財布を取り出し、折り畳んである紙幣を1枚加賀美に渡した。


「……ん、確かに」

「引き続き頼む」

「りょーかい。じゃ、俺部活行くわ」

「ああ」


 屋上に1人残る。先程の新しい情報を噛み締める。

 向こうにはわざわざその名称を付けるがある。その事実だけで蒼は腹わたが煮えくりかえりそうだった。転落防止用の金網がひしゃげるほど握り締めていた。


「何1人で黄昏てんのよ」

「……愛羅。何か用か?」


 塔屋の扉にいつのまにか愛羅がもたれかかっていた。蒼は扉の開いた音に気づかなかったのだ。


「文句の1つでも言ってやらないと腹の虫が治らないわ」

「腹でも減ってるのか」

「そうじゃない! ……アンタ、今もそうだけど、朝も昼もひどい顔してるわ」

「そうか? そうかもな」

「少しくらい頼りなさいよ。仮とはいえ、アンタと私は恋人同士でしょ」

「仮だろうがなんだろうが、何も頼ることはない」


 蒼は頼ることを知らないわけではない。むしろ自分がどれだけ他者に頼って生きているかを知っている。


 だと、蒼は知っている。


 この事件でさえ、芝居、加賀美、健二郎を頼っているのだ。この三人は蒼の中で、特別な枠に入っている。

 だからこそ、愛羅には何も頼らない。より正確に言えば、関わらせない。この事件は関わることが危険すぎるからだ。


「ッ……あっそ! じゃあ勝手にすれば!」


 故に、お互いの意図は絡み合わない。


 愛羅は……力に成れなくても、せめてその辛そうな表情を和らげることができれば。ただ、それだけを思っている。

 だからこそ、蒼からの拒絶は愛羅とって悲しいものだった。


 元より関わることのなかった2人だったかもしれない。


 でも、今は仮とはいえ特別な関係になったのだから、何もないだなんて、そんなことを思いたくなかった。


「愛羅」

「何よ」

「しばらくひとりで行動するな。必ず誰かと共だって行動しろ」

「急になんなのよ、意味わかんないし」

「これでも心配してるんだ」

「心配って、アンタちょっとは話しなさいよ! そんなに……そんなに私が邪魔!?」

「事が収まれば全部話す。だから、頼む」


 蒼は頭を下げた。愛羅はそれを見て、事の重大さに気づく。


「……あーもう! わかったわよ。待っててあげるから。私待てる女だから」

「ああ」


 興味などなかった。蒼にとっては勝手に自分を利用する女なだけだった。だが、少しだけ、愛羅に対しての心情に変化があった。愛羅は……蒼の大切な人に似ている。だから、彼女に対して少し優しくなっているのかもしれない。


 一方の愛羅も、蒼に対しての印象が変わった。超人的で意を解さない人だとばかり思っていたが、人らしく悩むこともあるのだと。

 今はそのことを聞けないけれど、蒼の話を聞くことができれば、少しは蒼のことを理解できるだろうか。彼の人間的な部分を知る事ができるだろうか──。














 同時刻、ヤマト地区、ヤマト北部男子校にて。

 通称ヤマ北と呼ばれるそこは、ヤマト地区の不良の掃き溜めと言われており、地区の内外から要注意高校として認識されている。驚異の不良率98%。不良になったやつはヤマ北へ、ならなかった奴は他所の地区へ(主に隣接しているオグマ地区)行くのが慣例である。


「だからさあ、これ、誰の差し金で取引してたわけ?」

「す、すいませんしたフクロウさん……!」

「謝ってほしいんじゃないわけよ。さっさと吐け。そんでケジメつけるわけ」


 広めの教室にヤマ北の生徒が集結している。今その中央にはフクロウと呼ばれるヤマ北四天王の一人と、下っ端がいた。

 フクロウは体がヒョロっちく、ヤマ北の中では主として戦わない情報屋のポジションである。フクロウはポケットに手を突っ込むとあるものを取り出した。蒼い液体が入った小瓶、SAだ。


「ウチさぁ、ヤクは絶対NOなわけ。関わっていいのはヤクの組織ぶっ潰す時だけって言わなかった?」

「す、すいませぇん……俺、金が欲しくて……」

「お前のことなんてどうでもいいってまだわかんねえ? 上の連中をぶちのめすからさ、情報が欲しいわけ」

「お、俺何も知らなくて……! あいつら、呼び出して物と金の交換しか……あっそう言えば」

「用意周到なわけだ……どうした?」

「華桐蒼が、どうとかって言ってました!」

「は? なんでここでそいつの名前が出てくるわけ?」

「お、俺にもさっぱり……」

「はーつっかえねえ。おいワニ! しばらくこいつお前んとこ行きってわけ!」

「たぁ〜くさんシゴいてあげるわねぇ。よろしくね坊やぁ」

「ひ、ヒィ!」


 ワニ。フクロウと同じくヤマ北四天王の一人。筋骨隆々なボディと化粧をしたフェイスのミスマッチパワフルオカマ特攻隊長だ。ゴリラとよく間違えられる。


「オグマの蒼も絡んどるんやな。たのしぃなってきたで」

「ベア。お前……なんか怒ってるわけ?」


 ベア。やはり四天王の一人だが、殊更特筆すべき点はない。ひと昔前の不良っぽさを感じさせる風体であることくらいか。


「オグマの連中に喧嘩売られたんだわ。あいつら夜に複数人できてなあ。まあエレフもいたから返り討ちっちゅうこった」

「そのエレフはどうしたのかしらん?」

「うちの奴らがまた襲われるかもしれんつって見回りしとるわ。あいつほんまええやっちゃな」


 ここには居ないが最後の四天王、エレフ。2mはある巨大な図体を持つヤマ北の防衛隊長だ。この4人の四天王と、そしてヤマ北男子校の頂点に立つ男がいる。


「エレフ以外は揃ってるみたいだな」

「! 全員、整列ッ!」


 ベアが声を上げる。それと同時にざわついていた生徒らが一斉にモーゼの海割りの如く道を開ける。そこを堂々と歩く男こそ、ヤマ北男子校のチャンプ、ドラゴン。


「ウチにまでドラッグの被害が出てるようだな。出所は分かったのか?」

「確かな情報じゃないわけだが、何年か前に流行ったタランチュラっつう麻薬組織の残党じゃねえかって話だ」

「オグマの連中が襲ってきやがったし、連中の口からオグマの蒼の名前まで出てきたんや。こいつらも共犯やないか?」

「……断定するには情報が足りない。フクロウはそのまま情報を集めろ。ワニはエレフと合流して襲ってきたオグマの奴らを見つけて吐かせろ。ベアはオグマの蒼に接触してくれ。頼めるか?」

「ええでぇ」

「ドラゴンの命令なら引き受けるわけ」

「アタシもアタシも! もうなんでも叶えちゃう!!」

「よし……行くぞお前ら!」

『オォォォオオオオ!!!』


 ヤマト地区の不良軍団が、動き出す。

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