第20話 後悔と懺悔と悔恨
「あ、蒼ちゃん」
「菫子姉さん。元気だった?」
三年生の教室を彷徨いていた蒼は、女生徒から声をかけられた。
雪嶺菫子という。オグマ高校の三年生でおっぱいがでっかい。本当にすごい。
雪嶺家とは家族ぐるみの付き合いで、菫子と蒼の兄は許婚の関係であったりする。
「うん、私も、お母さんも元気だよ。でもちゆちゃんが……」
「千百合に何かあったのか」
千百合は菫子の妹で、オグマ中学に通う二年生だ。詳しい言及は避けるが、性格を除いて姉と似ている。
昔は兄妹のように仲が良かったが、ここ数年、蒼と千百合は会話をしていない。関係が断絶している。
「最近、ちゆちゃん家に帰ってくるのが遅くて……」
「具体的に何時ごろからだ?」
「えっと、1ヶ月くらい前から、かな。理由を聞いてもお姉ちゃんには関係ないって……」
「────、」
蒼は思わず頭を掻いた。タイミングが悪すぎる。仮にタランチュラ残党と無関係であったとしても、巻き込まれる可能性が高い。それに──。
「千百合が直接関わってるとしたら、最悪だな……」
「……蒼ちゃん?」
「姉さん、この件は俺に任せてくれ。ただ、兄貴には黙っててほしい」
「それは……蒼ちゃんがそういうなら、話さないでおくけど……」
「大丈夫だよ、千百合は俺が必ず助けるから」
「ありがとう、蒼ちゃん。ほんとはね、これ以上蒼ちゃんたちに迷惑かけちゃいけないって思うの」
「姉さんも千百合も家族だ。だから、いつでも頼ってくれ」
「うん……」
「でも、先に謝っておこうかな。今回は無傷じゃ済まないかもしれない」
「それって──蒼ちゃん!」
「じゃ、これで」
蒼にとって雪嶺家の人は自分の家族と同じ枠組みに入っている。家族と同等に大切な存在だ。
何があろうと守ると決意した。既に壊れていて、取り返しのつかない状態だったろうが、それでも、最後に壊した者の責任として。
ワセノ湾岸区のとある廃工場にて。薄暗い場所だった。色々な発色をするネオンだけが工場内を照らして、怪しげな雰囲気を醸し出している。
そこには1人の少女と20代後半ほどの男が複数人いた。奥には小瓶に液体を入れる作業をしている者たちもいるようだ。
どいつもコイツも柄の悪い連中だ。特にソファにドッカと座る男は、ジャラジャラと金色のアクセサリーをしていて趣味が悪い。
辺りに散乱しているグラスには蒼い液体が入っていた形跡がある。SAだろう。あの小瓶単位で摂取していない様子だ。
この空間は臭いも独特だ。薬品臭い。単純に化学物質粉末から生成出来るSAの作業場所であること以外にも、SAを気化して服用している奴がいるせいだ。タバコの臭いも混じっている。最悪だ。
ここはいるだけで頭がおかしくなる場所だ。
1人の少女、雪嶺千百合はテーブルの上に足を載せている男に対して言う。
「全部捌いてきた。早く次寄越せ」
「おっ偉いねえ千百合ちゃ〜ん。涙ぐましい努力だね〜」
「触んな。アンタらは金と物だけ寄越せばいい」
「オヨヨ〜最近の若い子は怖い怖い……はいじゃあこれ取り分ねぇ」
SAは小瓶に9ml入っており、6000円±いくらかで取引されていた。千百合が捌いている金額は5000円で、中身は他に比べ薄めに作られている。それを今回は30瓶売ってきた。
既に200瓶は捌いている千百合にとって、30瓶などもはや造作もないこと。再購入者はある程度いるわけで、次また購入する予定のリストもできあがっている。
千百合は売り上げの3割が自分のものになる契約を結んでいる。この金銭のやり取りに、千百合は嘘をついたことはない。例えば500円値上げして売り捌き、その差分を自分の懐に入れたとて、コイツらは気づきもしないだろう。それでもそんな真似はしない。
なのに、男から渡されたのは、諭吉1枚だけだった。
「……は? 足りない」
「ごめんねぇ、実は見つかったバカ共がいやがってさあ。ウチとしても心苦しいんだけど、利率下げざるをえなくってねぇ」
「約束と違う!」
「次の売り切ったらさ、ちゃんと払うから。ね?」
「チッ……さっさと次のヤク寄越せ」
「へへへ、がんばって売ってきてね千百合ちゃ〜ん?」
新たに30瓶渡される。
これを捌けば、ちゃんとお金が手に入る。
そう信じて、千百合は小瓶の入ったケースを鞄に入れるとすぐにその場から立ち去った。
「金木さん、あんなガキに好きなように言わせていいすんか?」
「良いんだよアイツは使えるガキだからなぁ。それに、顔も体も良い具合だからよ、使い道はあるだろ?」
「へへ、っすね!」
「骨の髄までしゃぶり尽くしてやるからなあ……楽しみだなあ! なあ、兄貴ィ……」
過去の因縁の歯車が今と噛み合い出した。
誰かが傷つき倒れても、もはや止まることはできない。
ある者は家族ともいえる仲間のため。
ある者は守らなければならない人たちのため。
ある者は復讐のため。
ある者は自分が自立した人間であるとの証明のため。
ある者は自分の欲望のため。
そして、ある者は過去との因縁を別つために。
それぞれの思惑が絡まりあい、喧嘩が始まる。
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