第15話 忘れ物

 蒼は基本的には起きていれば授業は真面目に受けている。成績も悪すぎることはない。中の中の中くらい。恐らくきちんと時間を取って勉強をすれば上位に入ることができるだろう。そのつもりは全くないが。


 今日は授業中に寝ることはなかった。先週の前半が余りにも地獄だったので寝てしまったが、普段はあまり寝ないのである。


 そもそもとして、体力お化けの蒼が瀕死になっていた先週の──お相撲さんとのぶつかり稽古が異常だったのだ。刻蔭の道場には土俵はないので、近隣の相撲部屋で早朝と夕の2回、毎日行われた。


 体重差が数十kgある相手に対して、力勝負を挑むのは滑稽だろう。蒼は真っ向から挑んだ。練習の時は当然相手の体を破壊するやり方はしない。


 力のみをもって巨体に挑む。

 どれだけ土まみれになったか。次から次へとお相撲さんが来る。延々とそれを繰り返す。

 その結果が先週の死に体だった。

 もう二度と御免だと思ったが、確かな実りはあった。


 放課後、蒼は忘れ物を取りに教室に戻ってきた。勉強道具ではなく、机の横のフックに引っ掛けてあるレジ袋──惣菜パンを置きっぱなしなことに気づいた。


 蒼は食べ物は大切にするたちだ。出されたものは全部食べる。好き嫌いがほとんどないのもそれに拍車をかけているのだろう。


 廊下の窓から差し込んでくる光は、夕暮れというにはまだ早い色をしている。耳をすませると軽音部か、吹奏楽部かわからないが楽器の音が聴こえる。

 この廊下は無人だが、校舎のどこかには人がいるんだろう。


 上履きの底面のゴムが擦れる音が響く。

 蒼は自分のクラスの扉を開けた。


 誰もいないと思っていた教室には1人の女の子がいた。蒼の机に座っている。顔は見えないが、なんとなく見覚えがある。そう、近くにいた気がする。

 濡羽色の髪の女の子が、こちらを向く。その表情は普段の気怠げそうな表情ではなく、焦りがあった。

 柚原雛莉だ。


 何故蒼の席に座っているのか。

 何故一人で残っているのか。

 疑問が湧いたが、さほど問題ではない。


「机のレジ袋取ってくれない?」

「え、あ、はい、これ──」

「ありがと。それと、アンタの席もう一つ後ろだろ」

「う、うん……間違えてた……あ、あの」

「なんだ?」

「その……これ……」


 雛莉は握っていた手を開き、その中にあったものを蒼に見せる。

 まだ記憶に新しい、3段階スイッチだ。


「これ」

「それお前の──えっと、名前なんだっけ」

「雛莉、柚原雛莉」

「柚原のだったのか。勝手にいじくって悪かった」

「それは全然、良い。むしろ、華桐君に持っててもらいたいくらい……」

「要らね」

「そ、そっか」

「何のスイッチか知らないし」


 雛莉は赤面する。


「何のスイッチか、知りたい?」

「興味ない」


 雛莉は蒼の制服の裾を弱々しく掴んで引き止める。

 蒼が振り返ると、そこにはスカートを摘んでたくし上げている雛莉の姿があった。黒タイツは40デニールで、白い下着が薄ら透けて見える。


「何?」

「これ、ね。ONにすると、振動して、私を気持ちよくさせてくれる」

「それで?」

「だ、だから華桐君に持ってもらって、いつでも、その、私を……」

「あっそれロー◯ーってやつか。松田まつだがなんか言ってたな。なんでそれを俺に?」


 松田とは刻蔭道場の門下生の1人。現役の総合格闘家で、蒼評価そこそこの人物。23歳で彼女持ち。松田の彼女は道具を使ったプレイが好きなようだ。


 蒼は松田がデヘデヘと彼女との話ばかりするので叩きのめしたことを思い出す。練習中の休憩時間とはいえ、練習を始める前も同じようなことを話しかけてきたのでムカついた。それでも練習後話してくるので、コイツ大した奴だなと評価が上方修正されたのと共に、本人には内緒で練習負荷が上がった。


 妙な記憶が蘇ったが、つまるところ、男と女の関係で使うものであって、大して仲良くもない者同士には不必要なジョークグッズだと蒼は認識している。


「それは──、」


 雛莉は言葉に詰まる。本当は自分の気持ちを吐露してしまいたい。ただ、ぶつけてしまいたい。

 そうすれば少しは見てもらえるだろうか。蔑んでもらえるだろうか。


「俺はお前のことは何も知らないし、悪いが興味もない」

「…………」


 それで良かった。雛莉が好きになった蒼は、そういう人物だ。破壊的で、意を介さない嵐のような存在。木端なぞには目も向けない唯我独尊が人の皮を被ったもの。

 他人に期待や執着をせず、自分の在り方のみを良しとする。それが雛莉にとってのオグマの蒼。


「じゃあな」


 蒼は雛莉の手を振り払うと教室から出て行った。


「…………」


 教室に一人残される。雛莉はその場でへたり込んでしまう。

 こんなにも心の底から焦がれているのに何も出来なかった。

 だからこそ、余計に燃え上がる。足りないからこそ渇望する。


 雛莉は椅子や机を支えに立ち上がる。タイツに手を入れて秘部のローターを取り出し、蒼の机の上に置いた。窓からの陽の光を受けて、てらてらと反射している。


 雛莉は蒼の机の角に秘部を押し当て始めた。

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