第13話 序・波及
蒼と愛羅が付き合い始めてから1週間が経った。蒼の手は完全に回復し、道場での練習に復帰したので愛羅は蒼と関わりがなくなった。
わざわざ休み時間に会いに行くだなんて甘ったるい真似はしたくないし。
なので噂の盛り上がりとは逆に、2人の関係はもう冷めている。偽装カップルだしそこまで入れ込むのも違うでしょと愛羅は思う。
表向きの目的は風除けだしぃ? 私から会いに行ったらなんか私がアイツのこと気になってるみたいだしぃ? 別に恐怖心とかいつでも克服できるんだから!
とかなんとか考えてる間に、蒼の身の回りでは変化が起き始めていた。
「今日は1限目の授業をお休みして急遽持ち物検査を行います」
先週の、ナイフの案件の処理がようやくなされるらしい。やるだろうと予測していた蒼、蒼と芝居から教えられた加賀美と愛羅以外で、このことを噂していた生徒はいない。学校側は良く隠し切れたと言えよう。
名目としては4月も半ばを過ぎ、そろそろ気が緩んでくる時期だから、というもの。
オグマ高校では基本的に漫画や雑誌類に持ち込みはOKだし、ゲーム機も許可されている。授業中に使うことがなければ没収されることはない。
よって、この持ち物検査ではその類のものは見つかろうが何も問題はないのである。R-18系はアウトなので御注意を。
察しの良い生徒はこの違和感に気づいていた。
昨年はこの時期になかったというだけで、持ち物検査自体はあった。前回ではタバコやライターといったものを主な対象にしていた雰囲気だったか。
つまり、そういった不良が持ってそうなものの痕跡が発見されたときに、持ち物検査が行われる。
今回もその類だろうと、ほとんどの生徒は気づき始めた。そして、安堵する。だって妙なものを持ち込まなければ何も問題はないのだから。
先生の面持ちが真剣なものであることを除けば、概ね平生通りである。
「────、」
蒼たちのクラスの雰囲気はそのようなものだった。安堵、一限が潰れてラッキーと思う者、ヒソヒソと友達と話し始める者、そして。
「(まずいまずいまずいまずいまずいまずい──!!!)」
表情には出さないものの、その心は台風のように荒れている者。
「(なんで今日に限ってこんなやばいやばいやばいどうにかしないとどうするっての!?)」
「蒼の言った通りだったな」
「だろ」
「(なんで私には教えてくれなかったの!!!!!)」
雛莉は前の席とその隣の席同士で話している男子たちの言葉を盗み聞きする。華桐蒼と倉敷加賀美。加賀美とは少しは話したが社交辞令の範疇。蒼とは先週少しだけ話した。たったそれだけだ。
新しいクラスで後ろの席になって3週間、華桐蒼の観察をしているが未だに話かけることができていない。
「皆さんお静かに。これから一人ずつ検査していきます。全員カバンとスマートフォンを机の上に置いてください。スマートフォンは常に見える位置にお願いします。検査は身嗜み、鞄・机・ロッカーの中が対象になります。皆さんには窮屈な思いをさせますが、これもより良い学校作りのためですのでご理解ください」
「質問いいですか?」
「どうぞ」
「えっと、見られたくないものがはいってる時はどうすればいいですか……?」
「ものに依りますができる限り配慮します。具体的には検査の番が回ってきたときに相談していただき、個別で対応すべきと判断した場合、後で別室にて検査を行います」
「わかりました」
「質問いいっすかー」
「どうぞ」
「トイレ行きたくなったときは?」
「早めに申し出てください。順番を早めます」
「りょうかいっすー」
「他に質問はありますか? なければ検査を始めます。窓際の列から順に進めていきますね」
──決断をしなければならない。
柚原雛莉は勝手に追い込まれていた。
雛莉の鞄の中には見られたくないものが入っている。自身の趣味(※要出典)が高じて遂に学校にまで持ってきてしまったものが。
それは、決して配慮されるようなものではない。
先頭の列の生徒が検査を受けている様子を見るに、鞄の中身は全て出される。
多少、ふざけたジョークグッズなども許されるのだろう、馬の被り物はOKの判定が出た。でも雛莉の鞄にあるそれはジョークグッズでも許されない系ジョークグッズなのである。
「はい、大丈夫です。ありがとうね」
ロッカーの検査は後でやるようだ。
刻々と迫るリミット。担任の
「やめておきなさい」
雛莉が鞄に手を伸ばそうとしたときだった。
「!」
「なんでお弁当を食べ出すのかしら」
「朝、食べる余裕なくて……我慢できなくて」
「ダメよ。はぁ……あなたの番が終わってからになさい」
「ふぁい(もぐもぐ)」
どうやら違う生徒だったようだ。セーフ&グッド。今の隙の間に、鞄の小口のチャックを開けることに成功。これで先生から見えない角度で鞄の中の物に手を伸ばすことができる。
残っているのはあと二人。その間にミッションを終えることができなければ、雛莉には(社会的な)死が待ち受ける。
しかし焦ることなかれ。一見何事もないように行動しなければならない。
先生は次の生徒の検査に移った。
中のものを取りやすいように鞄を動かすのは愚策だ。今の位置で事を為さなければならない。ターゲットは振動部と電源・受信部が分かれており、コードがあるものなので一度指に引っかかれば取り出せる。また、送信部でOFF弱強を選択できる。
「鞄の中身は大丈夫ね。次は机の中」
ゆっくり、ゆっくりと鞄の中に手を伸ばす。鞄の中には他には雑誌、お弁当、身嗜み用品、等々。昨日剥き出しで中に入れたから触れば手触りでわかるだろう。
「(今思ったらあんまり衛生的に良くないね)」
指先に神経を集中させる。同時に目線は先生の方を向ける。大丈夫だ、行ける。
音を立てないように鞄を漁ると、指先にラバーのような手触り。これだ。音を立てないようにこっそりと抜き出し、机の中に入れる。
「うん、大丈夫そうね。次」
先生が蒼の検査に入った。ひとまず、雛莉は安心する。これで少なくとも鞄の中を暴かれても問題な──。
「(大アリじゃん!!! 検査対象! 机の中も!!!!!)」
「鞄の中身は?」
「体操服とお弁当とお菓子です」
「そう……お菓子は何?」
「チョコレートっす」
「そう……(可愛いわね)」
雛莉は悩む。鞄から机、机から制服と場所を移してもばれてしまう。なんで今回の検査はこんな厳重なんだ畜生。
「横のレジ袋は?」
「全部パンです」
「そう……(たくさん食べるのね)」
時間は無情にも経っていくばかり。雛莉は机の中のものを掴んだまま、動けずにいた。
「机の中は……大丈夫ね。次は身嗜みなのだけれど、芝居先生から華桐君は一際厳しくって言われててね」
「シバセンあとでしばくか」
「それで、他の生徒と違って悪いのだけれど脱いで欲しいの」
「(華桐君、脱ぐ!!!???)」
それどころじゃなくなった。
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