第12話 雛莉と真尋 後


 雛莉と真尋は屋上に向かった。手紙に書かれていた約束の時間より少し早い。

 屋上の扉を開けると、まだ誰もいなかった。


「じゃあわたしこっちに隠れてるね」

「うん」


 真尋は塔屋の影に隠れた。いつ来てもおかしくはないので2人は話すことをやめた。屋上を照らす日光が、雛莉には眩しすぎた。


 しばらく待つと、屋上の扉が開いた。1人の男子生徒が入ってくる。雛莉はその顔は悪い意味で有名なので覚えていたが、名前は覚えていなかった。


「誰?」

「俺は木盛 ゆ」「で、木盛君が何のよう?」


 雛莉はもう面倒だった。わざわざ屋上に来てやったのに、こんなどうしようもない奴がラブレターを出した人物なのだから。


「君の美しさに惚れてしまったんだ、俺と付き合って欲しい!」

「そう、ごめんなさい」

「な、なんで!」

「あなたに微塵も興味がないから」

「どうすれば興味を持ってもらえる?」

「あなたには無理ね」

「ど、どうして」

「私を好きになるような人を私は好きにならないから」


 木盛はぽかんと口を開けたまま、硬直した。言っている意味がわからないという風だ。


「あ、あはは、面白い冗談を言うね柚原さんは」

「冗談と思われるのは心外」

「断るにしてもさ、もっと普通に……」

「最初に興味ないって言ったでしょ。人の話を聞いてないの?」

「っご、ごめん。もしかしてさ、好きな人いるとか?」

「それをあなたに話したとして、何の意味があるのかしら」

「あ、あはは……せめて、好きなタイプとか」

「人の話を聞かない、自己中心的でわがままな人は論外」

「お、俺のどこがわがままなのかな」

「ああ、わかったの? その足りない脳味噌で自分がそうだって。でも理由が分からないのならやっぱり足りない脳味噌してる」

「この……」

「もう帰ってもいい?」

「ふざけやがって! さっきから俺のこと馬鹿にしやがって! お前もアイツと同じかよ!!」

「誰か知らないけど一緒にしないで」


 木盛はわざとらしく音を立てて歩き、雛莉をフェンスに追い立てる。

 雛莉は木盛が近づくたびに後退りする。


「常安のヤツも俺を馬鹿にしやがったんだ! クソッ!クソッ!」

「常安さんに振られた時もこうやって幼稚に追い詰めたの? 憐れね」

「ほざいてろよ。どうせ誰も助けになんか来ねえからなあ。常安の時は華桐が偶然来たがアイツがもう帰ったのは知ってるぜぇ……ヘヘッ俺に生意気な口を聞いたのを後悔すッハァァン!!??」


 突然の奇声。木盛は内股立ちになって、小鹿のように足がプルプル震えている。木盛の後ろには真尋が居て、その太ましい足で木盛の股間を蹴り上げていた。


「ほんっとうに最低な男!」

「ほっほぅっほぉぉぉ……」

「ありがと真尋。気持ち悪いことさせてごめんね」

「んーん! これくらい全然平気!」

「助かったよ。えいっ」


 玉袋を押さえながらピクピクしている木盛を雛莉は追撃しノックアウト。木盛は1人屋上で横たわった。


「さ、帰ろっか。クレープ屋閉まっちゃう」

「そうだった! 早くいこー!」

「お礼にクレープ奢るよ真尋ちゃん。トッピングもめいいっぱいやっちゃっていいよ」

「ほんと? 嬉しい~~!」


 雛莉は真尋が嬉しそうに食べている様子を見るのが好きなので、いっぱい食べるように促している。

 そして、後日体重を測ったら大変なことになっていて泣きついてくるまでがワンセット。一緒にダイエットに付き合う。


 きっと。これからも。私たちは変わらずにいけるだろうと雛莉は思う。真尋に彼氏ができてもきっと大丈夫だ。きっと祝福できる。


 だから。


 胸中を渦巻く願望を押し殺して、雛莉は真尋に向き合い続ける。見せたくないのだ、真尋には、自分の醜い部分を。


 この悍しい情念を殺し続けよう。

 少しずつ発散していけばいずれ、いずれ無くなるはずだから。


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