雛莉編

第11話 雛莉と真尋 前

 柚原ゆずはら 雛莉ひなりは蒼と同じクラスで、蒼の後ろの席である。

 腰くらいまで伸ばしている濡羽色の髪と、黒のタイツと、貧乳が印象的な女の子だ。

 愛羅と比べると、愛羅の方が全体的に肉付きが良いか。それとも雛莉が痩せていると言うべきか。

 ともかく、見た目の派手さはないし、愛羅のように誰からも慕われているタイプではない。クラスで3番目くらいに可愛い・綺麗と言われる、そういうポジションだ。


 雛莉のコミュニティは狭い方で、クラスでも中の良い女子は2人ほど。最も仲が良いのは別のクラスにいる如月きさらぎ 真尋まひろだ。

 クール系でスマートな雛莉とは対照的に、明るく豊かな肉付きをしている真尋。凸凹を埋め合うような2人だった。


「雛莉ぃ、帰ろぉ」

「いいよ真尋ちゃん」


 いつものように雛莉のクラスに真尋がやってきて、一緒に帰る。去年からずっとそうしてきたし、これからもそうするだろう。








 ──ああでも、真尋に彼氏ができたらもうできなくなるだろうか。


 真尋は恥ずかしがり屋だ。恋に恋する乙女で、男子と会話すると緊張でカタコトになる。

 クラスの誰々がかっこいいとか、そんな話題を振ってくれるが、雛莉はあまり興味が沸かない。


 きっと誰かを愛し、愛されることは幸福なことなんだろう。満ち足りているんだろう。理解しあえるということは安らぎだ。

 そんなことはわかるが、想像しても何も実感はない。恋愛映画やドラマ、漫画なんかを試しても変わらなかった。


 互いの違いを認め合い、肯定し合うことがゴールなら、それは雛莉にとって──。


「雛莉?」

「……ん、ごめん。ボーッとしてた」

「わたしまたつまんないこと話してた?」

「ちがうちがう。真尋の話を聞いてちょっと思うところがあっただけだから。真尋の話聞くの、私は好きだよ」


 真尋のことは好きなんだと雛莉は思う。友愛と性愛との区別がイマイチわからないが、互いにないものを持っていて、しかしそれを補い合う関係ではないところが雛莉にとって心地よかった。


「クレープでも食べに行こっか」

「そうそう! 駅前にね新しいクレープ屋さんができたの! 行こ!」


 真尋はぱぁっと花開いたみたいに笑顔になった。


「うん。やっぱり、真尋ちゃんには笑顔が似合う」

「も、もう急に恥ずかしいこと言わないでよぉ」


 ひとしきり笑い合った。2人は玄関に向かって廊下を歩いていて、道中で真尋が1人の生徒を見つめ始めた。


「あっ華桐君だ。雛莉、華桐君の後ろの席だよね」

「そうね。ほとんど話したことないけど」

「先週はびっくりしちゃったなぁ。あの愛羅ちゃんと付き合ってるって。どこで仲良くなったんだろ。華桐君、硬派な不良さんと思ってたけどちゃんとこういうことにも興味あったんだなあ」


 それは違う、と雛莉は口に出そうとしてやめた。

 あの人は依然、恋愛に興味を持っていない。きっと付き合っているというのは見せかけで──愛羅が風除けとして利用している、と雛莉は考えている。

 雛莉はその噂を聞くたびに、胸がムカムカとしてくるので、正直あまり考えたくなかった。


「でも、華桐君良いよね。強いし、カッコいいし、女の子には手あげないし」

「小学生みたいなこと言ってる自覚ある真尋ちゃん?」

「うぐぅ。でもでも雛莉も良いと思わない!?」

「…………」


 雛莉は去年のことを想起する。そして、返答する。


「笑顔が素敵だよ、華桐君」

「見たことあるの!?」

「去年、1回だけね」

「良いなあ良いなあ」

「華桐君を見張ってればそのうち見れる」

「それストーカーさんだよぉ。愛羅さんにも悪いし……あっでも今週、2人で一緒にいるところ見てない!」

「……へぇ」


 下駄箱に着いた。雛莉は自分の靴入れを開けると、そこには靴と一通の手紙が入っていた。


「何かな」

「あー! ラブレターだよきっと! 雛莉可愛いもんねぇ!」


 雛莉は手紙に目を通す。横から真尋が覗き込んできたが、拒否はしなかった。

 文面は良くある告白の呼び出しだった。


「今日日手紙って」

「えー良いじゃん手紙。思いの丈を綴ってるんだよ? 一筆入魂だよ?」

「ありきたりな文章なんだけど。はぁ……真尋も来てくれない? 1人だとちょっと」

「恋人募集中のわたしになんてことを! でも出歯亀したいから近くに隠れてるね!」

「ありがと。にしても今日、屋上だなんてもうこの時点でダメね」

「帰る時にしか気づかないもんねぇ。一応聞くけど、返事は?」

「NO」

「だよねぇ」

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