第9話 帰り道、二人

 誰かと歩いて帰るのは、随分久しぶりだ。

 小学生の頃はこうやって誰かと帰っていたか。

 学校が終わればすぐに家に帰る生活。それに不満があったかと言われれば、特にない。

 新鮮な気持ちを蒼は感じている。


「視線がする」

「当然ね。グラウンドにいる人結構こっちを見てるわ」

「注目を浴びるのは嫌いじゃない」

「へー、以外ね」


 蒼の隣にいるのは愛羅・ブリリアント・常安。オグマ高校でもトップクラスのMPBFであり、男子女子両方から人気が高い。

 今まで誰もが告白して撃沈してきた愛羅に、新しい噂が流れた。

 それはオグマ高校最低最悪の札付き、華桐蒼と付き合っているという噂。


『蒼と1年が喧嘩したらしい』『蒼と愛羅が一緒にいたらしい』そういう“らしい”が尾鰭背鰭を得て成長した『蒼と1年が愛羅を取り合った』という噂になった。


 信じる者、疑う者、必死に否定する者、泣き崩れる者、いっそすっぱり諦めがつく者、希望を失った者、他多数がその噂に翻弄された。


 だが、さっきまでは誰も確証を得ていなかった。

 それが今打ち砕かれた。


「でもさすがに鬱陶しい」

「私は慣れっこだけど」

「俺が浴びたい視線は嫉妬とかそういうんじゃない」

「気ままね」

「腹減った」

「本当に気まま! ……じゃあ制服デートね」

「デェト〜? デートってあれだろ、なんか貢ぐやつ」

「理解度ひっく。今時サルでも答えられるわよ」

「俺はサルじゃないし」

「デートってのは、時間を共有して楽しく過ごすのが目的なの。わかった?」

「わかった。なんでそれをするかはわからんが」

「精神年齢小学生で止まってるのかしら???」


 蒼は加賀美の優希との苦労話や惚気話を時々聞く。が、これが興味をそそらないのだ。他の誰かなら『めっちゃ青春〜〜!』『胸キュンやば!』とか言っている内容だが、蒼にとってはどうでもよかった。定期的にある、手作りのお菓子を他のお菓子と混ぜてわからないように作り、それを食って悶絶する話は好きだった。

 わざわざ丁寧に市販の菓子に寄せて作ったのに味は酷いのがポイントだった。


「デートは別に好きあってる人たちだけがするものじゃないわ。お互いの知らないところを知っていって好きになっていくこともあるから」

「詳しいな」

「ま、まあね」


 愛羅の言葉は全て受け入りである。当人の言葉ではない。何せ愛羅も誰とも付き合ったことはない。

 自分に見合うだけの男、魅力を感じる男じゃないと付き合わないと決めていたからだ。そして、今までそのような男から告白されることはなかった。

 そのおかげで理想だけは高くなっていった。


「俺がお前を、お前が俺を知って、何になるんだ?」

「アナタは私の偉大さを、私はアナタを理解するだけよ」

「あっそ。お前が何をしたいか知らないが、風除けくらいは果たしてやる」

「期待してるわ」

「で、どっか行くのか?」

「そうね……何か食べたいものでもある?」

「カロリーを摂取したい」

「女子だと憤死しそうなこと言うわね」

「俺は男の子だもの」

「じゃあジャスゴね。電車乗らない範囲だとジャスゴしかないわ」

「まあ、そうなるな」


 ジャスゴ。『Just Go』が正式名称でみんな大好き大型ショッピングモールである。この世界の大型ショッピングモール界隈はジャスゴが覇権を取った。


「ジャスゴへゴーよ!」

「ジャスゴー!」


 このように高校生でもうっかりテンションが上がってしまう魅惑の施設なのだ!















「タピオカミルクティー飲んでみたかったんだよね」

「へぇ、意外ね」

「最初は流行りに逆張りしてたんだけどなかなか廃れないし門下生が飲んでるの見て段々飲みたくなってきた」

「門下生?」

「あー、道場通ってるんだ」

「よっぽどレベルが高いところなのね」

「俺が──上から3番目くらいかな。刻蔭流ってとこ」

「刻蔭……ってこのあたりの地主の刻蔭?」

「そうだと思う」


 刻蔭流ときかげりゅう。古武術の流れを汲み、変化を迎合し時代に適応してきた柔術主体の流派。オグマ地区以外にもいくつか刻蔭流支部は存在するが、本家本元はこのオグマの刻蔭である。他支部と比べて前当主、現当主と技術を磨くことができるため、わざわざオグマ地区にやってくる格闘家もいる。

 愛羅はわかっていないが、要するに全国から集まってくる実力者、プロ格闘家より強いと言っている。


「へぇ……」

「話聞いてもよくわからんだろ」

「いいえ、参考になったわ。じゃあ次は私のことを教えてあげるわ」

「え、どうでもいい」

「教えてあげるわ」

「遠慮する」

「聞きなさい」

「嫌じゃ」

「聞け」

「ウス……」

「私は日本人とイギリス人のハーフで、美して頭が良くて貞淑、誰もが羨む」「イカレた女だ」


 静かに火花が散った。

 被害を被ったのは列が掃けてちょうど2人の接客を担当するタピオカ屋のお姉さん。


「あ、あの、ご注文は……」

「一番売れてるのください」

「あっすいませ、注文雑ね!? えと、えっと、期間限定のとか、ありますか?」

「それでしたら、こちらのブドウのタピオカミルクティーになりますね」

「じゃあそれで!」

「カード使えます?」

「あ、はいご利用いただけますよ」

「じゃあこれで。会計一緒で」

「わかりました〜」


 蒼はお姉さんの指示に従って、端末にカードを差込み決済を行なった。


「アンタ、もう対等とか言ってなかった?」

「金には余裕がある」

「どうせ親の金じゃない」

「親の金のようで親の金じゃないんだ」

「何それ」


 愛羅は少し不機嫌になっていた。愛羅はお金の無駄遣いをあまりしない。必要過不足無く、がモットーだ。だから、自分から対等と言っておいて、対等じゃないことをする蒼が気に食わなかった。


「お前は俺素人だから知らないだろうが、俺と付き合うなら食い物代くらいは俺が払って当然だと思うようになるぞ」

「意味がわからないけど、わかった時が怖いから従っておくわ」

「それがよかろうよ」

「お待たせしましたー、ぶどうタピオカミルクティーとマックス昇天ペガサスタピオカミルクティーになります」

「なんて?」












「いただきます」

「……いただきます」

「これはミルクティーじゃなくてパフェの類だな。スプーンも付いてるし」

「そ、そうね」


 蒼はスプーンを口に運んでいく。


「私と減ってく比率が一緒で怖い」


 マックス昇天ペガサスタピオカミルクティーはミルクティー自体の量は少なめで、生クリーム、コーンフレーク、コーヒーゼリー等々、適宜タピオカが挿入されるスタイルだった。総重量は1kg。


「ぶどうとタピオカの組み合わせってどうなん?」

「思ってたより美味しいわね。飲んでみる?」

「まじ? もらうわ。こっちのも食べていいぞ」

「見てるだけで十分よ」

「おお」

「どう?」

「タピオカしか食えんかった」

「ふふ、残念ね」

「ところでさ、このマックスなんとか、一番売れてるわけないと思うんだけど」

「そうでもないわよ。友達何人かで囲んで食べるの。最近人気ね」

「それがタピオカミルクティーである意味」

「タピオカのガラパゴス化ね」

「外来種のくせに」


 タピオカパフェも食べ終わり、底の方に残ったタピオカをもっちゃむもっちゃむする。

 愛羅は一足先に飲み終えていて、たくさん食べる蒼を見ていた。昼休み見た蒼と同じ人物とは思えなかった。

 無邪気な少年を見ている気分だった。












「これで少しは偽装できたかしら」

「いいんじゃないか」

「適当ね。少しは嬉しそうにすればこっちも少しは良い気持ちになるのに」

「……そろそろ帰るか」

「ええ……少しはアンタのことわかってよかったわ」

「そうか」


 蒼は少しだけ笑った。あの時の笑顔とは違う、年相応の笑顔だった。


「じゃあな」

「うん、また明日」

「おう」


















「やっぱ米食わねえとな」


 蒼は愛羅が見えなくなった後、近くのファストフード飲食店に入り、大盛りの牛丼を頼んだ。うめっうめっ。

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