第10話 変わるもの、変わらないもの

 翌日。教室にて。


「華桐、お前常安さんと付き合ったって本当か!?」

「ああ」

「な、なんでこんな男を〜〜! 常安さ〜〜ん!」

「喧嘩売ってんのか」

「ごめんなさい!」


 蒼は質問責めに遭っていた。一度も話したことのない(蒼が覚えていないだけの人もいる)クラスメイトから話しかけられ続け、イライラしてきていた。


「ね、ねえ華桐君! 愛羅ちゃんと華桐君、どっちが告白したの?」


 仮面協定は愛羅からの提案だ。ならば、愛羅から告白してきたと言っても過言ではないだろう。


「愛羅」

「愛羅ちゃんからなの!? いつのまに関係性を育んでたの!?」

「OKしたってことは華桐君も愛羅ちゃんのことが好きってことだよね?? どこ? どこが愛おしい!?」

「あの愛羅ちゃんを手籠に……スゥーッ……あぁ……」

「あー……くそうぜぇ、どっか行ってくれ。愛羅のとこ行ってくれ」


 蒼が露骨に機嫌が悪くなり出したので、悪ノリし始めたクラスメイト達は強制的に鎮まった。猛獣に手を差し出したのなら、噛まれる噛まれないは猛獣の気分次第なのである。引き際が肝心だ。


「…………ふぅ」


 今日は体が疲れていない。昨日も、今日の朝も練習を休んでいるからだ。

 おかげで体がすこぶる調子が良い。流石にオーバーワークが極まっていたか、と自己診断する。


 蒼は今日の準備をするか、と自分の席を立つ。引いた椅子が後ろの机に当たった。


「っと、悪い」

「それくらい大丈夫、人気者さん」

「くだらねえよ……あー、あんたもそういうタチだろ? 興味がない側の人間だ」

「んー、ま、そうね」


 先ほどの集団にはいない女の子だった。

 名前は何と言ったか。後ろの席の生徒ですら未だに名前を覚えていない。普段から話さないのだから覚える必要もないだろうと蒼は考えているので覚えないのである。


 蒼の後ろの席の女子は腰くらいまで伸ばした黒髪で、肉が乏しいがしなやかな肢体をしている。気怠げそうな表情と黒のタイツが実に良いのだが、蒼は興味がなかった。


「私は君ほど、興味がないわけじゃないけれど」


 蒼は廊下にある個人ロッカーに今日使う予定の教科書類を取りに行った。彼女の呟きは蒼には聞こえなかった。


「ねぇー雛莉ぃ、今日体育ある?」

「真尋ちゃん、私の体操服は真尋ちゃんには入らないって前も言ったでしょ?」

「うー……私着ると伸びちゃうから嫌って断られて、もう雛莉しかいないのぉ」

「保健室行けば貸してもらえると思うから行っておいで」

「はーい、わかったぁ」


 彼女の名前は柚原ゆずはら 雛莉ひなりという。

 蒼と愛羅の起こした波乱に、彼女もまた、巻き込まれていく。















 昼休み、蒼は加賀美と優希を屋上に呼んだ。朝に加賀美から噂について聞かれたが、昼休みに説明する、と言っていたからだ。

 屋上は生徒のために開放されていて、今日はぽかぽか陽気で風も程良く吹いている良い日だった。


「愛羅はまだ来てないようだな」

「蒼と常安さんで説明をしなきゃいけないなら大方予想がつくけど」

「加賀美君、わかるの?」

「ガミならわかるだろうな」

「すごいなあ」

「だろー」


 優希はほんわりふわふわしているのでぼんやりしている。長く一緒にいると移るので注意。


「「「いただきます」」」



 昼ご飯を食べ始めながら一緒にぼんやりしだした。

 すると、屋上の扉が開いて、3人の女子が入ってきた。愛羅と、昨日保健室でお見舞いに来ていた愛羅の友達だ。


「あら、先に着いてたのね」

「よー」

「貴方達がガミと彼女ガミね」

「蒼? ちゃんと名前伝えて??」

「ガミはガミだろ」

「まあそうだけど。あ、お前名字覚えてないな!?」

「そんなーまさかー」


 そんなこんなでみんなで自己紹介する流れになった。













「林田 朱里よ。愛羅の友達」

「毛利 香苗です、愛羅ちゃんのお友達です」

「平凡な挨拶だな。こっちは俺が紹介しよう。この顔が良いのがガミ、もう一人は作る飯が不味い人だ」

「ガミです。よろしく」

「メシマズです、よろしくお願いしますね〜」

「ちゃんと自己紹介させなさい」

「倉敷 加賀美。サッカー部だ。よろしく」

「夏目 優希です。加賀美君のお嫁さんです〜」

「あ、はい……」

「そのメシマズはそれが素だから、その、うん……」

「優希は可愛い冗談をつくな〜〜」

「ふふふふ〜〜冗談じゃないよ〜〜」

「はいお前らもう黙れ。本題入るよー」


 加賀美と優希は二人の世界に入ってしまったので置いていくことにした。


「みんなに集まってもらったのは他でもない。私と蒼の噂のことについてよ」

「俺とコイツが付き合ってる噂だが、ありゃ嘘だ」

「!!!……よかった〜〜、やっぱり、何かおかしいと思ってたんだよね!」

「はい、よかったです、本当に……でも、どうしてそんな噂を?」

「風除けよ。嘘でも彼氏がいるって体なら、告白されなくなるでしょ。いい加減うっとおしかったから丁度よかったの」

「具体的には趣味の悪い女だと思われることで恒久的に男が寄り付かなくなる算段だ痛い痛いから叩くな」

「よっぽどアホじゃない限り、これに喧嘩売る奴はいないでしょ」

「そ、それもそうね……」

「じゃあ私たちには、その噂の真相を……?」

「ええ。あなたたちには知っておいて欲しかったの。私たち、親友なんだから嘘は付きたくないの」

「愛羅ちゃん……!」

「愛羅ー!!」

「要は口裏合わせろってことだ。理解したか?」


 朱里と香苗の二人は愛羅に抱きついた。


「ちょ、ちょっと二人とも苦しいって! もう! ……ふふふ」

「愛羅〜! このこの〜!!」

「えへへへへへ愛羅ちゃん私は信じてたよえへへ」

「無視されたしなんか友情見せつけられてムカつくな。それにひきかえこっちは……」


 蒼は、優希からあーんされた結果、顔の頬の筋肉がピクピクと引きつり始めている加賀美を見て考えるのをやめた。









 話し合いも終わり、みんなでご飯を食べることになった。蒼はもうお弁当を食べ終えていたので追加で持ってきた惣菜パンをパクついている。


「昨日は本当にびっくりしちゃった。変な噂流れてくるし、愛羅が華桐と一緒に帰ったって聞いたし」

「あれ、愛羅ちゃん親が迎えに来るって言ってたよね……? 嘘だったの……? 私気が気でなかったんだよ」

「私たち、親友なんだから嘘は付きたくないの! とは一体」

「それは……ごめんなさい、嘘になっちゃったわね」

「素直に謝ってると煽ってる俺が馬鹿みたいじゃん……」

「いや馬鹿でしょ」

「まだまともな話続ける気でいるからさ、ご飯の時くらいねちゃっこい話はやめてほしいもんだぜ」

「ねちゃっこいって! 華桐! 愛羅にひどいことしたら絶対に許さないから! そもそも、付き合うって偽の噂流すにしたってこんなのじゃ無くても……!」

「こんなのも何も、そいつから脅し「ゴホン」提案してきたんだぜ。俺はちょっとした借りを返すためにそれを飲んだだけだ」

「っ……愛羅!」

「本当よ」

「心配すんなって。どうせ何も変わりゃしねえよ。次ご飯時に喚いてみろ、しばらく喋れなくしてやる」

「私のために怒ってくれてるのはわかるわ、朱里。でも大丈夫よ。あなたにとって私はたった一人の男に屈してしまう弱い女の子かしら?」

「違う……わかった。愛羅を信じてるから。でも、そいつのこと信用したわけじゃないし。いつでも相談に乗るからね、愛羅」

「うん、ありがとう」

「なんかまた当て馬にされた感じだな」

「そういう役目なんだよ俺たち」

「知らん間に横になってるけど平気か?」

「兵器だね」












 お昼ご飯を食べ終え、そろそろと屋上から撤退していく。人の数倍食べる蒼は後片付けに少し手間取っていた。惣菜パンの包装が風で飛ばされ、拾いに行ったりしていた。他のみんなは丁度屋上の扉のところにいた。愛羅が振り返ってこちらにやってくる。


「相変わらずよく食べるわね」

「まあな……そういや、この協定はいつまで続ける気なんだ?」

「あら、蒼は知らないのね。協定とか契約を結ぶときは、終わりは明確にしておくものなのよ」

「……クソ。勉強料ってことにしとくか」

「それが良いわね、蒼」


 愛羅が蒼の方を向いて無邪気な笑顔を見せた。

 春の陽気に照らされて、彼女の美しい髪が煌く。顔を背けたのは決して、決して、向けられた笑顔に照れ臭くなったのではなく、眩しかったからだ──。

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