第8話 愛羅の噂活用法

「なるほどね。確かにそう見えるけど……ありえないしくだらないわ。なんで私が賭けの対象にされなきゃいけないのかしら。不誠実極まりないわね。噂流した人とっ捕まえようかしら」

「(シバセン、中々お転婆でございますね)」

「(うん、物怖じしないタイプだからだろう)」

「何こそこそ喋ってるのかしら」

「「なんもー」」

「もう……それで、どうするの?」

「どうって?」

「噂。どう処理してくの」

「無視するけど」

「はあ? 華桐君はそれでいいの?」

「どうでもいいよ俺は。そっちは問題だろ」

「私は周りの人に知っていてもらえればいいと思ってるけど」

「じゃあいいんじゃない? 特に対策しなくて」

「そ、それもそうね……待って、良いこと思いついたわ」


 蒼は愛羅が浮かべた笑顔から直感的に危機を察知した。故に、即座に振り返りドアの方へ向かおうとしたが。


「どこに行くのかしら、?」


 それ以上の反応速度をもって肩を掴まれ、逃げる事はできなかった。













 保険室のホワイトボードにはこう書かれていた。


『仮面彼氏彼女協定

 メリット

 ・私が振られたことにならない

 ・私が振ったことにできる

 ・しばらくは告白されないで済む


 デメリット

 ・私の男の趣味が悪いと思われる』


「ずばり、噂を逆に利用して、私の風除けにするのよ」

「あれ、これ俺のメリットないよぉ。あれェ? 協定とは??」

「仮にだけどこんなに可愛い彼女ができるのよ。最上のメリットでしょ」

「し、芝居先生アイツ言い切りましたぜ」

「あれくらいの自信持って生きてる方が良いよね」

「クソにもならねえこと言ってんじゃないぜ。同意はするけど」


 仮面彼氏彼女協定。長いので仮面協定とする。

 愛羅が告白されるのが鬱陶しいと感じており、今回の噂がそれをどうにかできるのではないかと思いつき生まれた一方的な協定。つまり偽装カップルである。


『オグマの蒼の女に手を出す奴はいないだろと思われること間違いなし』と愛羅は言うが、今まで蒼に彼女がいたことはないため本当にそう思われるかどうか怪しいと反論した。

 が、そもそも今回の噂自体が女の取り合いだ。噂を真として扱うので、蒼は女関係でも喧嘩するという下地も同時に形成される。

 加えて、手を出せば報復されるということは証明されている。

 あれこれ最初の一歩目から破綻してない? と蒼は思ったが、これ以上文句を言っても長引くだけだと考え言うのをやめた。


「わかった。でもこれで、この件に関しては借り無しだ」

「そうね」


 愛羅自身は別に借りだのなんだのと思っていなかったので、内心プラスにしか考えていなかった。

 あとはこの協定の存在を周囲の人間にどれだけ教えるかを決めるのみである。


「俺は……まあガミとガミの彼女くらいに知っていてもらえればいいか」

「蒼、友達あんまりいないのね。ふっ」

「うん。常安はたくさんいそうだな。人気者は大変ですなあ」

「常安じゃなくて愛羅よ」

「…………愛羅」

「よろしい」

「(あの蒼が尻にひかれてやがる。ウケる)」

「やっぱこの協定やめよう? きっと悪影響の方がでかいぜ」

「蒼はナイフを向けられた女の子のアフターケアもできないのかしら」


 蒼は下唇を軽く噛んで嫌そうな顔をした。ザ・不満顔を晒して、負けました(面倒臭いの意)と表明している。


「帰るますん……」

「待ちなさいよ」

「なんで」

「わからないの? 芝居先生からも言ってやって」

「一緒に帰ってやれ華桐。さっきそういう話をしてただろ」

「──ッ」


 蒼は駆け出そうとした。だが、体の起こりを芝居に止められた。


「大したことはなかったとはいえ、常安君は恐ろしい目に遭ったんだ。一人で帰すというのは男が廃るだろう?」

「むぐぐもう廃ってる」


 恐ろしい目の8割は蒼のせいだが、芝居はそれは黙っていた。


「私としても、今日は彼女を一人で帰すのは忍びない。だから私の顔を立てると思ってだな」

「わかったよ……俺も急いで帰る用事はなくなったしな」

「(この2人、どういう関係なのかしら)」


 芝居と蒼のやり取りを見て改めて愛羅は疑問に思った。

 芝居は生徒の前では仮面を被っている。それ自体は大人ならばしていることもあろう。だが、蒼の前では(愛羅は例外として)外している。お互いに信用と信頼があるからか。


 それだけではないように思う。

 生徒と先生という関係は変わらない。である以上、どれだけ蒼が悪い子でも一定の距離以内には踏み込ませないだろう。

 であるなら、この2人は生徒と先生以外の関係があると推測できる。


「おい」


 相当な実力者同士なのだから、学校外で交流があってもおかしくない。。例えばそう、師匠と弟子とか。


「愛羅」

「ひゃい」

「帰るぞ」

「……うん」

「じゃあ2人ともお大事に。華桐、せめて今日明日は練習休めよ」

「そのつもり。ありがとうシバセン」

「芝居先生、御世話になりました」

「はい、さようなら」


 芝居は手を振って2人を見送った。




















 ひとつだけ、愛羅が話していないことがある。

 秘密にしておきたいことがある。

 仮面協定の本当の理由。



 彼女はとても負けず嫌いだ。だからここで接点は途切れればずっと蒼に恐怖を感じ続けることになるだろう。

 それを彼女は許さない。



 愛羅は負けたくないのだ。

 それが、たとえ人の皮を被った化け物相手でも。

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