第6話 ブルーライン

「華桐君は何者なんですか?」

「私が知りたいくらいだ。ただ、関わろうとしなければアイツは無害だよ」

「……それは、なんとなくわかりますけど」


 保健室、愛羅と芝居が残った。芝居は蒼が置いていった折り畳み式のナイフを手に取り、複雑な表情を浮かべていた。


「アイツの喧嘩、どうだった?」

「どうって……怖くて」

「本当に怖かったのは小田を殴ってる時とナイフ出された時くらいだろ」


 芝居は状況からどのように蒼が戦ったかわかっている。取り巻きをさっさと除去して、健二郎と一騎討ちに持ち込む──1年の付き合いともなれば、それくらいの想像は容易い。


「その感性、相当毒されてると思いますけど」

「え、嘘。マジか……」


 当然の帰結だった。

 普通に生活を営む者からすれば、喧嘩をする輩などどれもこれも同じ悪であり、暴力であり、唾棄すべきものに変わりない。しかし。


「でも最初、取り巻きのやつらを片付けるの鮮やかで綺麗だったろ?」

「それは……そうですね。癪ですけど、落ち着いた今ならそう思います。一瞬で転んだり、体が中に浮いたり。何をしたのかわからなかったです」

「そこは喧嘩の範囲じゃないからな。投げ技あたりをやったってことはわかるが、それはスポーツとか技術とかの爽やかな範囲だ」


 その範囲を越えるとなると、投げた後に袈裟固め、腕十字固め、身を放り投げて落下した時に相手に体重を乗せる、踏みつける、投げる時に肘を折ること、などが挙げられる。

 そうと知っていながらも、素人相手には不必要で、叩きつけられる衝撃で十分だと蒼が判断したのということ。


「アイツは暴力的で頭のネジが何本かなくなっているが、線引きはちゃんとしている。その線を越えようとしない限りは問題ない」

「じゃあ、あの大きい1年生は」

「まあ、そうだな。華桐の線引きを越えたと言っても良いんじゃないかな。良い……うん、良い意味で」


 愛羅はただの暴力だとばかり思っていた。

 少しだけ蒼への見方が変わったが、恐怖心が失われたわけではない。

 健二郎を殺してしまうんじゃないかと殴り続けていたこと、ナイフを持ち出された後のことを考えると今も足が震える。


「小田は随分ボコボコにされたようだが、まああの巨体だ。見た目よりダメージは少ない。鼻血が出ると顔のあちこちに付いてやばいように見えるもんだ」

「ナイフを持ち出されてからの華桐君は、様子がまた違ったようだったのですが」

「ほれ」


 芝居は手先で弄んでいたナイフを愛羅に渡す。刃に血が付着している方だった。


「何考えてるんですか」

「それがあれば、ちょっと難しいが人を殺すことができる。俺や華桐相手には、まあ、頑張れば大怪我くらいは負わせることができるかもしれないな」

「(頑張れば、かもしれないって……というか先生も相当強いのかしら)」

「アイツはそれが人を殺すことができるものだっていう覚悟を持たずに、使おうとする奴が大嫌いなだけだよ。さっきも言った線引きだ。それを使うのなら、線を容易に越える。だから、遊び半分で使うことを絶対に許さない」

「だから……あんな追い討ちまで」

「こんなものが出てこなかったら私も黙ってたんだのだが。ただのガキのしょぼい喧嘩の範疇で収まるからね。これは内緒だけど、近い内に抜き打ちの持ち物検査やるから気をつけてね」

「は、はあ」

「ああ、ごめん。ナイフ、返してもらうよ」

「元から私には必要ないものです」


 芝居は2つのナイフを白衣のポケットに仕舞った。


「君の担任には私から伝えておくよ。どちらが良いかな。体調不良か、木盛君に腰を抜かされてしまったと伝えるか」

「先生性格悪いですね」

「ごめんなさい体調不良と伝えておきますはい」

「私の担任は──」

「それなら大丈夫。

「先生の努力は素晴らしいですが、若干気持ち悪いですね」

「照れちゃうな。しばらく席を外すけど、何かあった時はすぐに備え付けの電話で職員室や私の携帯電話にかけて欲しい。生徒の安全が最優先だからね」

「電話番号は」

「電話の近くに貼ってあるよ。じゃあ、また放課後に」

「はい、ありがとうございます」


 芝居はナイフに付いていた血を拭き取ると、保健室から出て行った。ナイフの件を報告するのだろうが、生徒だけにしておくのは不味いのではないだろうか。そう愛羅は考えたが、品行方正な生徒として通っているから大丈夫だと判断されたのだろう。現場監督・責任はどこかに行ってしまわれた。


 愛羅はベッドに潜り込む。長い昼休みに感じた。

 精神的にも疲れた。このまま眠ってしまっても問題ないだろう。

 愛羅は目を閉じると、すぐに意識を手放した。

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