第2話 雑魚並に弱い

 昼ご飯を食べ終わり、加賀美と談笑している時だった。


「華桐 蒼ってヤツを出せよッ!!」


 大声で怒鳴り込んできた、見かけない顔の生徒。

 オグマ高校はブレザーの制服で、ネクタイの色によって学年がわかる。今の2年生は青、3年生は黄色、そして昨年度卒業生、そして現1年生は赤だ。

 その怒鳴り込んできた輩は赤色のネクタイで、不思議なことに制服に着られている感じはなかった。

 予測するに、卒業生からの貰い物だろう。


「便所」

「あれどうすんの?」

「ほっとけよ……なんか問題起こしたらどうにかする」

「りょ」


「おいおいおい華桐先輩よぉ~~~ビビってんのかよ~~~!! さっさと出てこいや!!」


 蒼は、そういえば去年は先輩方がこうやって挨拶しにきたなと思った。随分慕われたものだ。


「なあけんちゃん、あれだぜ華桐とかいうやつ! 見たことある!」

「なんだよただのチビのスカシじゃねえかよ。ツマンネ~~、『オグマの蒼』ショボすぎだろ! 」

「それな~~! あんなんにどいつもこいつもビビってるとかガチザコやん」

「あー……君ら、いちねんちぇーでしょー。だったらクラスに戻って友達百人でも作ってなちゃーい。わざわざこっちまで喚き立てるのは迷惑なの。わかりまちたかー???」


 自分が思っていたより挑発に乗りやすいタイプだとはわかっていた。が、ここまで乗っちゃうのはちょっと恥ずかしかった。チビつったやつお前指折るからな。


 三人組だ。一人は声がでかく身長も180cmオーバー。

 あとは取り巻きの二人はヒョロっちいなんかだ。


「(クソだわ。今の時期に180cmオーバーってそれ中学ン時からもうタッパありまくりじゃねーか。あークソ)」


「あ? 喧嘩売ってんのかよ」

「そっちから売ってきてんだろが。さっきからうっせえのもう忘れてんのか単細胞」

「テメ、舐めた口聞きやがって……!」


 ここで喧嘩になるのはちょっとマズい。あまり面倒ごとを起こすと家族からの説教が飛んでくる。それだけは避けなければならない。


「あー、あー……場所変えるぞ」

「テメエなんかここでぶちのめしてやるつってんだよ!!!」

「うっせザコ。お前らは良いかもしれんが俺が嫌なの。そんなんもわからんのか?」

「んなこと言って逃げようとしてんだろ!」

「ずべこべ言わず付いてこい」


 校舎裏か、体育館裏か、屋上も良いかもしれない。どちらにせよ人気のないところが良い。


「……ガミ! フォローよろしく」

「投げ槍だなー。しゃーなし、行ってこーい」

「サンキュー」


 加賀美にひとまず教室に集まってきた連中のことを頼み、玄関に向かう。昼休みなのが幸運か、先ほどの騒ぎとは無関係な人混みになっている。バレてもシラを切れそうだ。

 蒼はなんだかんだ3人がちゃんと付いてきていることに感心した。


「もうちょっと離れて歩いてくんない? 一緒に歩いてると思われたくない」


 でかいのがキレた。














 体育館の裏は森になっていて、よく晴れたお昼時でもどこかジメジメとしている。あまり人が寄ってこないが、蒼は、このジメジメとしているのが苦手なので、三人を地面に這い蹲らせようと思った。


「ここなら誰にも邪魔されねえよ」

「へっ、待ちに待ったぜ」

「さっさとやっちまおうぜ健ちゃん」

「へへっ」


 体育館裏に到着した。が、奥から何やら声が聞こえる。


「タイム」

「は?」

「先客とか聞いてねえ……なんかめんどくさくなってきたな。トイレ行っていい?」

「ふざけんなテメエ!?」

「ッチ……ちょっと待ってなーっと」


 奥の方を覗いてみると、一組の男女がいた。男は所謂壁ドンというポーズで体育館を背にしている女に迫っている。最悪な輩だと思った。だって誰も来ないところの壁って汚れが酷いから。


「離して。あなた最ッ低ね!」

「さっきから上から目線で生意気言いやがってクソアマが! だがまあこんなところにノコノコやってきたのがお前の運の尽きだなあ? 誰も助けちゃくれねえよ」

「おい、茶番やってんだったらさっさと帰れ」

「下種な男……! 性根まで腐ってるのね!」

「ケケケッ……なんとでも言うがいいさ!」

「話聞いてんのかカス」

「あ!? なんだようるさいなあこれからお楽しみってとこ、ろなの……に……」

「ようやくこっち向いたな」

「う、うわあああああああ!!!!! 華桐蒼だああああああああああ!!!!! ごめんなさああああい!!!!!!!」

「あ、おい……まあいいか」


 目的は人払いだ。いなくなってくれるのなら好都合。しかし蒼を見るなり絶叫して逃げ去っていくのは、少し悲しい気持ちにもな……ることはなかった。


「あ、あの……助けてくれて」

「アンタもさっさとどっか行ってくんないかな。邪魔」


 蒼はシッシッと追い払うジェスチャーをする。めんどくささが高まってきて扱いは雑になっているようだ。

 先ほどの壁ドンされていた子は、地面に女の子座りしていた。


「(む、ムカつくけど……)ごめんなさい、ちょっと、腰を抜かしちゃって、手を貸してくれないかしら」

「はあ~~? あーもうめんどくさいなあ。いいや。もうそこにいていいよ。後で保健室に運んでやるからこれからやること黙ってろよ」


 蒼は言うだけ言って三馬鹿トリオを呼びに行った。


「(な、私が、わざわざお願いしたっていうのに、あの男は……!)」


 女の子は怒り心頭していた。


 ネクタイの色は青。蒼と同学年のようで、美しい絹のようなナチュラルの金髪を二つの房に纏めている。顔も良い。


 加賀美なら彼女が何者か知っていただろう。だが、蒼はあまりにも疎い。クラスメイトの大半すら覚えていないのだから他のクラスの生徒など知っているはずがない。例外は加賀美の彼女だが、それはトラウマが刻まれたからだ。


 彼女は名を愛羅あいら・ブリリアント・常安じょうあん』という。日本人の父とイギリス人のマザーを持つハーフであるが、今はそんなことはどうでもいい。


 華桐蒼との出会いが彼女の運命を変えてしまうのだから。

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