映画「かもめ食堂」

なんだか昨日の夜は、優しくなった気がしていた。「かもめ食堂」という映画を、彼女と二人で見て、そう思った。ほんのりとした空気感で、僕の体が優しく煮詰められていくような、そんな感じ。朝になってもまだ、僕の体は味わいを放っていた。マキはまだ、寝ている。起き抜けのコーヒーが無性に飲みたくなったのは、美味しそうにコーヒーを飲む、昨日の映画のせいだろうか。布団を抜け出して、キッチンでインスタントコーヒーの準備をする。豆から挽くようなこだわりは全然無いけれど、これでも充分美味しい。ミルク少々の砂糖多め。渋いと言われる歳になれば、また変わってくるのだろうか。コーヒーの香りが部屋に漂う。匂いに釣られたのか、布団がのそのそと動く音がして、マキが起きる。

「おはよう。コーヒー飲む?」

「んー」と気の抜けた返事をして、テーブルに突っ伏したまま動かなくなる。

お湯が沸くのは早かった。ミルク多めの砂糖多め。美味しくなるおまじないを、ついでにかける。キッチンで丹念に混ぜて、マキの元へと持っていく。

「ありがとう。すぐにご飯作るから」

「いいよ、今日は僕が作るよ」

「んー、そう?」

それにーーと言いかけて口を濁す。今日はパンの気分ではなかった。食べたいものがあるし、食べてほしいものがあったのだ。

冷蔵庫を開けて、使えるものを探していると「美味しい」とコーヒーを飲んで呟くマキの声がする。具材は梅干し、こんぶ、キムチ納豆。しょうがない。僕は滅多に自炊をしないのだから。どうしても三種類にしたのは、僕のエゴだ。少食のマキの為に、小さく握る。少なくとも、3個は食べて欲しかった。

お皿に盛り付けて、運んでいく。マキはまた、テーブルの上で眠りにつこうとしていた。肩を揺すると、ゆっくりと顔が持ち上がる。

「……そうるふーど」

寝ぼけた半目のまま、呪文のように呟く。

「そう、日本人のソウルフード。おにぎりだよ」

マキがおにぎりと手に取って、口に運ぶ。直後、咳き込む。どうやらキムチ納豆が当たったらしい。

「もしかして、いちごジャムとか入ってないよね?」

他のおにぎりを、怪しい目で見つめる。

「入ってないよ、ちゃんと食べれるものを入れたつもり」

疑い深いような表情を浮かべながらも、次のおにぎりを口に入れていく。マキがすっぱい顔をして、えくぼが顔に現れる。

「安心した」

マキが言う。乱れた表情のまま、口を動かして。

「僕も、安心した」

僕が言ったのは、マキのそれとは、おそらく違う意味だけど。

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