映画「スティーブ・ジョブズ」
僕のクラスには傘森君という子がいる。僕たちのクラスは4年1組で3階の一番端っこにある。教室を出ると左手側に水道があって、右手側の少し歩いたところに2組との共同の水道がある。
別にクラス専用とかって決まってるわけじゃないんだけど、近いからという理由で左手側の水道をみんな使っていた。その水道に、傘森君はいる。いるっていうか近くに立ってる。そして、みんなが水道を使った後にトコトコやってきて、蛇口を真っ直ぐに戻すのだ。
不思議だったのは、1組側の水道じゃないと直さないってこと。2組の方の水道はひっくり返っていても見向きもしないで知らんぷりをしている。いつの頃から始めたか、分からないけれど一学期の始めはやってなかったと思う。その甲斐あってか、みんな蛇口を真っ直ぐに戻すようになった。けれど、少しでも曲がっていると傘森君がやってきて直していく。いつしかそれは、傘森チェックと呼ばれていた。
でも、中にはわざと位置をずらしたままにしていく悪い人たちもいる。それだけじゃ飽き足らなくなったのか、傘森君を数人でニヤニヤしながら囲んでいたこともあった。でも、傘森君は天才だった。徹底的に無視を決め込んで、間をするりと抜けていった。そんなことが続いていたけれど、ある時僕は濡れた雑巾を手に持ったまま、傘森君に数人で向かっていくのを見かけた。助けようと思ったけど、まだやると決まったわけじゃないし様子を見ていたら「やめとけよ、あいつら頭おかしいんだよ」とクラスメイトに肩を叩かれた。彼が言うには、蛇口をずっと真っ直ぐにしようとする傘森君はおかしくて、それに関わっている人もおかしいらしい。じゃあ、同じクラスっていう繋がりのある僕たちはどうなるんだろうって思った。助けたい、と思ったけど、僕の足は震えて動かないどころか反対方向に進んでいって、自分の机でずっと目を瞑ってた。でもきっと大丈夫だ。傘森君は天才なんだから。
傘森君は全然喋らなくて、無口。表情も全然変わらなくて、無表情。でも、数学がすごくできて僕が計算している間に答えが分かってる。本当の天才だ。
三学期に入って、嫌がらせがすごく酷くなった。チャイムが鳴ってから蛇口を捻るようになって、傘森君はいつも授業に遅れてくる。さすがに先生たちもやばいと思ったのか、1組側の水道は使用禁止になった。そうしたら、2組側の水道が無法地帯になったけど、傘森君は全く相手にしなかったから、すぐに元に戻った。傘森チェックの終わりはあっけないものだった。
5年生になって、傘森君とまた同じクラスになった。傘森君に嫌がらせしてた人たちは違うクラスになったから、良かったと思った。休み時間に水道を使ってから教室に入ろうとしたときに、傘森君に声を掛けられて蛇口を見たけど、真っ直ぐだったから、なんだろうと思ったら「もうあいつらと同じ水道使うなよ」って言われた。そう言われて思い出した。傘森君に嫌がらせしてた人たちは前は僕に嫌がらせしてたってことを。思えば、水道で全身ずぶ濡れになるまで水を掛けられて、しばらく学校を休んだ。それからだ、傘森君が水道の近くに立ち始めたのは。僕はまたいじめられるのが怖くて、見ないふりをした。傘森君は天才だけど、もしかしたら天才なんかじゃないかもしれない。
傘森君、ありがとう。
傘森君、ごめんなさい。
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