小説「終末のフール」
僕たちは、夏休みの小学校の教室に集まっていた。後ろの席の子の机を借りて、水槽を置き、3人で取り囲むようにして、環境作りに勤しんでいた。
「じゃあ、まずは俺からだな」
竜司が家から持ってきたものを使っているのだから、当然だと思った。灯里も同じ考えのようだった。それだけではなかったのかもしれない。手塩にかけて育てた子供のように、それぞれの手に抱えられた金魚を、最後の最後まで手放したくないという、親のエゴのようにも見えた。たった一晩、共に暮らしただけだというのに。
僕たちは昨日、夏祭りで出会った。確か、りんご飴屋の前だったと思う。ただ、知っている顔がいたから挨拶をした、という感覚だったのに、連鎖するようにバラバラだった3人が一瞬で集まった、なんて、映画みたいだ。それでいて、みんなが手に金魚を持っていたのだから、偶然という言葉で終わらせるのは、もったいないように思えた。学校でみんなで飼おうという話が出るまでに、そう時間はかからなかった。
「でも、ただ飼うだけじゃ面白くなくない?名前と、それぞれの性格を発表しあいましょうよ」
灯里が言った。僕は、話が出た時点で、てっきり日記とかをつけるのかと思っていたから、そのぐらいだったら、と了承した。その夜、水面に映る月面が、金魚を優しく包み込んでいくのを見て、名前を決めた。それからというもの、我が子を慈しむように愛おしくなった。
竜司が金魚を見せつけるようにして言った。
「名前はリュウノスケ。優しくて、おおらかな性格で、めったなことじゃ怒らない。昨日、兄貴にいじわるで振り回されたんだけど、全然動じてなかったんだぜ。すげえだろ」
図ってか図らずか、上級生相手にも全く動じず、「順番だろ」と言って、遊び場の交渉をする竜司の姿を思い浮かべた。金魚が袋から、水槽の中へと飛び込んでいく時、竜司が金魚になって泳いでいくような、そんな感覚になった。
「次はわたしね」
と言って、灯里が金魚を抱きしめる。
「名前はヒメ。性格は活発で負けん気が強い。積極的に泳ぎ回る様が、白馬の王子様に懸命にアピールしているように見えるの。袋を食い破ろうとしたりして、これじゃどっちが助けに行くんだか」
灯里は学級委員をしていて、クラスの男子にも遠慮知らずに物を言う。ショートカットで、女の子を守っているボーイッシュな印象だが、その実、ノートに可愛らしい少女漫画のような絵を書いているのを見たことがある。水槽に入る時、抵抗するように後ろ向きに入っていったのが、印象的だった。
「じゃあ、次は……」
と言いかけたところで教室の扉が開く音がした。
「あら、あなた達なにやってるの」
担任の東堂先生だった。若い女性の先生で、頼れるお姉さんとして女子生徒からの信頼は特に厚い。
「わたしたち、金魚を飼おうと思ってるんです」
灯里が率先して説明する。
「いいじゃない」と笑顔を繕って、東堂先生が近寄ってくる。灯里が、先生に、事の経緯を説明する。
「次は、蓮見君の番なんです」
「名前はツッキーで……」
そう言って僕は、考えていた金魚の性格が、自己投影していることに気がついて、恥ずかしくなって、次の言葉を言えないでいた。
「わたしは分かるわよ」
東堂先生が続けて言った。
「恥ずかしがり屋な性格で、すぐに赤くなるけども、闇夜に月明かりが照らすように、見ている人に安らぎを与える。あってるかしら?」
「……そんなところです」
真っ赤に染まったツッキーが水面に触れた時、日差しに温められた、ふんわりした水の抵抗感を、肌を通して、分かち合っているような、そんな気がした。
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