映画「リトル・フォレスト 夏・秋」
「じゃあ、私、ご飯作ってくるね」
「待って」
彼が私を呼び止めて、なにやら探し物をしている。
「じゃーん、カメラ。買ったんだ。ささ、早く料理して」
キラキラした目で見つめられて、なにがなんだか分からないまま、エプロンを付ける。
「いいねー映えるねー料理Youtuberデビューしようよ」
彼は、さながら映画監督のように、レンズを覗き込んでいる。そういうのって普通、三脚とか立ててやるもんだと思うんだけど。
「撮るのは構わないけど、顔は映さないでね」
「分かった。じゃあ記念に一枚」
何とも言えない、むず痒い表情をした私がカメラに収められると、彼はおとなしく、手元の動画を撮る為に、カメラの位置を調整し始めた。
「……手洗うところも撮る?」
まさか撮らないだろうと思って聞いたのに、撮るらしい。聞かなきゃよかった。
「よーい、スタート」
映画監督のように言うもんだから、思わず吹き出してしまった。しばらく二人で笑い合う。
「はーい、じゃあもう一度」
「スタートっていうのやめてね」
ピッていう音と共に急に静けさが訪れて、思わず口がニヤける。
「今日は何を作るの?」
彼が口を開いた。
「んー、ほうれん草があるから炒め物にしようかな」
「おっいいね」
「あ、私喋りながら作った方がいいの?それとも喋らない方がいいの?」
「最初だし、気にしなくていいよ。いつも通りで、充分魅力的だし」
分かった、と言いながらも、いつも見られてたんだ、と思って少し恥ずかしくなった。
冷蔵庫から具材を取り出す。ほうれん草を茹でるためにお湯を沸かす。そこからは意識することなく、スムーズに行えた。ほうれん草を流水にさらして、等間隔に切っていく。玉ねぎ、にんじん、豚肉を一口大の大きさに。いつもは使ってないけど、ボウルに、醤油と料理酒と砂糖、そしてすりおろしにんにくを混ぜ合わせる。フライパンに油を入れて、豚肉を焦げるギリギリのラインまで炒めてから、玉ねぎと人参を投入する。白く踊る煙が、換気扇へと消えていく。ほうれん草を入れて、醤油をかけると、香ばしい香りが鼻を突き抜ける。
「完成ー!」
お皿に盛り付け終わると、慣れないことをしたせいか、彼が大きく息を吐く。
「もう食べよっか?」
本当は、後何品か作りたかったのだけど、そう言った。
「ご飯よそってくるね」
そう言って、彼はカメラを片付けにいった。その間に、さっと洗い物を済ませる。
「んんー美味しい」
笑顔でそう言ってくれると、作った甲斐がある。
「自分で作ったご飯は美味しいって言うけど、見てるだけでも美味しく感じるよ。これ、Youtubeの人たちにも伝わるかな?」
「んーどうだろ。てか、あんなんで良かったの?ただ料理作っただけだけど」
「大丈夫だよ、きっと」
そう言って、彼がおかわりの為に席を立つ。おかわりをしてもらって、認められた気分になって、彼に見えないように、小さく、ガッツポーズをした。
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