映画「インセプション」
「行ってしまうのか……君が最後の助手だというのに」
「心配しないでください。私は必ず戻ってきますよ」
宇宙服型のポッドの前で博士と助手は向かい合う。
「何でも思い通りになる夢の世界へ行って、現実に帰ろう、などど思う、物好きはいないよ。ましてや、そこを現実だと認識するんだから、帰ってこないのも無理はない。君も楽しむといい」
博士は、並べられた六個のポッドを慈しむように見た。これが、最後のポッドだ。
「大丈夫です。私は、とある映画からヒントを得て、夢と現実を区別できるように、トーテムを持っていきますから」
助手は、自身の年齢よりも歳月が経っているであろう古ぼけた砂時計を、見せつけながら言った。
「寂しくなるよ。では、中に入ってくれ。準備をしよう」
準備をしている時、二人の間に会話は無かった。最後の装置を取り付け、後は密閉すれば完了というところで、助手が口を開いた。
「なぜ、博士はご自身で試されないのですか」
博士は沈黙を貫こうとしたが、息を吸おうと、微かに口が開くと、漏れるように言葉が発せられた。
「……装置は完成している。私が試す必要はない」
「これを使えば、亡くなった奥さんにも会えるのではないですか?」
「そうだとしても、それは偽物だよ。それに、天国に行けば、また会える」
「その考えこそが、誰かの植え付けなのでは?」
「そうかもしれんな。せめて、私の中にいる彼女は、本物だと思いたい」
「……すみません。失言でした」
いいんだよ、というような博士の微笑みを最後に、ポッドは閉じられた。
スイッチが今、押される。
博士は一枚の写真を見ながら、呟き始めた。
「元はといえば、君と夢の中で、旅行するための物だったのになあ……」
「結局、君が私に植えた種を、取り除くことはできなかった。それどころか、さらに発展し、私を覆い尽くしていった。これが夢であって欲しいと思う。過去の実験の最中で、本物の君は私の隣にいるのだ、と。でも、君が目の前に現れないことが、なによりも現実の証拠だ。夢ならば、なんでも思い通りになるだろう?」
「この装置が完成したのは、優秀な助手の助けがあればこそだ。この歳だ。私一人では、もう新しいものは作れまい。正直、彼が名乗りを挙げてくれて助かったよ。最後のポッドを見る度に、気が狂いそうだった。夢ある若者までもが、現実に戻らないのであれば、世界は滅亡してしまうだろう」
「私の寿命が、タイムリミットだ」
博士は、決意表明をするように、言い終えるのだった。
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