映画「フィールド・オブ・ドリームス」
最近楽しみにしていることがある。というか、年甲斐もなく感じるトキメキというやつだろうか。仕事場に向かう為に利用しているバス停で、僕らは出会う。彼女は中学生だというのに電車通学をしているらしく、毎朝、駅に向かうときに同じバスに乗ることがあった。始めはありふれた日常の風景であり、意識することもなかったのだが、ある時彼女から声を掛けられたのだった。最初は寒いですね、とかそんな感じだったと思う。徐々に挨拶から世間話をするような仲になり、その頃にはもうほとんど毎日会うようになっていた。彼女は14歳の中学二年生で来年受験を控えているのだという。そして、休み時間はほとんど本を読んでいて、彼氏はいないけど好きな人は秘密。憧れの告白シチュエーションまで知っている。というのも全部、彼女から話してきたのだ。思春期は多感な時期だ。聞き役に徹することで少しでもストレスのはけ口になればいいなと思っている。でも、そんな彼女に、少しずつ心を惹かれているのも事実だった。36歳にもなって、中学生に手を出すなんて犯罪だ、と思っていたのだけれど。
ある朝目覚めると、大量の汗をかいていることに気がついた。服は土砂降りの雨の中を傘も差さずに帰ってきたかのように体に張り付き、身体中のだるさを一層増幅させた。汗を流す為にシャワーを浴びようと、服を洗濯機にそのまま放り込んだ時、汗をかいたせいか、急に痩せたような気がして、服を脱ぐのに思わずためらいが生じるほどだった。そして、洗面台にある鏡にふと目をやったとき、愕然として人生で初めて自分の頬をつねったのだった。若返っている! ズボンとシャツの間からはみ出るほどだったお腹は、微かに筋肉の割れ目が。薄くなった頭頂部には生い茂るほどの髪の毛が。なによりたるんだ顔の筋肉は引き締まり、顔立ちがスッキリしている。シャワーの温度を思いっきり熱くして、一気に頭から熱湯を被った。どうしてこんなことに。おぼろげな頭の中をこねくり回すように思い出す。確か昨日は相当酔っ払っていたはずだ。部下の出世ーー取り残された僕は一人で浴びるように酒を飲んでいた。酒を一杯飲むたびに自分の小ささが湧き上がってきて、それを忘れる為に更に酒を飲んだ。3軒目のバーで飲んでいた時だった。隣に座ってきた老人が、それは天国の薬だと言い、飲むと自分の本当の欲求に気づけるのだという。自暴自棄になっていた僕はそれを奪い取るようにして飲み込むと、老人は不気味に笑っていた。
なぜ、よりにもよって中学生くらいの姿に。そうだ、と思った。いつもバス停で会うあの子。大人と子供だからと避けていた感情。彼女のことが好きなのだ! それこそが僕の本当の欲求だったんだ! 居ても立っても居られなくなり、髪も乾かさずに支度を始める。いつもの時刻までもう時間がない! 僕は走った。彼女になんて伝えよう。憧れの告白シチュエーションはなんだったか。確か、朝、バスを待っているときに目の前から男の子が走ってくる。間に合った、と言いながら両膝に手をついて息を切らす。俯いたまま、一度手の甲で額の汗を拭った後、体を90度に折りたたむように右手を前に差し出して、告白だ。
バス停に彼女が見えた。
「間に合った」おもわず声が出た。そのまま、憧れのシチュエーションに身を任せる。
「好きです、付き合ってください!」
言えた。寸分違わずに演じれたはずだ。彼女の顔は見えない。心臓がはちきれる程、熱い。
「ごめんなさい、私、年上にしか興味がないの」
振られたーー。体がどんどん熱くなる。視界がとろけるように混ざり合い、次第に意識が薄れていく。バスのドアを開ける空気圧の音がして、彼女が乗り込んでいくのが見えた。
待ってーー。僕はもう、指先ひとつ動かせないでいた。あの薬の代償だったんだーー僕は天国にいくのだ。その時、僕はようやく悟った。いや、そもそも彼女のいるこの世界こそが、天国だったというのにーー。
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