映画「ビューティフル・マインド」

年季の入った花柄のソファに腰掛ける初老の夫婦。膝ほどの高さのテーブルにはクッキーとホットココアが置かれている。

「私たちの人生が映画になったらしいな」

「なんだか照れくさいですね」

「まあまあ、見てみようじゃないか」

親愛なる両親へと書かれた無地のDVDをまじまじと見つめてから、名残惜しそうにDVDプレーヤーにセットする。起動音が鈴虫の鳴き声に吸い込まれる。

物語は、とある男の大学時代から始まった。

「まあ、最初は私は出てきそうにありませんね」

「飛ばしてみようか」

「いえ、気にしないでください。どういう風に描かれているのか、興味がありますから」

1人がクッキーを食べるともう片方も追ってクッキーを食べる。片方がホットココアを飲むともう片方も。2人は当たり前のようにリラックスしている。

「……こんな感じではなかった気がするけどなあ」

主人公の男に自分を重ねるようにして呟いた。

「自分と人の目ではずいぶん違うものですよ。私はこちらの映画の方がリアリティがあります」

「そういうものかなあ。お、母さんが出てきたぞ!」

「あら、えらく可愛らしい方が演じてくださって。光栄だわ」

思わず指を差して、お互いの歯と歯が見え隠れする。

「こ、告白のシーンはこちらまで恥ずかしくなるものだな」

「ええ、そうですね。でも、お父さんはこんなにもスムーズに言ってなかったような気がしますね」

「なあに、演じてくださってる方々にわざわざカッコ悪い真似をさせんでもいいだろう」

「それもそうですね。あ、この時私大変だったんですよ」

肩を軽く叩いて存在をアピールする。

「ああ、分かっている。こうしてこの映画を見れていることが奇跡のようだ」

「ふふ、私は私であなたに夢を見ていたのかも知れませんね」

ごく自然に、手と手が触れ合った。ホットココアの温もりがまだ微かに残っている。物語の転換シーンを利用して、2人は数秒の間、目を閉じた。

「ああ、もう主人公が急に老けたな。描写されていないところに、母さんの良いところがたくさんあるというのに」

「見えない方が良い時も往々にしてあると思いますよ」

「私からして見れば映画自体、恥を晒しているようなものだよ。でもそれがこうして認められるとは、不思議な気分だ」

2人の間では、沈黙は同時に同意の合図でもあるのだった。

「……そろそろクライマックスですね」

「ああ、この時は本当に信じられない気持ちでいっぱいだったよ。これは少し大袈裟すぎるけどな」

羨ましがるような、恥ずかしがるような、そんな視線で見つめている。

「私はこの時、夢心地でしたよ」

うっとりするように画面に食い入る。

「私にして見れば、今こうしていることの方が、夢じゃないかと疑いたいくらいだ」

いつの間にか前のめりになっていた体を、ソファに深く沈み込ませた。

「まさか、夢と現実の区別の仕方をもう忘れてしまったのですか?」

横目で見つめられて、天を仰ぐ。

「さて、どうやるんだったかな」

やれやれといった表情で、妻は右手を夫の頬に、夫の右手を自分の心臓に。そして、優しく語りかけるように右手を頬から夫の心臓へ滑らせる。

「こうですよ」

何が見えていますかーーそれは語らずとも通じ合える、2人ならではの問いかけだった。

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