小説「その時までサヨナラ」

「はい、じゃあタイムカプセルに入れる物を持って校庭に集まってください」

担任の弓場先生がクラス全体に声を掛けると、教室は一気にざわめいた。何を入れるのかはもう決まってるというのに、何を入れるかの相談が始まっている。習字で書いた四文字熟語、絵の具で描いた校庭、そして20歳の自分に向けた手紙。それらがタイムカプセルに入れる物で、いずれも授業中に作った物だ。それなのに、シールだの交換日記だの分度器やらスマホのケースやら本当に入れる気なのか分からない物の名前まで飛び交っている。

「関係ないものは入れちゃいけません。他のクラスの分もあるんだからね」

弓場先生は、分かってると思うけど、という視線を向けながら言った。僕たちの学校は1クラス30人ほどで、それが6クラスある。近所の小学校では一番大きい。広い校庭いっぱいに桜が満開になると、見ているだけで華やかな気分になると評判なのだ。

「急いで、時間なくなっちゃうから。藤井くん、後お願い。私は準備があるから」

学級委員の藤井くんは鈍臭いところのある弓場先生とは違って、しっかりしている優等生といった印象だ。まずは藤井くんと仲のいい子から教室の外に出すことによって人の流れを作り出している。窓際の席から校庭を見ていた僕は、体育教師の中島がタオルを首に掛けながら汗を拭っているのを見た。穴はもう大分完成していた。落とし穴ができそうなほど掘られた穴の中心にオレンジ色をした筒状のカプセルが見える。

「ほら、小野くん達も」

藤井くんにそう言われて、ようやく僕は校庭へと向かい始めた。

校庭に出てみると、カプセルのそばに集まっているグループと下駄箱のすぐそばの水道に集まっているグループとで分かれていた。ここでも藤井くんは活躍する。水道のグループに声を掛けて、みんなをカプセルの元へと誘導していく。その姿はまるで羊飼いのようだった。

「はい、じゃあみんな集まったかな」

「はい、全員集まってます」

弓場先生の言葉に藤井くんが答える。

「藤井くん、ありがとね。じゃあみんな押さないようにカプセルの中に入れてってー」

まず始めに動いたのは佐藤くん達のグループだった。佐藤くんはクラスの番長的な存在で一番権力を持っている。とは言ってもその表現は古臭く、実際は流行りのスマホゲームでレア度の高いキャラをいっぱい持っていて、みんなから羨ましがられている程度だ。

「うわ、もうこんなに入ってんじゃん。なんだよ」

僕たちのクラスは3組なので、1組と2組の物は既に入っているのだ。佐藤くんは一番乗りではないことにがっかりした様子で砂を小さく蹴った。そして、そうだ、と小さく呟いてからタイムカプセルに投げ入れた。

「その時まで、サヨナラ」

佐藤くんが言った。それは教室の隅に置いてある本のタイトルだった。佐藤くんはそれを読んだことがあるのだろうか。他の子たちも良いと思ったのか、続けてそのセリフを言いながらタイプカプセルに投げ入れていく。僕の番が来て、その時何故だか分からないけど、指に貼っていた絆創膏を剥がして一緒に投げ入れた。みんなには分からないように。サヨナラーーそれはどんな意味で言ったのか、誰に言ったのか、全く分からないでいた。けれど時が経ち、春になったら桜が咲くように、大人になったら息吹くように少年の心を一緒に埋めるのかも、とも思った。もしくはそんな気持ちごと、サヨナラって意味なんだろうか。舞い散る桜に風が吹いて、もう一度宙に舞い上がるのを想像して、なんだか少し、大人になるのが、楽しみになった。

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