小説「豆の上で眠る」
小学一年生の頃の私はあまり活発な方では無かった。学校が終わると、どこどこに遊びに行こうなどと言いだし始める同級生達を横目にまっすぐに自宅へと向かった。友達が全くいなかったわけじゃ無いけど、放課後は遊ばなかった。少なくとも小学一年生の頃は。
その頃の私の遊び相手はママだった。私が一番好きだったのは旗揚げゲームだ。家に帰るなり二階にある自分の部屋にランドセルを置きにいき、勉強机のライトの下に置いてあるイチゴジャムの空き瓶を見てニヤリとする。割り箸の先に赤と白の折り紙を貼り付けたお手製の旗を空き瓶から取り出してママを探し始める。「旗揚げゲームスタート!」私が不意打ちでスタートと叫ぶと、ママはやれやれといった表情を浮かべるものの「赤、上げて」と言って返してくれる。ママの声は子供の私からしてもとても聞き取りやすくて、TVの中のアナウンサーにもなれるんじゃないかと思っていたほどだ。実際、私がママの旗揚げの指示を聞き取れなかったことはほとんどない。「白、上げて」両腕が上がった状態になるといつもママは私の目をじっと見て少し笑う。引っ掛けようか、引っ掛けまいか、考えているのだ。「赤、下げないで、白、下げる」赤旗を持っていた右肩がすこしピクリとしたが、まだ全然大丈夫。「赤、上げないで、白、下げない」この上げないでというのは下げるという意味だ。初めての時は引っかかったが、甘い。あの時の私ではないのだ。赤旗を下げて、どうだと言わんばかりにママを見つめる。「はい、負けー!」ママが笑う。赤旗に引っかかるものかと気を取られすぎて、白旗を下げたままにしてしまったのだ。下げないというのは上げるという意味だ。日本語は難しい。負けたことが悔しくてもう一回とママにせがんだ。「もう一回やるのとお菓子食べるのどっちがいい?今日はシフォンケーキよ」ママはチラリとお菓子の方に目を向ける。私はこの言葉に弱い。お菓子を食べながらTVを見て、そのまま見入って勝負など忘れてしまうのがいつもの流れだ。でも、今思えばあのとき、お菓子など食べずに続けて、ママと攻守交代していたら、もっと早くに気付けたかもしれない。そうしたらあんなことにはならなかったかもしれないのに。旗揚げゲームは今では最も嫌いな物のひとつだ。
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