映画「ハングオーバー!」
「博士、博士、起きてください」
「なんじゃ……ん、ここは……」
書類が散乱する机の上で、博士は眠そうに片目を擦った。
「あなたの研究所ですよ。昨日はパーティーに行くとあんなにはしゃいでいたのに、僕より早く戻っているなんて研究熱心な人ですね。それにしても、昨夜は大変楽しそうでしたね」
助手は床に散らばっている書類を一枚ずつ拾いながら素早くファイリングしていく。
「おお、そうじゃ。大変豪華なパーティじゃった。美女に囲まれてしまってな、二杯目のバーボンを飲み干してから……それから……」
博士は目と目の間を指でつまみながら考え始め、しまいには諦めたように両腕から力を抜き、ため息のリズムで体が沈んだ。
「まさか、あんなことやこんなことまでしたのも忘れてしまったのですか?まるで天国にいるかのような至極の悦楽を浮かべていましたよ」
「く、詳しく教えてくれ! 思い出せるかも知れん」
博士は血柱のほとばしる目を近づけながら助手の襟元を両手で掴んだ。
「私の口からはとてもとても、申し上げられません」
助手は冷静に顔を背けたまま言った。
「使えんやつじゃ! ああ、ひどく気だるく体の芯からとろけ出るこの感覚を何と言うんじゃったか……そうじゃ、ハングオーバーじゃ。そんなことも分からなくなるとは。ああ、わしの天翔る電気信号よ、戻ってこい。このままでは昨夜のお楽しみを思い出すことも叶わぬ」
「今回ばかりは博士の自慢の発明品も役に立たないようですね」
「何を言うか。わしの発明品が役立たぬ事などないわい。そうじゃ、過去に発明した試作品が使えるかも知れん」
博士は試作品を収納してある場所へ目掛けて這うように駆けていった。
「……確かこの辺りに…違う、これも違う、ええいこれでもない。あった、あったぞ!」
助手が追いついたときには辺りは試作品やら書類やらが無造作に散らばっており、まるで泥棒に入られたかように思えた。博士は薄紅色の丸い玉が一つだけ入った円形のビンを助手に見せつけるようにして掲げた。
「飴玉…ですか?」
「ただの飴玉ではない。これはな、過去の記憶を鮮明に思い出せるという優れものじゃ。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、ふふふ、触覚までも平常時と同じ感覚を味わえる。簡単に言うとな、昨日の体験を夢で見れると言うわけだ。こうしちゃおれん! わしは寝る! 起こすでないぞ!」
飴玉をポンと口に放り込み、そのまま倒れこむようにして博士は眠り始めた。助手は呆れながらも音を立てないように静かに移動し、博士に毛布を掛けて去っていった。
「博士、博士、起きてください」
「なんじゃ……ん、ここは……」
「あなたの研究所ですよ。起こすなと言われても、丸一日も寝てたのではさすがの私でも起こします。どうです、パーティーの様子は思い出せましたか」
「おお、そうじゃ。大変豪華なパーティじゃった……」
「もしかして、美女に囲まれながら二杯目のバーボンを?」
「なんで分かったんじゃ、それからな、それから……ダメだ、思い出せん」
「なるほど、平常時と同じ感覚なら同じところで記憶が無くなるというわけですか。そういえば寝ている間に博士に会いにきた美女がいましたよ。博士は今寝ていると言ったら怒って帰ってしまいました。何か約束でもされていたのですか?」
「はて、何も思い出せん……。しかしなぜ、こんなに試作品が散らばっているんじゃ。そうじゃ、過去に発明した試作品が使えるかも知れん」
そう言いながら博士は、引き出しを全部ひっくり返す勢いでドカドカと音を立て始めた。
「無い……無い……無いぞ! 確かにここら辺にあったはずだ! おい、警察を呼んでくれ! わしの発明品が何者かに盗まれた!」
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