映画「サーミの血」
「ドアが閉まります」というアナウンスが聞こえて、頭上にある電光掲示板を見つめる。既に発車時刻より1分過ぎている。
「ラッキー! 五分短縮」と思いながら、アタシは電車に飛び乗った。日曜日の昼過ぎだけあって、車内はガランとしている。前方のシートの角が埋まっていたので、ひとつ席を開けたところに座った。
アタシは、これから何をしようか考える。特に用意があるわけではなくて、ただ家にいるよりマシだと思っただけだ。お母さんは家で映画ばっかり見ているくせに、目が合うと勉強しなさいと言ってくる。
それどころか今日は、「アンタもこれくらい強い女の子になりなさいよ」と言ってきた。どういう意味、というニュアンスで「なにそれ」と言ったのだけど「サーミの血っていう映画でね……」なんて、くどくど映画の説明をしてきたもんだから無性に腹が立った。映画と現実を一緒にしてもらっちゃ困る。アタシだって、そりゃあ根暗でチビでメガネだけど汚い言葉だって言えるし、その気になれば暴力だって振るえる。そういう場面が無いだけだ、映画みたいに。
こんなときに限って、さきちゃんは家族で旅行に行っちゃうし、電車で一本早く乗れたくらいじゃ全然取り返せないくらいの運の悪さだ。
気がつくと、目的地まで、後二駅のところまで来ていた。今止まっている駅は乗り換える人が多いので車内の人が入り乱れる。40代くらいの太ったおじさんが乗ってきた。こういう人は車内が空いているのにいきなり隣に座ってきたりするから気持ち悪い。目が合わないように視線を落としながら、隣に来ないでくれと祈った。祈りが通じたのか通じてないのか、おじさんはアタシの右隣にひとつ席をあけて座った。男性特有の加齢臭が鼻にまとわりつく。
すぐに席を立つと傷つけてしまうかと思い、気を紛らわせる為にアタシは広告に目を通し始めた。あの広告にある本、ほんとに効果あるのかな。アタシの好きな芸能人のゴシップ記事は無さそうだな。あんな綺麗な女性にアタシもなりたいな。
一通り目を通した後に目に入ったのは、旅行会社の広告で一面の緑の草原の上にシカみたいな動物がいて、後ろには山々が広がっている。いつか行ってみたいな、と思っていると山々の間に不可思議なスペースが空いていることに気がついた。
まるで山が一個分無くなったかのような感じなのだ。目が疲れたかなと思って、しばらく瞑ってからまた見ると、イメージ通り山々は連なっていた。でもやっぱりおかしいと思ってしばらく見続けると異変に気付く。
少しずつ消えるように山が消えていき、代わりに空が現れ始める。すごい、今の広告はこんなこともできるんだと感心していると、電車が終点に着いた。人が次々に降りていく。
アタシはどういう仕組みになっているのか知りたくて、広告の目の前の人が降りるのを待った。そして、目の前まで来た。でも普通の紙にしか見えない。消えた山の部分をなぞるようにして触ってみる。
すると、声が聞こえた。
「Congratulations!!第二ステージへとご案内致します」
辺りが暗くなって、消えゆく景色の中で、アタシは初めて、つり革を下から眺めたような気になって、催眠術のような振り子運動で、落ちていくのだった。
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