映画「マネーボール」


あるところに、二人組の兄弟がおりました。なんでも湖の中心まで石を投げられた者には賞金を出す、という噂を聞いて駆けつけてやって来たのです。兄の名はセクメトといい、痩せ型ながらも手先の器用な男で寝ながらでもナイフをジャグリングできると豪語するほどの実力でした。

一方の弟はリーバイスといい、体格が大きく腕自慢では負けたことがない上に、獰猛なクマでさえ食料がやってきたと喜ぶほどでした。

「しかし、なんでえ、こんなところに、兄貴」

二人は湖の側まできて何やら話し込んでいます。

「何事も作戦ってのが重要なんだ。しかしこれは想像以上に大きい湖だぜ。リーバイス、試しに投げてみろ」

リーバイスは足元から石ころを拾って湖目掛けて力一杯投げました。

「ふむ。ボート50個分てとこだな。しかし中心には全然届きそうもないな。見たことないぜ、ここまで大きい湖は。」

「すまんなあ、兄貴。しかしなんの意味があってこんな大会を」

「さあね、金持ちの考えることはわからん。大方ろくな理由じゃないだろう」

それもそのはずです。この国の自慢は大きな湖でした。国王様は毎朝、湖を見ながら朝食を食べるのを楽しみにしていました。あるとき、空に石ころが飛んで来て、湖に落ちたのを見た国王様が、びっくりして周りに話を伝えたところ、寝ぼけていたのでしょうと誰にも信じてもらえませんでした。さらに、それだけに留まらずに鳥のフンを見間違えただの、魚が跳ねただけだのと笑い者にされてしまいました。それに怒った国王様が今回の大会を主催したのです。

そんなことも露知らず、二人は作戦を練り続けています。

「閃いたぞ。リーバイス、耳を貸せ。いいか、ゴニョゴニョゴニョ」

「兄貴はやっぱり天才だ」

リーバイスは感心したように頷きます。

「今回は俺たち兄弟の絆が試される。早速練習するぞ」


そして当日、湖の周りにはたくさんの人だかりができていました。多くの力自慢が集まっている中でセクメトは周囲から浮いていて、笑い声すら聞こえてくるようでした。すでに半分以上の人がチャレンジしており、今の一番の記録はキースという男でした。リーバイスよりもひと回りもふた回りも大きく、はち切れんばかりの筋肉が浮かび上がっています。しかしそれでも湖の中心からは程遠かったのです。王様の顔にも次第に焦りが浮かび上がってきました。

そしてついに、セクメトの番がやってきます。

「お初にお目にかかります。国王様。今、私は大勢の人々に囲まれて緊張しております。なんとしてでも、自分の力を十分に発揮したいのです。そこでお願いがあるのですが、始める前に故郷の笛を吹いてもよろしいでしょうか。私はそれを聞くと、とても安心するのです。」

「よかろう。」

セクメトは小石を受け取り、深々と頭を下げ、深呼吸をしました。そして笛を吹きました。鳥の鳴き声にも似たその音色が吹かれると、呼応するかのように木々から一斉に鳥達が飛び立ち始めます。同時にセクメトは投げ始めました。弧を描くように肩を回し、お尻を湖の方に突き出すようにして左足で踏み込むと一気に腕を振り抜きました。

「記録、なし」

記録係が声をあげるとセクメトは待ってください、と耳を澄ませるようなポーズをしました。すると、湖の中心から水しぶきが上がり、ポチャンという音が聞こえてきました。

「おお、確かに水しぶきが上がったぞ!」

と、周りから歓声が湧き始め、国王様が立ち上がり言いました。

「よくやった!皆も見ていたであろう! しかし、どうやったのじゃ?」

鳥に気を取られていた、とは口が裂けても言えない国王様は尋ねました。

「簡単ですよ。まねいぼうるという技を使ったのです。まさか国王様が知らないはずがないでしょう?」

「おお、そうじゃったそうじゃった。褒美を取らせよ!」

かくして、兄弟は孫の代までも使いきれぬほどの賞金を受け取ったのです。


場面は変わって湖のほとり、びしょびしょの二人組の兄弟がおりました。兄は長袖長ズボンで汗でびしょびしょに、弟は毛布一枚でくるまっており、髪の毛からぽたぽたと水が垂れてきています。弟はなにやら筒状の長いものを覗き込んでいるのでした。

「見てくれよ兄貴。夕月があんなに近くにあらあ。兄貴もみるかい?」

「見るもんか。お前のヨダレがベトベト付いてるかもしれないもんなんて。それじゃあ俺のいしころでも触って見るかい?」

「いくら俺でも、兄貴のズボンの中に入ってた石ころなんか、触りたくねえや」

二人は持っている物を投げ捨てて、目配せをして静かにガッツポーズを決めました。とても幸せそうに笑っているのです。浴びるように酒を飲み、貪るようにして食べ、やがて力尽きるようにして眠りました。

夜が明けて、リーバイスは眠い目を擦りながら湖まで顔を洗いにきました。冷たい水が肌を通り抜けるようにして飛んでいきます。すると後ろから、ノコギリを擦り合わせたような、錆びついた声が聞こえてきました。

「ん?ほうむらん、てなんだい?兄貴」

振り向いてもそこには誰もいませんでした。代わりに、ポチャンと湖が答えました。

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