映画「羊と鋼の森」
ファミリーレストランの休憩室で女性2人が何やら話している。
「彼がね、この前コーヒー入れてたんだけど、トクトクトクと指先から注がれていく熱湯は蒸気だけでもと彼の元に集まっていくようだった。全てが終わり皿に乗せられたカシャンという音は合掌の合図かのようだった。って感じだったのよー」
「えー私も見たかったなあ。でもこの前ね、お店に落ちてるゴミを彼が拾ってたんだけど、鳥が先か卵が先かというのは一生の命題であるが、彼が屈むのが先かゴミが落ちるのが先かという問いに対しては皆一同に彼が先と答えるだろう。というくらいに綺麗にゴミ拾ってたのよー絶対ゴミが先なのにね」
「ほんと小説のような人よね。見てるだけで言葉が溢れてくる」
彼女らは新人のアルバイト君に心底虜になっているようだ。
カチャリ、入ってきたのは彼であった。
おはようございますと挨拶をして彼は更衣室へと入っていった。
「ね、今のどう思った?」
「うーんとね、風が逃げていった。なだれ込むようにして彼の後ろへ行けたものは幸運だ。残りのものは彼が第一声を発するまで息を潜め視線を逸らすことすら許されなかった。って感じ!そっちは?」
「あはは、確かに。私はね、おはようございますと言った彼の笑顔は時が止まったように錯覚させた。振り返り、歩き出す彼の背中にはコンサートホールのピアノのような触ってはいけない艶めきがあった。かな?」
あははは、休憩室には笑い声が響き渡る。
「彼を見てたら小説家になれそうだよね。あっもう休憩終わりそう!もう帰りたいー」
そう言いながらも、仕事に戻る彼女らの足取りは誠に軽やかなものであった。
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