映画「羊と鋼の森」

数分前まで河川敷を歩いていた僕は今、確かに止まっている。

車の通り過ぎる音がする。その隙間を縫って虫や鳥達の鳴き声、水の流れる音、そしてお日様に照らされた人々の残り香がする。

僕にはブレーキしかないんじゃないかと思う。ここまできたのは全部人のおかげだと思う。引っ張られて、押し出されてきただけだ。

アクセルがあって、ブレーキがあるのが普通なのだという。

僕の意思があったのは、お菓子を買ってくれるまで動かないと駄々をこねた時、学校に行きたくないと布団の中に潜り込んだ時、東京の大学に行きたいと両親に土下座した時、動かないことで感情を表現してきた。

車に乗りながら景色が綺麗だねなんて嘘だと思う。

二十歳になって、河川敷になんか来て、景色なんか見て、何か得られるわけでもなくて、ただ石ころを投げてみたりなんかして、そのうち耳に残る音がする。

アクセルのある人が羨ましいと思う。友人は僕の知らないところまで行ってしまった。

止まった後、動き出すときはぎこちなくなる。どんな顔をすればいいか分からなくなる。爪先から頭のトンガリまでかけて、背伸びしたらどこまでも伸びていくような緑の森。

そんな音に憧れる。

だからまだ、僕には声を掛けないで欲しい。

こ、こんにちは、なんて、性懲りも無く吃ってしまうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る