第3話 二人の少女 参
「そういえば、
姫ちゃんは、こんなところで何をしてたの?
お散歩?」
真白は立ち上がりながら、
姫巫女へそう尋ねた。
「いや、さすがにこんなところまでは、
お散歩に来ないかの」
そう言って苦笑する。
「姫は依頼を受けてきたのじゃ」
「依頼?」
「うん。『冒険者』としての」
「『冒険者』?」
「そうじゃ。ま、便利屋みたいなものかの」
間違いではないが、
正確でもない姫巫女の答え。
町の住民、山野に点在する村の衆、
国を治める者たちに至るまで、
生活があれば、何かしらの問題も起きる。
自然の理の中で生じるものから、
人同士の空気に起因するものまで。
それに加えて、
他の世界、他の国がどうかは知らないが、
彼女達が暮らす世界には、
神や妖怪、魑魅魍魎、
人や獣とも違う、特殊な輩も存在するのだ。
そうなれば、
依頼の内容は多岐にわたり、
やれ行方不明者を探してくれ、
他国の荷物を受け取ってきてくれ、
村に悪さをする妖怪を退治してくれ、
変なものがいるかもしれないから、
変なところへ赴いて、
何が変かを確認してきたくれなどなど…
それらの依頼をこなし、報酬を得る者を、
総じて『冒険者』と呼ぶのである。
彼らの目的も、また様々だ。
生きるため、己の力を試すため、
または新たな力を欲するため、
あとは…趣味娯楽?
冒険者の数だけ、その理由がある。
そんな表現で間違いはないであろう。
冒険者たちが集まる場所『寄合所』
そこを運営、管理する『組合』
そこら辺のところは、
おいおい説明するとして、
当面のところは、
「それで、姫ちゃんはどんなお願い事をされてきたの?」
という真白の疑問から参ろうか。
「姫は薬草を探しにきたのじゃ。
んと…あっ」
姫巫女は周りを見回すと、
一本の小枝を見つけ、拾い上げた。
「こんなかんじで、こういう葉っぱの薬草じゃ」
ガリガリと音を立てて、
地面に絵を描く。
それを、見ていた真白は、
あっ、と声を上げた後に、
「これ、ネサツマ草じゃない?」
と、姫巫女へ尋ねた。
「真白、知っておるの?」
「うん。『お医者さん』に教えてもらったんだ。
こんな葉っぱの薬草があるよね。熱さましの」
「物知りじゃの。姫、名前は忘れてしもうたが、
熱を出して困っておる者から、頼まれたのじゃよ」
「じゃ、まちがいないね」
微笑みながら言う真白に対して、
姫巫女の表情は少し曇りがちとなり、
「…でも、朝から探しておるのじゃが、
ぜーんぜん、見つからないのじゃ」
と、残念そうに言う。
「そっかあ…ね、姫ちゃん。
どんなところ、探してたの?」
「え?んと、ここに来る途中、そこらの草むらとか、
木の下とか?」
首をかしげながら答える姫巫女に、
真白はクスクスと笑いながら言う。
「姫ちゃん、残念だけど、それじゃ見つからないよ。
ネサツマ草は、少し変わったところに生えてるからね」
「え?!そうなのか?」
ガーン!
そんな音が聞こえてきそうなほど、
落胆した顔を見せる姫巫女。
「ちゃんと…生えてる場所を聞いてくるんじゃったの…」
至極当然な話だが、
そういう訳に行かなかった経緯もあったのである。
それも、また、後ほど…
「よし!じゃあ、姫ちゃん、探しに行こう?」
「え?」
「おにぎりのお礼に手伝わせて?」
そういって姫巫女の手をとる真白に、
姫巫女は満面の笑みで、
「うん!」
と、うなずいたのだった。
「…で、じゃ」
「ん?」
「ど、どうして…こんな格好に?」
という姫巫女の質問。
『こんな格好』が、『どんな格好』かというと、
真白よりも、少し若干大分小柄な姫巫女が、
彼女に横抱きにされているという格好。
つまりは、『お姫様抱っこ』である。
女の子同士とはいえ、
ちょっと?恥ずかしいのか、
姫巫女の頬が薄く染まっている。
「ん?ごめんね、姫ちゃん。
ちょっと、走りにくいところを行くからさ」
「走りにくい?」
「飛ぶときも、この方がいいと思うし」
「飛ぶ?飛ぶの??」
「落ちないほうがいいじゃない?」
「お、落ち?!」
「よし!じゃあ、出発ー♪」
「え?え??待って真白…きゃあ?!」
元気な掛け声に、姫巫女の悲鳴が重なる。
姫巫女を、お姫様抱っこしながら、
跳ねるように駆け出した真白。
抱いているのは女の子。
抱かれているのも女の子。
普通であれば?
ふらつき、走るなどもってのほかであろうが、
「わっ?わわっ!真白、早っ!」
「あははっ!姫ちゃんってば、軽いねえ。
綿でも抱えてるみたいだよ」
どうやら楽勝の様子。
道なき道を、木々の隙間を、
荒れた岩肌も、ひょひょいのひょいだ。
「ほら、もっと、ちゃんとつかまって!
あっぶないよー?」
「わ、わ、わかったから、もっとゆっくり…
え、え、わ、い、いやああああ!
高い!高い!!おちるううううう!!」
「あはははは!」
真白の首に両手を回して、
必死でしがみつく姫巫女は絶賛悲鳴中。
真白は絶賛快走、爆笑中であった。
「さ、三回くらい死んだかと思うたわ…」
「そう?あ、ほら、姫ちゃん、この草でしょ?」
地べたに座り込んだ姫巫女に、
真白は、ある植物を指差して尋ねる。
硬い岩の隙間から、
小さく顔をのぞかしてる緑色のそれ。
姫巫女が地面に描いた薬草だ。
「あ、これ…かの?」
じいっと見つめたあと、
姫巫女は振り返り、真白に助言を求める。
求められたものを、
快く笑顔で返す真白。
熱さましの効用がある薬草に間違いはない、と。
「やったあ…これで、あの子達も喜ぶのじゃ」
「あの子達?」
「うん!この依頼の依頼主、じゃ。
にしても…」
姫巫女は立ち上がると、
周囲の景色を眩しそうに眺めながら溜息をつく。
「こんな所に生えておるとはの…見つからんはずじゃ」
二人が立つ場所は、
足元、一畳もないくらい狭い場所。
目の前は崖。
下に見える木々が遠く見えるほどの高さ。
背中もまた崖。
上は更に高い場所へと、
岩肌が伸びている。
真白曰く、
この薬草は、こんな切り立った崖など、
高所の岩場に生えているものらしい。
なんという身体能力か。
真白は姫巫女を抱えたまま、
こんな場所まで辿り着いたのである。
「すごい、綺麗じゃの」
「そうだね。風も気持ちいい」
その言葉通り、通り過ぎる風が、
二人の長い髪をなびかせる。
目に映るまさに絶景と呼ぶにふさわしい景色。
空の青。山の緑。雲の白。
日の光も同じく、白く輝いているようだ。
「ありがとうなのじゃ、真白。
こんな素敵なものを見せてくれて」
「ふふ、本当に綺麗だね。
私も嬉しいよ」
微笑み会う二人を、
柔らかな心が空気となって包み込む。
もうすっかり仲良しさん、である。
「あ、いかん」
突然、姫巫女がポンと手を叩き
そんな声を上げた。
「どうしたの?」
「今、一瞬、薬草のこと忘れておったわ」
「あ…私もだ」
「何のために、ここまで連れてきてもらったか…」
「わからなくなるところだったね」
顔を見合わせた二人、
どちらからともなく楽しげな笑い声が生まれ、
やがてそれは、蒼く広がる空と、
吹き抜ける風の中に響いていった。
《続》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます