第2話 二人の少女 弐

自己紹介と戯れあいは、ひと段落。

二人は近くを流れる小川へとやってきた。


小川、といっても、

子供がヒョイと飛び越えられるほどの、

小さな小さな水の流れ。


川の赤ちゃんである。


目的は喉が渇いたのと、

まあ…手を洗っておこうか、ということだ。


姫巫女が、冷たい水に手を浸していると、

何やら熱い視線を感じる。


「???」


顔を上げて確かめるまでもなく、

その主は他でもない、真白だった訳だが…


「ん?なんじゃ?

姫の顔に何かついておるかや?」


「え、ううん、そうじゃなくって…

姫ちゃん、ってさ?」


「うん?」


「女の子…だよね?」


「真白…」


その質問への答えは、

冷たい水しぶきとなって、

真白の顔へと飛んでいく。


「きゃっ!冷たっ?!」


「…どこをどう見れば、

姫が男に見えるのかの?

ん?教えてたたもれ、真白」


ジトッと真白を睨めつけながら、

姫巫女の冷水攻撃、第二射、第三射が、

容赦なく真白へと放たれた。


「ち、違うの!

私、自分以外の女の子と会うの初めてだから

つい…」


「…へ?」


思いがけない答えに、

ついつい面白くなってきた

水かけの手が止まる。


「私、山奥で爺さまと二人っきりで暮らしていたから、他の人と会ったことないの。


あ、時々来る

『お医者さん』って人もいたかな。


だから、

姫ちゃんは初めて出来たお友達なんだ。

すっごく嬉しいの!」


頬を紅く染めながら、

真白がニッコリと笑う。


「そ、そうなのか?

それは…姫も嬉しいのじゃ」


紅色は姫巫女の頬にも映りこみ、

はにかんだような笑顔を浮かばせる。


「しかし、その話を聞くに、

真白ってば、

すごい山の中におったのじゃな」


「うん、そうだね。この山に入るまで、十日はかかったかな?」


「十日?!」


「一応、携帯食は作ってきたんだけどねえ…

無くなっちゃって、さ」


えへへ、と恥ずかしそうに頭をかく真白。


十日も山の中を、一人歩いてきたのか…


唖然とした表情で、

姫巫女は真白の笑顔を見つめ、

あらためて、そのいでたちに目を向けた。


ふちを白く彩られた、青の装束は、

肩口から先、袖がなく、

上半身、腕を動かすのに都合が良さそうだ。


少しゆるめに合わせられた胸の襟からは、

素肌に巻かれた白い『さらし』がのぞいている。


…ここだけの話、ふくらみは、

姫巫女よりも豊かそうである。


「…絶壁で悪かったのっ!」


腰に少し幅の広い、

黒地に紫の紋様が描かれた帯。


裾は長く、すねの辺りまで届きそうだが、

その幅は狭く、左右腰から下が、

大きく切れ込んでいた。


引き締まった健康的な脚が美しい。


膝から下、そして両腕には白い布が巻かれ、

それぞれに皮製の篭手と脛あてが装着されている。


使い込んでいるものであろうが、

よほど手入れがいいのだろう。


古さや痛みは全く見とめられない。


最後に、


倒れていたときには、身体の下に隠れ気付かなかったが、

腰の後ろに一振りの刀を帯びている。


白木の鞘に収められた太刀。


この姿から察するに、ある一つの存在を姫巫女は思い浮かべていたが、

とりあえず、それはおいておくことにする。


驚嘆すべきは、それらの装束が、

まるで先ほど出立したものかと思うほどに、

汚れも傷つきもしていなかったことである。


その思いを、姫巫女は素直に口にする。


「真白は、よほど山に慣れておるのじゃな」


「うん。

ずうっと山の中で暮らしてたからね」



これより後に、真白の身の上を、更に詳しく聞かされた内容は…



物心ついたときより、爺さまと呼ぶ翁と山暮らしをしていた真白。


山の中で生きる術だけでなく、

文字の読み書きや、護身術の類も翁より教わってきたらしい。


先ほど名前の出た『お医者さん』とは、

そのまま医者の男だったようだが、

そんな山の中を訪ねることが出来る人物だ。


そこらにいる医者とは

別物と考えるのが妥当だ。


その男からも、いろいろと教わったそうで、

山へと持ってきてくれた絵巻物にのってた

『女の子』に会うのが夢だったと真白は話した。



「なるほどの。それでは、あれかの?

何か御用事があって、

ここまでやってきたのかの?」


今まで、

人里から離れた場所に住んでいた者が、

十日もかけてやってきた理由。


少しの好奇心、多くは手伝えるのであれば手助けしたいという思いとともに、

姫巫女はそう尋ねた。


「うん。実は爺さまが死んじゃってね」


「あぅ…」


姫巫女は心底すまなそうな、

逆に泣き出すかというほどの、

悲痛な顔で真白に謝る。


「ごめんなさい、なのじゃ。

知らぬこととはいえ、ずけずけと…」


「あ、ううん!気にしないで」


両手をブンブンとふりながら、

真白が姫巫女に言う。


「百二十を超えたら、

いつ死んでも寿命だからって、

ケラケラ笑ってたから」


「ひゃく…にじゅう?」


信じられない享年だ。


「うん。『お医者さん』ったらね?


『こんなところまで

顔を見に来るのは大変なんだから、

さっさとくたばりなさい』


なんてことまで言うんだよ。

さすがに酷いよね、あははは」


姫巫女に気を遣ってではなく、

言葉通り素直に笑う様子の真白を前に、

姫巫女も、そっと微笑んでみせた。


「それでね?」


「うん」


「爺さま、自分がいなくなったら、

山を出て町に行けって。そして、


景山かげやま 雲海うんかい


って人に会うようにって言われたの」


「景山 雲海…」


「姫ちゃん、知ってる?」


「いや、ちょっと心当たりがないの」


「そっか。

町って人がいっぱいいるって聞いたからね。

姫ちゃんも、町から来たの?」


「町…うん、そうじゃな。

真白の言う町が、この『の国』の首都

『サトウ』を指しているのなら、

姫はそこから来たのじゃ」


「サトウ?」


「うん。真白が目指しているのも、

サトウの町のことかの?」


「町の名前は知らないんだ…

爺さまには、あっちにあるとしか」


そう言って、真白がある方角を指差す。


たしかに、

その先にサトウの町があるはずだ。


「私はこっちから、まっすぐ来たんだ」


先ほどとは、真逆の方角を指す真白。


「まっすぐ…すごい方向感覚じゃの」


と、姫巫女は感心しながら言った。


「ねぇ、姫ちゃん。

町って、沢山人がいるんでしょ?」


「そうじゃなぁ…」


姫巫女は、右手の人差し指を頬にあて、

首を傾げて考える。



伊の国首都、サトウの町は、

国の領主が住む城がある城下町。


大きな店やも立ち並び、交易も盛んだ。


規模として思うに、

十分すぎるほどの都市である。


「うん、結構大きい町じゃからの。

沢山人がおるよ。


その尋ね人は、

サトウの町にいらっしゃるのかや?」


「あ…それは、わかんないんだよね」


ちょっと顔をしかめて、

真白が頭を小さくかいた。


「なるほど、の。


うんっ、それじゃ、姫もその雲海殿を探すの手伝ってあげるのじゃ!」


「えっ!本当?!」


「もっちろんじゃ!」


ニッコリと微笑みながら、

姫巫女が答える。


「うわぁ、助かるよぉ。

実は不安だったんだ、私」


「大船に乗ったつもりで、

姫に任せてたもれ」


「うんっ!」


ホッとしたような笑みを浮かべる真白。


そして、少し周りを伺うような仕草の後、

真白は姫巫女の側に寄ると、

耳元に顔を近づけて、


「…じゃあ、姫ちゃんには話しておくね?」


と、小さく囁いた。


「うん?」


「その雲海って人の特徴なんだけど…」


「おお…」


なるほど、身体的特徴があるのか?


それならば、

探す時に大きな手がかりとなる。


どちらかの頬に十字の傷があるのか、

はたまた、肩に梅の刺青があるのか、

もしかしたら、

胸に九つの傷があるのかもしれない。


真剣な表情で、

姫巫女が耳元の言葉に集中していると、


「その人、ね?」


「うんうん」


「頭に…」


「ふむふむ」


「髪の毛が無いんだって」


「ほほう、頭に髪の毛が…え?」


姫巫女の表情が固まる。


対する真白は目をキラキラとさせて、


「ビックリでしょ?

そんな特徴ある人なら、

結構すぐに見つかると思うんだけど、

どうかな?姫ちゃん!」


と、姫巫女の手をとって言う。



髪の毛が無い人かぁ…


そりゃ、それがある人に比べれば、

数は少ないだろうが、



「が、頑張ってみるのじゃ」


乗せる大船は、

少しばかり小さくなったようで、


姫巫女は苦笑しながら、

そう答えたのだった。


《続》




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