第48話


 五月四日のみどりの日。

 鴻池市近辺エリアの「文化交流教育地区」提携高校の体育部『交流戦』が県立競技場で開催された。

 高校進学で離れた旧友達との再会の場にもなっていて、運動施設だけではなく、休憩所や食堂も同窓会的なノリで賑わっている。

 この大会から派生するお話はまた別の機会に。


 そして翌日の五月五日の子供の日。

 源綴宮の鳥居前公園には、わたあめ、金魚すくい、ヨーヨー釣り、

かき氷、りんご飴、たこ焼き、牛串、焼きそば、ホルモンうどん、と言ったお祭り定番の屋台が軒を連ねて下準備を行っている。

 気の早い店舗からはソースの焦げる良い匂いが漂ってきていた。

 まだ五月になりたての時期ではあるが、昨今の温暖化もあり浴衣姿が多く目に付く。

 大鳥居から続く二百二十段の石段には一段飛ばしで斜めに切った真竹が並べられて、その中にLEDランプが仕込まれている。

 夕方以降の参拝者向けにライトアップされるこの演出は、インスタ映えすると昨年結構な話題となった。

 石段を昇り終えて見える朱の鳥居から駐車場に向けての参道には、ここにも屋台が並び軽快な篠笛の音が流れている。

 朱の鳥居の前には大きなゴミ箱が設置されて、境内でのゴミのポイ捨てを禁止する旨の看板が、中国語・英語・韓国語・ポルトガル語を併記して掲げられていた。

 境内の社務所前ではバイトの巫女さん達がお守りや破魔矢の下賜、ご祈祷受付を行っていて結構賑わっている。


 午前九時四十五分。正面の格子戸が開け放たれた拝殿に神職の装束を纏った義晃が歩み入り、祝詞を奏上する。

 拝殿向かって左奥には凝った装束を身に纏った和楽団の演奏者たちが、電気火鉢で笙や笛を炙っていたり楽譜を眺め直したりしている。

 大きな楽太鼓が視線を集める。

 祝詞の奏上が終わり、宮司の退出を合図に「平調音取り」が奏で始められた。

 いわゆる「音合わせ」なのだが、観光客はこれから何かが始まると、いそいそと神楽壇の前に集まって来た。


「うわ、結構人が来てるのね。」

 香澄と一緒に石段を昇って来た美幸は、一息ついて辺りを見回した。

「うん。でも夜の部の方が多いんだよ。主にカップルが。」

「何だかそれ解る。石段のライトアップとか良い感じだもの。香澄ちゃんは毎年浴衣で来てるの?」

 美幸は藍を白抜きのグラデーションにした地色に、紫とターコイズの藤柄の香澄の浴衣姿を改めて眺めた。山吹色の帯が鮮やかに映えている。

香澄は得意そうに笑うと、くるりと回って見せた。

「うん。ライコウ、毎年奉納舞の後、着替えたらちょっと自由時間があるって一緒に屋台とか回れるんだ。」

「えっ、そうなの? それ教えてくれてたら私も浴衣で来たのに。」

「へへ~。ライバルに壱から十までの情報は渡せなくてよ。」

 むくれる美幸に香澄はいたずらっぽく笑って見せた。

「もう音楽が鳴ってるわよね。始まってるのかしら?」

「巫女舞は『越天楽』だから曲が違うわね。ライコウの『陵王』とも違うから、楽団さんの音合わせだと思う。」

「詳しいのね。」

「まあ、毎年の常連ですから。」


 手水を終えた二人は人だかりの中、神楽壇の前に進んだ。

 「音取り」の流れている間に、美智子たち三人の巫女が拝殿に入場する。

 緋袴に、桜の花弁を薄桃色にあおずりを入れた千早を纏い、手には神楽鈴を携えている。

 頭に被った金銅の飾りがきらきらと光った。

「わあ、私、こんな装束の巫女さん見たの初めて。」

 美幸が他の観光客と同様に、拝殿から覗く巫女の姿に感嘆した。

「手に持っているのが、『神楽鈴』と言って稲穂を表すの。千早の模様はここの主祭神、美の女神『コノハナサクヤヒメ』にちなんでの桜なんだ。それで巫女舞に先立って、神前に礼拝して心を清めるんだって。」

 三人の巫女が神前にひれ伏している様子を見て香澄が解説を入れた。

 近くの観光客が何気に解説を聞きながら様子をスマートフォンで撮影している。

 「音取り」の笛の音が破手気味に高く鳴って静かになった。

 それを合図に三人の巫女が神楽鈴を持って神楽壇に歩み出る。

 巫女は三方に別れて片膝を突き、しゃらーんと鈴を三度振り鳴らす。

 それが合図で「越天楽」が流れ、巫女たちが立ち上がり舞が始まった。

 三人がシンクロするような優雅な舞に金髪の観光客が小さく感嘆を漏らす。


 「越天楽」が後半に差し掛かったところで、拝殿に緋色が基調の豪奢な装束を纏った人物の姿が垣間見えた。

 金箔貼りの半仮面から、薄紅をさした涼やかな口元が見えた。

「あ、あれ皆本くん?」

「ほんとだ。今年は仮面付けるんだ。なんか勿体ない。」

 香澄が口を尖らせる横で美幸はスマートフォンをタップした。

「えっと、『蘭陵王』だっけ?」

「うん。ライコウは陵王って略して言ってる。」

 美幸は画面をスクロールして行った。

「あ、あった。『北斉の蘭陵武王・高長恭の逸話にちなんだ曲目。美しい声と優れた美貌を持つ彼は、戦場においても指揮に支障が出る程に部下の兵たちが見惚れるので、敵に侮られるのを恐れ必ず勇猛な仮面でその顔を覆って戦地へ赴いたと言う。』」

「へえ。由来とかは知らなかった。でも、何かライコウにぴったりの演目。」

 香澄は美幸のスマートフォンを覗き込んで短く頷いた。

「それと、『美しい面持ちという伝承により、女性や少年が舞う際は、仮面は用いずに化粧で舞うこともある。』だって。」

「ここのご祭神は『美の女神』様だからその方が良いよね。」

 「越天楽」が奏で終わり、巫女たちが最初の形に片膝を突いて首(こうべ)を垂れる。

 本来は不作法なのだが、外国人観光客の拍手に観衆はつられて拍手を送る。

 巫女たちが神楽壇から下がると横笛と楽太鼓が奏でられ始めた。


 烏帽子ほどある高い緋色の頭巾を被り、金箔の半仮面を着けた人物が半歩ずつ神楽壇へのエプロンステージを歩んで行く。

 右手にしている真鍮色のバチが陽光に煌めく。

 観光客のどよめきとシャッター音の中、神楽壇中央に進んだ彼は、ふわりと体を起こすと右足を踏み鳴らした。


 体を起こした彼は左手を当てがって半仮面を外した。

 鼻筋の通った丹精な顔に薄く白粉(おしろい)がはたかれて、目元にも切れ長に紅がさされたその姿は、性別を超えた美しさを感じさせた。

 アイホールにもイエロー系のグラデーションが施され、すっと目を開いたその赤い瞳が、さらに妖艶さを際立たせた。

「うわぁ・・・」

 香澄と美幸は短く嘆息して固まった。

 隣に居た外国人観光客が上げた歓声に我に返った二人は、少し気まずそうにお互いをちらりと見た。

「き、きれいだね・・・皆本くん。」

「うん・・・今年は去年より、何か色っぽい感じがする。」

「えっと、陵王の部下が見惚れた感じって、こんな感じなのかなって思った。」

「うん・・・私も。」

 外した金色の仮面を胸に下げた頼光は真鍮のバチをかざして勇壮に舞う。神楽壇の前方に進んで来た頼光は香澄と美幸の方へと舞いながら近寄って来た。


 通常より腰を落として大きく構えた頼光は二人と目を合わせてにっこりとほほ笑んだ。

 見慣れた笑顔が、その妖艶な容姿から浮かび上がる。

 頼光は神楽壇の中央に戻り舞を続ける。

「ちょ、ちょっとびっくりしちゃった。固まって動けなかったよ。」

 照れ笑いしながら美幸は隣の香澄を覗き込んだ。

「・・・・」

「? 香澄ちゃん。」

「・・・え? はい?」

 赤い顔の香澄は慌てて居住まいを正した。

「何よ、香澄ちゃん。毎年の常連さんがそんなに見惚れてるの?」

「いっいや。いつもはライコウこんな動きなんかしないから、その・・・」

 香澄はしきりに浴衣の衿元をこすった。

「香澄ちゃん、ホントに好きなのね。」

「うぅ・・・み、美幸ちゃんも見惚れてて撮影出来てないじゃん。」

「あっ。」

 二人はお互いを見合わせてふふっと笑った。

「ねえ、香澄ちゃん。もうしばらくは、抜け駆け無しでね。」

 美幸はスマートフォンのカバーを畳んで微笑んだ。

「ふふ。そうだね。でも、ライコウが告って来たら話は別ってことで。」

「なぁに? その自信?」

「へへへ。」

 二人はにっこりと笑い合うと神楽壇に目をやった。

 ふわりと風が吹き抜け、緋色の装束が優雅になびいていた。


              「傀儡」 完


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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「傀儡」 藤乃宮 雅之 @Masayuki-Fujinomiya

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