第45話
教会から帰還を果たした数時間後、香澄が目を覚ますと見慣れない天井が目に飛び込んで来た。
(え・・・と?)
目だけで周りをうかがう。
室内の造りは日本伝統家屋の様式で唐草を刻んだ欄間もはまっている。
広さは足元の襖で仕切られたスペースまででおよそ六畳。
左側からカーテン越しに柔らかい光が漏れ、右手側にはアクリル障子紙の貼られた障子戸が見えた。
ガーゼ素材の柔らかな掛布団が肩の所まで掛かっていて、暑くも無く心地良い。
(・・・それに右側が温かくて気持ちいい)
香澄がちょっと首を動かして隣を見た。
視界いっぱいに頼光の寝顔が飛び込んできて、思わず布団を跳ね上げて後へ飛び退いた。
「ん・・・あ、香澄おはよ。」
眠そうに片目を開けてTシャツに短パン姿の頼光は上体を起こした。
「ラ、ライコウ? え、ええっ?」
「ん? ここウチの社務所の客間。以前、受験勉強とかで泊まったコトあっただろ?」
「あ、そう言われれば見覚えが・・・って、そうじゃなくって!」
「鴨川童子の移送術で香澄、気絶してたんだよ。気分はどう?」
頼光はにじり寄って香澄の顔を覗き込んだ。
「あ、そうだ。金色の歯車に囲まれてそれが光った後気が遠くなって・・・やっぱ、あれ夢じゃ無かったんだ・・・」
香澄はふっと視線を落とした。
寝間着として着ている浴衣からはだけ出ている両脚に気付いた彼女は、慌てて居住まいを正した。
「で・・・あの、ライコウはなんで一緒に、ね、寝てたの、かな?」
「あ、悪い。香澄が神父の幻術まともに喰らいながら助けてくれただろ。それを伝えたら博通さんが、香澄もあの光る包帯で治療してくれたんだ。『強い催眠暗示で体に異常が出ることがある』って。」
「そうなの?」
目を丸くした香澄は顔や腕をさする。
「何か異常があったらすぐにでも診てもらおうと傍に居たんだ。けど、僕も寝ちゃったみたいだ。ゴメン。」
申し訳なさそうに頼光は頭を掻いた。
「で、改めて。香澄ありがとう。今こうして居られるのも香澄のおかげだ。」
頼光は三つ指をつくような格好で深々と頭を下げた。
「いやそんな、私だってライコウが来てくれなきゃ今頃・・・」
そこまで言った香澄は地下室の記憶に身震いした。
「うう・・・思い出しちゃった・・・」
香澄は身を屈めて両手で肩を抱えた。
「香澄、あれ、やっぱりトラウマになってる?」
「わ、判んないよ・・・でも思い出すと、怖い。」
体を固くして香澄はうつむいた。
そんな香澄を頼光は優しく抱きしめて、そっと頭を撫でた。
「・・・今も怖い?」
「ううん。今は何か・・・安心する・・・って何言わせてんのよっ。」
頼光の胸に顔を埋めた格好の香澄は、真っ赤になってわたわたと両腕を動かした。
「大丈夫だよ香澄。ヤツは僕がぶっ壊したんだからもう心配しなくて良いよ。だから怖い事なんて無い。」
「ライコウ・・・」
さらにぐっと抱きしめられた香澄は宙を掻いていた両腕をそっと頼光の背中に回した。
「・・・ライコウ。」
頼光の体温にとろけた香澄の口から、吐息にも似た呟きが漏れた。
(はあ・・・やっぱり好き・・・あれ?)
ふと先ほどのセリフに違和感を覚えた香澄は、そのままの格好で声を掛けた。
「ねぇライコウ。」
「ん、何?」
「ライコウが壊したの? あのシスター。」
「あ・・・」
「ライコウ?」
固まる頼光に香澄はそっと顔を上げた。
しばらく目が合った。
「香澄ちゃんっ、ぎゅう~。」
「こ、こら。あからさまに、ごまかそうとするなぁ。」
香澄はじたばたと両腕を動かした。
しばらくの攻防の後、二人は膝を突き合わせて向かい合った。
「こほん。ライコウ、私に隠し事あるわよね。」
「まぁ、何と言うか・・・その・・・」
「あれだけのこと経験したんだから。今更私に、あれは全部夢だなんて言わないわよね。」
「出来るならそれで収めていただければ。」
「ライコウっ。」
「ごめん冗談だ。香澄も見ての通り、一般常識で割り切れない世界が存在し、その世界にウチはどっぷりと浸かっている。」
「そうね。変なロボットや髪の毛のお化け。火を操る神父や山伏・・・それにライコウのお父さんや博通さん、露さん? も不思議な力を使ってたわよね。ライコウも私抱えて高速移動したり・・・」
香澄は上目づかいで頼光をうかがった。
「香澄はこういう世界の者は嫌か? 正直に答えて欲しい。」
真顔で見つめる頼光に、香澄は背筋を伸ばして衿元を整えた。
「私があの夜お父さんに言ったこと憶えてる? 私にとってライコウはライコウ。どんな事があってもそれは揺るがない。」
「香澄・・・」
「一人で抱え込まないで。私はずっとライコウの味方で居たつもりよ。それとも何? 私じゃ信用出来ない?」
香澄は静かに、しかし力強く答えた。
「ありがと。香澄。」
頼光は、ついと涙をぬぐってから香澄に向き直った。
「・・・まずは、これを見てくれるかい?」
ふう、と大きく息を吐いて右腕を掲げて見せた。
その右腕を鎧籠手のような角質が覆った。
そしてその手の甲から有機的デザインの大きな刃が二本飛び出した。
「うわっ・・・こ、これって?」
香澄は大きな目をさらに見開いた。
「傀儡を斬った大爪。」
「触っても良い?」
「う、うん。どうぞ。」
意外な反応にとまどいつつ、頼光は素直にその腕を差し出した。
香澄は恐るおそる、その大爪に触れる。
「うわ・・・結構分厚いのね。金属・・・じゃないのね、骨? でもないし・・・刃のトコロはちょっとギザギザしてるのね。ステーキナイフみたい。」
「香澄、怖くないの?」
「そりゃ、驚いてるわよ。でもライコウ、これで私を助けてくれたんでしょ?」
「うん・・・まあね。」
「それじゃ、感謝しなくちゃ。で?」
「『で?』とは?」
「まず、これを見るのよね。次は?」
「香澄、本当に気味悪く無いのか?」
「別に。ライコウには変わりないじゃん。」
きょとんとして香澄は頼光を見つめた。
大爪を収納してすっと立ち上がった頼光は、おもむろにTシャツを脱いだ。
細身の体にしなやかな筋肉が薄明りに浮かんだ。
玲子の髪に貫かれた跡が少し赤く残っている。
「・・・香澄。」
「え、あの、いや、ちょっと。いきなり・・・何? は、話する・・・のよね?」
半裸になった頼光に、香澄は半身に姿勢を崩してたじろいだ。
「見てもらいたいものがある。」
「え、あ、あの、地下室で一度見・・・いや、ちらっとだけだから。あんな大きい・・・いや、その。」
「いやいや、そういうのじゃないからっ。」
頼光は目を軽く閉じ、ふぅっと息を吐いた。
体の表面がぼうっと白く光り、髪がざわざわと逆立ち始めた。
額に血管模様が浮き上がり、眉間に縦の溝が走る。
体がひと回り大きくなり、背中の両側が大きく盛り上がった。
眉間の縦溝が割れ、象牙色の鋭い一角が突き出した。
目尻が吊り上がるように裂け、背中の盛り上がりがすっと割れて、白鳥のような翼がゆっくりと開いた。
体は白磁のように真っ白になり、元々栗色の髪はさらにブロンドがかって逆立った。
紅を引いたように赤く切れ上がった目を静かに開き、ガーネットのような瞳を香澄に向けた。
「・・・香澄。」
香澄はへたり込んだままにっこりと笑って、そのままふぅっと後ろへと倒れた。
「かっ香澄っ?」
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