第46話
大型連休まであと一週間となった月曜日。
並んで教室に入って来た頼光と香澄を見つけた健明は手を挙げて挨拶した。
「おはよー。今日も仲良いな、お前ら。」
「だからっ、今日朝練が無いから、たまたま一緒になっただけなのっ。」
赤い顔の香澄が健明に詰め寄るその後ろを、にこにこした頼光が続いた。
「おはよ。今朝も軽音部が集まってるけど、部活がらみじゃなさそうだね。」
「ああ。例の教会の爆発事故のコト。柳町って言ったらライコウのトコから近いんじゃね?」
健明は、香澄をひとしきりからかった後、頼光の隣に立った。
「うん。夜にドンて凄い音がした。」
「香澄もその時どうだったの? 香澄の家も神社から近いんでしょ?」
杏子が香澄の方を覗き込んだ。
「あ、私その時寝てたみたいで、それ知らないんだ。あはは・・・」
「そうなの? ある意味すごいわね。」
「教会の敷地内で不発弾が爆発してガス管に引火したらしいってさ。」
祐輔がスマートフォンをかざした。
「そうなんだ。半世紀以上前の迷惑な落とし物だな。」
「だな。で、昨日ちょっと現場見に行ったけど、すごいね。あんなにでっかいクレーターが空くんだって感心しちゃったよ。」
「『感心』はマズいだろ。人死んでるんだし。」
健明は祐輔をたしなめた。
「そうなのか?」
「何だ、ライコウ。ニュース見てないのか?」
「ああ。最近は『菖蒲祭』の準備でそれどころじゃなくて。」
「ああ、子供の日の祭りか。運営側は大変だな。あそこの教会、老人ホームも併設してただろ? キレイに吹き飛んで生存者は絶望的だそうだ。何か『遺体の一部が』とかエグい報道もあったし。」
「そうか・・・」
(オドとか言う生命エネルギーを吸った後の死体は保存してあったのか。)
頼光が短く唸っていると、廊下側の窓がカラカラと開いた。
「やっほー。」
「あ、オミ。おはよ。」
「おはよー。でも服飾科は二階でしょ?」
香澄は正臣に手を振ってにっこりと笑った。
「上からあんた達が一緒に登校して来るの見えたから降りて来ちゃった。」
突然の正臣の来訪に、教室内から短く歓声が上がり、女子の一部がスマートフォンを向けた。
正臣は愛想良く手を振る。
「へぇ。どの辺から『たまたま』一緒になったのかなぁ?」
「う、うるさいっ。」
杏子にからかわれた香澄は、ぷいと横を向いた。
「オミ。模擬店、二日目は残念だったな。」
「そうなのよねぇ。まぁ、商品やら売り上げやらは一度持ち帰ってたから実害はないんだけどね。強いて言うならテントのレンタル代が一日分高くついたことかしら。」
正臣は頬に手を当てて少し上を見上げた。
「あと、日曜日の店番のコ達がドールメイクしてもらえなかったって悔しがってたわ。」
「そうなんだ。それじゃメイク担当の佑理・佑美姉妹もさぞフラストレーションだろうな。」
頼光はニヤリと笑った。
「そうなのよ。で、健明。今日の放課後なんだけど、ウチの佑理佑美とアタシで軽音部におじゃまさせてもらって良いかしら?」
「ああ、音楽活動する分には問題無いハズだ。レミ先生に話を通しておくよ。」
健明はにっこりとして頷いた。
「と、言うワケで、今日は空手部に行かないから。ライコウよろしくね。」
正臣は頼光にウインクした。
「分かった。高杉センセに伝えとくよ。」
「ありがと。それと、香澄。」
正臣は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
「これ、プリントアウトしたの。記念にどうぞ。」
「!」
ピンク色のドールメイクをして、ゆるふわウイッグを付けた香澄が、斜め40度ぐらいのアングルで写っていた。
ちょこんと乗ったミニハットがさらに可愛らしさを引き立てている。
「誰、それ?」
「いやっ、何でもないよあははっ。」
覗き込んで来た杏子から隠すように、その写真を後ろ手に回した。
5時限目が終わると右後ろの席の香澄がやって来た。
「ライコウ、今日部活出るつもり?」
「うん。何か伝言でも?」
「いや、そうじゃなくて。ライコウ、土曜日の夜に大ケガしたばかりじゃん。そんなんで格闘技はマズいんじゃない?」
香澄は周りに気を配りながら頼光にささやいた。
「心配してくれるんだ、ありがと。香澄こそ体に影響とか出てないのか?」
「私は平気よ。逆に動きたくてしょうがないくらい。」
ゴキゲンで香澄は胸を張った。
「香澄らしいな、安心した。僕はこれ以上失血しなければ大丈夫だそうだよ。」
「え、じゃあスリ傷とかヤバいんじゃ・・・」
香澄は真顔でささやく。
「いや、『生命点残り一点』みたいな扱いじゃないから。」
そんな話をしていると、教室の後ろで健明に数名の生徒が集まって来ていた。
「なあ、杉浦。今日、軽音部に中村姉妹が来るって聞いたんだけど?」
「ああ、ちょっと一緒にセッションしたいって。」
「篠崎くんも来るんでしょ?」
「オミのベースはすごいからな。みんなの練習にもなるし。」
『見に行っても良いかな?』
集まった生徒達は口を揃えて、キラキラした目を健明に向けた。
「あ~、どうだろ? その辺はレミ先生に聞いてみないと分からないな。」
そんな話を聞きながら、頼光と香澄は荷物を整えて教室を出た。
一組の前を通り過ぎて、体育館方向へ行く渡り廊下へ出ると、頼光は荷物を担ぎ直して軽く手を上げた。
「それじゃ香澄、終わったら校門のトコで。」
「うん。じゃ、また。」
香澄は鼻歌混じりで体育館横の部室棟の方へと向かった。
「あのっ吉田さん。」
不意に呼び止められた香澄は、くるりと振り向いた。
そこには学生カバンを前に下げた美幸が立っていた。
「あ・・・有松さん。えと、調子は、もういいの?」
「うん、おかげさまで。ちょっとお話して・・・いいかな?」
「う、うん。部活前だからそんなに長くは話せないけど。」
一瞬で口の中の乾きを覚えた香澄は、ぎこちなく笑った。
渡り廊下の端の植え込みの前まで移動した二人は、お互い少し外を向くような形で腰を下ろした。
「えっと・・・今週末だよね、交流戦。調子はどう?」
特に目を合わせるでも無く、美幸は口を開いた。
「う・・・うん。みんなも良い感じだから結構良いトコまで進めるんじゃないかなって。」
香澄はちらちらと美幸の方をうかがいながら、少し声を上ずらせた。
「そう。」
「で、でもね。あんまり早くに西崎高校には当たりたくないな~て。ほら、あそこスポーツ校で連チャンで優勝してるトコだし。」
「そうなんだ。」
「うん・・・ウチはくじ引きで第二試合になってね。葛山(かつやま)高校って、ちょっと西にある高校と当たるんだ。」
「そうなんだ。」
「うん。」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・吉田さん。」
「はいっ!」
「皆本くんのことなんだけど。」
「・・・はい。」
「吉田さん、どう思っているのか聞かせて。」
「え・・・ライコウと私は幼な・・・」
「そう言う対外的なコメントじゃなくて本心。」
美幸は真顔で香澄を見つめた。
膝の上の学生カバンを握る指が力んで白くなっていた。
「・・・今、答えなきゃダメ?」
香澄は伏し目がちに美幸をうかがった。
「吉田さんってずるいよ。」
「え? ずるいって・・・」
美幸の言葉に驚いて、香澄は体を向けた。
「吉田さんて、皆本くんとすごく長く一緒よね。」
「う、うん。ま、それはその、家も近所だし、同年齢の幼なじみというか。」
「ずるい。」
「え?」
「普通に皆本くんの隣に居られる。すごい近くで話出来て、すぐ隣で笑って、ふざけ合って。そんなのが当たり前で・・・それで、皆本くん、吉田さんが一番の親友だって楽しそうに・・・やっぱりずるいよっ。」
まくしたてた美幸に涙が浮かんだ。
「吉田さん、ずっと『友達だ友達だ』なんて言いながら皆本くん独占してる。小さな頃からの仲良しって席に陣取って、何の苦労も無くすっごい良い位置に居られてる。それが当然みたいな顔して。」
香澄は顔を戻し、自分の膝頭を見つめた。
「・・・だから・・・怖くて仕方ないの・・・」
香澄がうつむいて、ぼそりとつぶやいた。
「え?」
「幼なじみだから余計に怖いのっ。」
香澄は膝に置いた両手をぐっと握った。
「友達としてしゃべって、友達として笑って、遊んで、ケンカしてまた仲直りとかしても。全部『トモダチ』なのっ。友達だから居られるのっ。ここで告ったりしたら今まで通りじゃいられなくなる。怖いの。トモダチのままで居ようなんて言われたら私、友達ですらいられなくなるっ!」
想いのたけを吐き出した香澄は大きな目からぽろぽろと涙を落とした。
「吉田さん・・・」
「怖いの。どうしたら良いのか解んないよ。このままトモダチで良いなんて思わない。でも、本当に彼の隣を望んで拒否されたら、私、今まで通りじゃいられない。立ち直れないよっ。受け入れられないっ。」
香澄は両手で顔を覆って泣き出した。
しばらく涙を手で押さえていると、すっと横からハンカチが差し出された。
淡いムラ染めのかわいらしいハンカチ。
「・・・ありがと。」
香澄は受け取って目頭に押し付けた。
「ごめんなさい。」
静かに美幸が口を開いた。
「え、何がごめん?」
少し泣き癖がついた香澄はハンカチ越しに美幸を見た。
「ごめんなさい。私、吉田さんがそんな風に想っているなんて知らなくて。」
「・・・もっとチャラい感じだと思ってた?」
「・・・うん。」
「ひっど~い。」
泣き腫れた目で香澄は笑顔を向けた。
「話聞けて良かった。実はね、私、吉田さんのこと嫌な人だって思ってたの。」
「そうなの?」
「だって結構いろんな人と仲良いでしょ。男女問わず。そんな感じで皆本くんとも仲良くて。なんかすごく遊んでるコなのかなって。」
「え~、そんなビッチに見られてたの? ショック~。」
「ごめんね。私、そんなに外交的じゃないからコミュ力(りょく)高い吉田さん、苦手に思ってたの。」
「・・・過去形ってことは、今は?」
「うん。なんだかすっごい乙女なんだなって。」
「ちょ・・・それは恥ずかしいよぉ。」
香澄は軽く鼻をすすって、目尻にハンカチを当てた。
「うふふ。何だか安心しちゃった。同じ人好きになった人が良い人で。」
美幸は両手を組んで前に大きく伸ばした。
「有松さん・・・」
二人はしばらく見つめ合って、お互い笑顔を交わした。
「あ、そろそろ私、部室に行かなくっちゃ。」
香澄は左腕の小さな腕時計をちらりと見た。
「うん。ごめんなさいね、引き止めちゃって。」
「そうだ、この際、携番交換しようよ。LINEとかもしたいし。」
「え、いいの?」
「良いも悪いも、ここまでぶっちゃけた仲じゃん。かえって変な気遣い要らなくない?」
「すごいわね、そのコミュ力(りょく)。見習わなきゃ。」
スマートフォンを突き合わせてお互いの通信アプリの設定を行う。
手帳型の美幸と黒ネコカバーの香澄のスマートフォンがピロリン♪と軽快な音を立てた。
「へへ。登録完了っと。それじゃ有松さん、『美幸ちゃん』って呼んでいい?」
「う、うん。」
「じゃあ、私は『香澄』で。」
「か、香澄、ちゃん・・・」
「ん~。それじゃ、美幸ちゃん。友達として、ライバルとして、よろしく。」
「うふふ。なんか変な感じ。よろしく香澄ちゃん。」
「それじゃ、後でLINE入れるね。それと、ハンカチ洗って返すから。またね。」
香澄は荷物を肩に掛けると、軽く手を振ってユニットハウス型の部室棟へと駆けて行った。
「ふふ『ライバル』か・・・だいぶ香澄ちゃんが有利だと思うけど。さてっ・・・と。」
美幸は、ぱんっと両膝を打って立ち上がった。
空は晴れて一筋の飛行機雲が走っていた。
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