第38話
源綴宮社務所の『談話室』には二体の傀儡が並べて安置されていた。
そこへ黒づくめの義晃と博通が襖を開けた。
「義晃さんのその格好は久しぶりに見たわ。」
傀儡から脱がせた香澄の衣服を畳みながら露は顔を上げた。
広めの机の上にノートパソコンを展開していた崇弘は、タイピングの手を止めてメガネを外した。
「義晃さん、伊勢には現状の報告を入れました。でも良いんですか? 勝手に戦闘行動に入って。」
「まあ、良い事は無いだろうね。だからその帳尻を合わす為にも、君はここに残って伊勢とのやりとりを行ってもらいたい。」
「任せときな兄貴。頼くんと香澄ちゃんを助け出したら、ちゃっちゃと戻って来るから。」
博通は自信たっぷりに親指を立てた。
その時、襖の向こうから むう~ん とくぐもった猫のハミングが聞こえた。
「何かしら?」
露が襖を開けると三毛猫が白い絹布の束を咥えて部屋に入って来た。
机の前まで来ると咥えていたものをぽとりと落として懐っこく鳴いた。
白地に桔梗紋の絹布が包帯のように、手のひら大の何かを包んでいる。
布の端は獣の爪で引き裂いたようになっていた。
「あれ、この子。ご自宅に居る三毛猫ちゃんじゃなくて?」
露はくりくりと猫の頭を撫でた。
「どこから入って来たんだ? 頼くんがケージを閉め忘れたのかな・・・何だこれは?」
博通はその絹布に手を伸ばしたが、指が触れると慌ててその手を引っ込めた。
「どうした?」
「義晃さん、これ陰陽の術の産物です。」
「何だって?」
義晃はそれを手に取った。
「式神の術に使う呪力が残っている。何でこんな物が・・・」
呟きながら絹布を解くと赤いメノウの円盤が姿を現した。同心円状にアラビア文字が彫り込まれたそれはライトの下に艶やかに光った。
「見たことの無い物だな。崇弘くん何か判るか?」
崇弘は手にしたメノウの円盤をかざして見た。
「う~ん。僕にはさっぱり・・・アラビア文字みたいなので保昌のナナツが読めるかも知れませんね。写真を送っておきます。」
「・・・あ! それ、頼光くんが教会に持ってきていたものだわ。神父がやたらと欲しがっていたの。」
露がそれを覗き込んで目を丸くした。
「これを頼くんが? 何のために?」
「良くは解らないけど、鬼喰いを封印したとか、欲しかったら鞍馬に言えって神父に言っていたの。」
「鞍馬? 鞍馬が鬼狩りでもない頼光に依頼をするなんて妙な話だ・・・そうか玄昭か。」
腕組をしていた義晃が眉をひそめた。
「だが、俺が鞍馬で聞いた話、玄昭という奴は初老の『表』の人物しか居ない。・・・ヤツは一体?」
博通は義晃と崇弘を交互に見つめた。
「つまり、この猟奇事件そのものには関係無く、頼くんにこのメノウの円盤を持たせる事を目的に近づいて来た輩と言うことか。そうなるとこのメノウが一体何かと言う事が重要になる。保昌からの返答が重みを増すな。」
崇弘はメノウの円盤を撮影して保昌に詳細を送信した。
崇弘がスマートフォンを操作する傍らに三毛猫は歩いて行って、座布団の上でくるりと丸くなった。
「懐っこいのね。保昌さんは何てこの子の事を言っていたの?」
「ああ、普通の猫とは違うから神聖結界の神社境内で悪い影響を受けないよう保護してくれと。」
「どういう事?」
訝しがる露に義晃が答えた。
「珍しく熱心に頼むから引き受けたんだ。詳しい説明の前に赤磐警部からの呼び出しで中座したから、話は後日になってしまったよ。」
三毛猫は顔を上げて、長い尻尾をふさりと揺らした。
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