第39話
淡い茶色のヴィクトリア朝風の壁紙で装飾された十二畳ぐらいの広さの部屋。
奥の壁面には真鍮の配管が規則的に走り、コインロッカーぐらいの大きさの黒い直方体が三つ並んでいる。
その横のヴィクトリア調キャビネットにはモニターとキーボードが置かれて、ロココ調アームチェアが斜めに付けてある。
そこから対角の壁際のベッドに、ひとしきり暴れて静かになった香澄が横たわっていた。
豪華な彫り物で装飾されたヘッドボードにフリル付きのシルクのピローとふかふかのベッドマット、天蓋は無いがベッドの脚は支柱のように床面から一メートル突き出して、それぞれに彫刻が施されている。
その支柱から黒いナイロンの拘束帯が伸び、香澄の両手・両脚に繋がっている。
バックル仕様の手枷・足枷から、暴れて付いた擦過傷が赤く滲んで見えた。
静かにドアが開く音がして、香澄は身を固くした。
恐る恐る首を回してその音の方を見ると、細面で背の高いシスターと目が合った。
「少し落ち着いたみたいね。」
整った顔立ちの彼女は冷たい笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと。これはどういう事よ! こんな事して良いと思ってんの!」
香澄は恐怖に負けないよう、大声を張り上げた。
「ふふ、元気が良いのね。お姉さん、元気が良い子は大好きよ。」
シスターは香澄が縛られているベッドに腰かけてその顔を覗き込んだ。
ガラス玉のような目が香澄の瞳を射る。
「私は瑠美。あなたの事、神父様から仰せつかってるの。」
瑠美は、ほっそりとした指を香澄のお腹から胸元へと滑らせた。
ひんやりとした感覚が這い上がって来る。
「ひっ、やっ、嫌っ。止めて!」
「うふふ、感じ易いのね。鳥肌立てちゃって。」
嬉しそうに口を歪ませた瑠美は、香澄の首筋に指をつつうと沿わせた。
「こんな可愛い娘、すぐにオドを抜いてしまうのは勿体ないわ。しばらくお姉さんと楽しみましょう・・・ね?」
そう言うと瑠美はベッドに上がり、香澄の右太ももを撫で上げた。
「う・・・い、いや。こ、こんな事して・・・警察に訴えてやるんだから!」
香澄は自由の利かない体をくねらせて叫んだ。
「ふふ、訴えるのは裁判所よ、警察は通報する所。」
「う、うるさいわねっ。と、とにかくこんな事して無事に済むと思ってんの! 父さんや母さんや兄ちゃんが捜索願いを出すはずよ!」
香澄はすぐ横に迫って来た彼女の顔を睨み付けた。
「あら怖い。でも心配しなくて良いのよ。あなたはこの教会から一度帰宅して、あなたのボーイフレンドのお家に出かけた事になっているんだから。」
「ど、どう言う事よ。」
「詳しい経緯を言っても理解できないでしょうから・・・結論から言うと、捜索願いが出るのは明日以降で、この場所には絶対に疑いが掛からないって事。」
瑠美は嬉しそうに微笑むと被っている頭巾を外した。
はらりと長い栗色の髪の毛がこぼれて揺れた。
「そ、そうだ、ライコウ! ここの教会で落とし穴に落とされたライコウ・・・新郎役の男の子の親が警察に連絡しているはずよ。それに新婦役の女の子の方も!」
「ああ、その子達もちゃんと替え玉を送ってあるから問題ないわよ。その子達は神父様と玲子様が可愛がってくれている頃ね。」
瑠美はグレーの衣装を脱ぎ捨てて下着姿となった。
形の良いEカップの胸が、黒いレースのブラに窮屈そうに収まっている。
添い寝をするように傍らに横たわった彼女は、身をよじって暴れる香澄の胸元にその指を這わせた。
「うふふ、フロント・ホックなのね。助かるわぁ。」
ほっそりとした白い指がパチリと香澄のブラの谷間を弾き、そっと白地に水色のレースのカップを払った。
小ぶりながら張りのある胸が顕わになった。
「い、いやっ。」
「あら、かわいい。それにキレイな形しているのね。」
「い・・・いやぁ・・・」
香澄は涙ぐんで顔を左右に振った。
ひとしきり香澄の胸を堪能した彼女の右手はすぅっと下腹部を滑って行き、ブラと同じデザインの下着の上に添えられた。
「え、いっ嫌! そこはっ!」
香澄は恐怖に顔を歪めた。
「うう~ん、良い声。お姉さん、興奮しちゃう。」
「いっ、嫌あーっ! いやだっ助けてっ・・・・・・ライコウっ!」
固く目を閉じた顔に突風のような空気の流れが当たり、それと同時にすぐ横の壁に重い物が叩きつけられる音が響いた。
沈んでいたベッドマットがふっと浮き上がる。
何かが壁からずり落ちる音と電子音、少し離れた所から音叉共鳴のような高周波音、そして、何かがずり落ちた辺りから金属的な噴気音と床を蹴る音が響いた。
恐る恐る目を向ける。
「ひぃっ!」
右肩の皮膚がめくれて、黒い金属骨格を剥き出しにした下着姿の瑠美が、白い有翼の人物と「空中」でせめぎ合っていた。
白い異形は、ひらりとその白い翼で舞い上がり、香澄から距離を取ろうとしているようにも見えた。
(・・・何・・・え・・・天使・・・?)
瑠美の右掌からはその皮膚を破って、槍状の銀色の刃物が飛び出している。
三角飛びに壁を蹴った瑠美は白い異形にその刃を突き出す。
白い異形は大爪の生えた両腕の鎧籠手で弾き、右回し蹴りを腹部にキメる。
壁まで飛ばされた瑠美はカエルのように両手足を突いて、そのまま着地した異形に飛び掛かる。
腰を低く身構えた異形の目が紅く光る。
瑠美の左腕が裂け、そこから大鎌が顔を表す。口を不自然なくらい大きく開け、甲高い声を発するとその大鎌を振り抜いた。
金属がぶつかる高い音と、唸るような振動音が響いた。
香澄の縛り付けられているベッドのヘッドボードに「がこん」と何かが当たり、ふかふかのピローに重い物が沈み込んだ感触がした。
首をその方向に向ける。
「え、な・・・なにっ。うわあっ!」
虚ろな目をした瑠美の首がこちらを見つめ、生首と目が合った。
その切断面から微細なスパークが上がり、機械オイルのニオイがした。
パニックになってジタバタしている香澄の視界の端に、白い翼を広げた一角の異形の後ろ姿が映った。
その人物は、紅く切れ上がった目で香澄をちらりと見ると、すうっと姿を消した。
そして間髪入れず、香澄の両手の拘束帯がプツンと弾けるようにちぎれ落ちた。
首無しの瑠美の体ががちゃりと金属音と共に床に崩れ伏す。
壁には大鎌の生えた左腕が肩から切断された状態で突き刺さり、黒い金属骨格剥き出しの上体には、二筋の裂傷が深く刻まれている。
不意に足元側から頼光がベッドに飛び乗って来た。
「香澄っ! 無事か。」
「ラ、ライコウ!」
香澄はバネ仕掛けのように飛び起きて頼光にしがみついた。
「ライコウ・・・怖かったよぉ・・・」
安心した香澄は頼光の胸元で泣き出した。
「香澄・・・」
頼光は香澄をぎゅっと抱きしめ、落ち着くまでそっと頭を撫でた。
「香澄、ケガとか無いか?」
頼光は抱きしめたまま、香澄にささやいた。
「ひっく・・・う、うん。だい・・・じょうぶ・・・」
泣き癖のついた声で香澄はつぶやいた。
頼光の匂いと体温を感じ、こんな状況でも幸せを感じた。
(ああ、ライコウだライコウだ。また会えた。嬉しい・・・)
「香澄・・・こんな時で何なんだけど。」
「うん?」
「香澄の体、気持ちいいな。」
「え?」
ぱんつだけの香澄は、全裸の頼光と抱き合っている事に気が付いた。
おへその辺りに熱くて硬いものが当たっている。
「き・・・きゃああああああああっ!」
香澄は耳まで真っ赤になって飛び退いたが、拘束帯に足を取られてベッドにひっくり返った。
頼光は香澄に見られないように大爪を出して、残りのナイロン帯を切り離した。
自由になった香澄は、隅のほうでブラを整え、ピローを抱えて小さくなった。
「香澄・・・」
真面目な顔で頼光が近づいて来た
「え、な、何?」
「このまま襲いたいとこだけど。」
「な、何言ってんのよっ。」
真っ赤になったまま、香澄は上目づかいでピローをぎゅっと抱きしめた。
「ギャラリーが居るから、また今度な。」
頼光は、壁にもたれかかってこちらに手を振っている玄昭を指さした。
「きゃあああ、もうやだぁ!」
香澄はベッドシーツを引き剥がして口元までくるまって、頼光と玄昭を交互に睨んだ。
「おい、天・・・頼光くん。床に落ちているそのシスターの服をその子に渡してやりな。俺はそこの扉から廊下の様子を見ているから。」
玄昭は後ろ手に手を振って、扉から外を覗いた。
頼光は瑠美の脱ぎ捨てた衣装を拾うとシーツに埋もれている香澄の傍に置いた。
「それじゃ、ここに置くから、とりあえず着てみな。」
シーツの繭のなかからきょろりと目を覗かせてた香澄は、その服をシーツの中へ引きずり込んだ。
シーツのドームがもそもそと動いているのを横目で見ながら頼光は部屋の中を観察した。
ヴィクトリア朝風の壁紙の貼られた部屋にはアンティーク調の家具調度品に、キャビネット上のパソコン、スチールロッカー程の大きさの、無機質な黒い金属の直方体が三基、その壁には真鍮の配管と配線が走り、一体何の為の部屋なのか想像に難しい。
「ねぇ、ライコウ。」
シーツの中から髪をぼさぼさにした香澄が、伏目がちに声をかけた。
「ん、なに?」
「あのさ、ライコウも何か着てくれない?」
「あ・・・じゃ、着替えが終わったらそのシーツ頂戴。」
「それと、ライコウ一人なの? 有松さんは?」
「ああ、美幸ちゃんは無事に送り届けた。詳しい経緯は帰ってから話すよ。」
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