第34話


 金色の光が晴れると、そこは見慣れた風景だった。

 ふらふらする感覚が襲い、頼光は軽く頭を振る。視界が段々とクリアになってくると、正面に源綴宮の大きな鳥居があるのが判った。


 すぐ隣に一緒に空間移送されて来た露が右手で額を押さえて頭を振っていた。

 蜘蛛の脚を地面に突き立てて大きく伸びをし、亜空間酔いから抜けようとしている様子だ。

 正面の大鳥居は夕刻に向かう陽の光を受け、その雲母をキラキラと光らせている。

 それ以上に目をキラキラ光らせて集まって来ている子供たちと、ベンチで気絶しているお母さん達の姿が頼光の視界に入って来た。

「すごーい。かっこいい。」

「テレビ?」

「おっきいクモだー。」

 興奮して口々に叫ぶ子供たちを見回して、自分たちが妖の姿のままである事に気が付いた。

「あ、やべ・・・」

「ねぇ、さつえいするの?」

 子供のうちの一人が頼光の翼の先をくいくいと引っ張って話しかけてきた。

「あ・・・ああ、そうだよ。これから神社に撮影の許可を取って来るんだ。」

「お姉ちゃんは、なんて言う怪人なの? ライダーは?」

 もう一人が露の蜘蛛の脚を触りながら無邪気に見上げた。

「うーんとね。まだ、来期の新作だから東映の許可が出ないと教えられないの。ごめんね。」

 二人は子供達をケムに巻きながら、その姿のままで大鳥居の石段を昇って行った。

 まず二人は頼光の実家の方へと駆けこんで人間の姿に戻り、頼光はボロボロになった服を着替えて急いで社務所へと向かった。

「崇弘さん!」

「頼くん?」

「崇弘っ!」

 社務所奥の『談話室』の襖を開け放ち、崇弘の胸に飛び込む露をそのままに、頼光は鬼族の鴨川童子に空間移送されてここまで来たあらましを早口で伝えた。

「・・・ふぅ。で、あの・・・美幸ちゃんは? 先にこちらに来ているはずなんですが。」

「その子から電話があったよ。君を助けてくれってさ。今、彼女は貴船に居る。」

 崇弘は押し倒されたままの恰好で露の頭をぽんぽんと撫でて答えた。

「え、貴船? ウチに移送してくれるって玄昭さんが・・・」

「そうだ、ヤツはどうした?」

「神父の使い魔に・・・多分やられたと思います。」

「そうか・・・そうそう、美幸ちゃんは博通が京都から送り届けてくれる。彼女にケガは無いそうだ。良かったな頼くん。」

「ええ、博通さんが居てくれて助かりました。」

「それで、だ。どうであれ君達が無事に帰って来てくれて良かった。頼くん、露、君達が見聞きしてきたことを話してくれ。」

 崇弘は傍らに露を座らせると、はだけた襟を直してスマートフォンを録音モードにセットし机に置いた。


 二人の報告が終わり、崇弘はスマートフォンをタップして録音を終えた。崇弘は深く息をついて口をきゅっと結んだ。

「君達が見たロボットは『傀儡』と我々鬼狩が呼んでいるモノだ。遠隔から操作出来、最前線の突撃や偵察に鬼族が使っていた。十七年前の戦いでは相手の魂魄を剥ぎ取る『魂剥ぎの鏡』という武器を装備したタイプが、死体に憑り付いた憑魔を剥がしてゾンビ騒動を鎮めてくれたんだ。」

「え? 鬼と一緒に行動してたんですか?」

 頼光は驚いて身を乗り出した。

「ああ、約千年の封印から覚めて這い出て来た妖魔どもが相手だ。悪い事に東洋・西洋とほぼ同時にそういう事が起きてね。その時は西洋のエクソシスト達とも一緒になっての作戦行動さ。」

「その際に私と崇弘が知り合ったの。」

 露は嬉しそうに体を揺らせ、崇弘は軽く咳払いをして話を進めた。

「君達が相手にしたコウモリ男(バット・マン)はその際のエクソシストの師団長の使い魔に様子が似ている。君達が見た神父が傀儡で本体が別の所に居るとするなら、その神父は僕の知り合いの可能性が高い。君達の報告音声は伊勢の本部へ送信させてもらうよ。僕たちだけで片付けるには危険が大きい。」

 崇弘はスマートフォンを袂に収めると、すっと腰を上げた。

「博通が、鴻池駅到着が午後五時三十分ぐらいになると言っていた。頼くん、美幸ちゃんを迎えに行ってあげると喜ぶんじゃないかな。」

「はい、あと一時間くらいですね。ありがとうございます。彼女の家まで送って行こうと思いますので帰りはちょっと遅くなります。父さんが帰ってきたら、そう伝えてください。」

 頼光はいそいそと席を立って談話室を後にした。

「露も、ごくろうだったな。ありがとう。」

 頼光の後ろ姿を見送りながら崇弘は露の頭をくしゃりと撫でた。

「ふふ。そんな言葉をかけてくれるマスターはあなただけよ。」

「そうかい? 西洋の術者は冷たいんだな。」

「ねぇ、ご褒美ついでに・・・久しぶりにキスしてくれる?」

「ああ、だけど咬まないでくれよ。」

「うふふふ。」



 貴船神社からの参道を博通と美幸は並んで下っていた。

 左手側からは川のさらさらと言う水音が響いている。

 少し傾きかけた初夏の日差しは新緑に柔らかく映えていた。

「体調はもう大丈夫かい?」

 博通は静かに歩く美幸に声をかけた。

「あ、はい。もう、普通に動けます。あの、済みません、新幹線代出してもらえるなんて。何回かに分けてでもお返ししますから。」

「いやいや。学生さんがそんなこと気にするな。それに頼くんのお嫁さんなら家族と一緒さ。」

 博道はにっこりとほほ笑んだ。

「え? あ、写真、見たんです?」

「ああ、キレイに写っていたよ。頼くんは闘牛士みたいだったけど。」

「うぅ、何だか恥ずかしいです。一緒に初めてのお出掛けのつもりだったのに・・・」

 美幸はうつむいて、バックを持っている手をもじもじさせた。

 その時、バックの中で着信音が鳴りだした。

「あ、済みません。」

 美幸はバックの中からスマートフォンを取り出した。


『着信 石川紗彩』


「もしもし?」

『もしもし美幸先輩? 今大丈夫です?』

「大丈夫じゃなくてもお話しするつもりでしょ?」

『あ、もしかして今すっごい良いトコロで邪魔しちゃいました? お約束みたいな?』

「紗彩ちゃん、マンガの読みすぎっ。今 歩いて移動中。」

 美幸は博道に目で会釈をした。

『へへ、紗彩も移動中です。丸ビルの中堪能して、雪月花へ涼子さん送った帰りなんですよ。』

「そう、楽しめた?」

『うん、とっても。紗彩のちっちゃい頃の話をたくさん聞いてもらいました。涼子さんすっごい嬉しそうに笑ってくれて、紗彩もゴキゲンな感じです。』

「良かったじゃない。」

『はい。紗彩、涼子さんと、こう、ぐっと近づけた感じです。またお出かけしましょうって言ってくれたんですよ。』

 紗彩の生き生きとした声が弾んで、美幸の口元もほころんだ。

『で、美幸先輩は、今どこなんですか?』

 無邪気な質問に言葉が詰まる。

「あ、えっと・・・・・・京都。」

『え?』

「あ、いいや。言っても信じてもらえないし。」

『京都って聞こえましたけど・・・あ、もしかして・・・』

「え? 何?」

『あの泉田の《HOTEL NEW京都》?』

「らっ、ラブホテルじゃないわよっ。修学旅行に行く京都っ。」

 美幸は真っ赤になって電話に叫んで、慌てて回りを見回した。

 博道が笑いをこらえて顔を他所に向けている。

『またまた。あれからこんな時間に京都に着ける訳無いじゃないですか。月曜日にでも詳しく聞かせてくださいね。 それじゃ、ごゆっくり~。』

「ちょっ、ちょっと紗彩ちゃ・・・切れちゃった。」

「仲の良い友達だね。」

 博通は笑顔で美幸を見下ろした。

「中学からの友達です。良い子なんだけどちょっと暴走気味で。」

 美幸はバックにスマートフォンをしまい込むと、ふぅと短く息をついた。

「貴船を出る前に時刻表を計算してみたら、鴻池駅には十七時三十七分に到着予定だ。兄貴に連絡して頼くんに迎えに来てもらう算段をつけたから楽しみにしていてくれ。」

 少しぶっきらぼうだが優しい言葉に、美幸はにっこりとほほ笑んだ。


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