第32話
朱雀淵公園の一角をとぼとぼと歩く男子二人組が居た。
かなり深めに被ったキャップと尻の辺りまで下がったリュックは、より見すぼらしさを強調していた。
「くそ~。炎上するまでフクロダタキにあってしまった・・・」
手にしたスマートフォンを眺めて一人がぼそりと呟いた。
「そうスね。俺のLINEにも罵詈雑言が列挙されてます。」
二人は深い溜息をついてベンチに腰を下ろした。
午後三時過ぎの空はきれいに晴れて、初夏に移ろうとする日差しは少し暑くも感じた。
「何か悪いものでも食ったのかなぁ。あんな大事なトコで腹を下すなんて・・・」
「俺ら二人ともってトコが腑に落ちない所ですけど・・・」
二人は同時に深く溜息をついた。
「このままガッコへ行っても無視か嫌がらせメールの嵐だろうしなぁ。いっそ転校でもしちまおうかなぁ。」
そうぼやいたこの男子は足元の小石をこつんと蹴飛ばした。
「でも親になんて言います? 親衛隊の任務が果たせなかったから転校したいじゃ通りませんよ。」
「そうだな・・・持ってるアカウント全部消去して引きこもったほうが楽かもなぁ。」
「でも、三年生でそれやったら進学マズイでしょ。」
「・・・はぁ、憂鬱だ・・・」
しばらくの沈黙の後、また二人は同時に溜息をついた。
「・・・いい天気だな。」
「・・・そうスね。」
ぼやいていた男子は澄んだ空を見上げた。
「いっそ鳥になりたい。」
「あ、あれ見てください。」
「クジャクでも居たか?」
「鳥から離れてください。ほら、あれ。」
言葉遣いから後輩と思われる男子が公園の竹林の方向を指さした。
指し示す方向にパンク風の恰好をしたカップルが一組歩いている。
「あっ、あれは有松美幸ちゃんと例の一年坊じゃないか。こいつは運が向いて来た。よし、行くぞ。」
途端に元気になった彼らは、ターゲットの追跡を再開させた。
ターゲットの二人は並んで竹林の小道の方へと入って行く。
「こんな人気の無い所に男女で入るとは。きっとけしからん事をするつもりに違いない・・・」
親指の爪を噛んで、この男子はターゲットを睨みつけた。
「丁度良い、ここで派手な手柄を立てておけば俺らの立場も好転する。スマホを撮影モードにしておけ。俺はこの射出式スタンガンで皆本のヤツを撃つ。ヤツがのたうち回る姿を配信すれば会長の機嫌も良くなるはずだろう。」
「おお。だけど美幸ちゃんに何もしていない場合は美幸ちゃんを守る行動と言う大義がありませんが・・・」
「そこは俺ら二人が『ヤツが美幸ちゃんを押し倒そうとする動きを見せたから』と証言すれば、他に目撃者は居ないから多数決でOKってコトになるじゃないか。」
「そ、そうですか・・・?」
「そうとも。ほら、早く追わないとどんどんと竹林の奥の方へ行ってしまうぞ。」
自分の持論に嬉々として、この男子はリュックから拳銃サイズの射出式スタンガンを取り出して安全装置を外した。
ゆるく小道はカーブして続いている。
先ほどの猟奇事件の現場検証を終えた後に、清掃の不行き届きだと市民からの批判を受けた市の職員が、溜まっていた落ち葉を清掃した後もあり意外と小ぎれいな赤土の遊歩道になっていた。
ターゲット二人は小道から外れて竹林の中に入って行った。
「それ見たことかっ。俺たちが今止めなければ、美幸ちゃんはあんなことやこんなことをされてしまう。大義は我に有り。撮影を頼んだぞ。」
そう言うとこの男子はスタンガンを構えてじりじりと間合いを詰めて行った。
もう一人が撮影モードにしたスマホを構えてRECボタンをタップする。
「!」
画面を覗き込んだこの男子は目を見開いて硬直した。
「天誅うううっ!」
スタンガンを構えた男子は奇声を発して、ためらうこと無く引き金を引いた。
黒い配線コードで銃本体と繋がった消しゴムぐらいの大きさの放電BOXが打ち出され、頼光の首の辺りに命中する。
着弾と同時にそのBOXが青白い放電流に包まれ、頼光はガクガクと震えてその場に崩れ落ちた。
「ちょっ・・・ちょっと先輩! これは・・・」
「やりすぎなんて思わんよ。さもなければあんなことやこんなことが・・・」
銃口で前髪をついとかき分けてポーズを決める。
「そうじゃ無くて、こいつらっ。」
地面に転がった頼光に目を落とすと、全身が白っぽい半透明シリコンでコーティングされた金属骨格のマネキンが、体のあちこちから火花を散らしてピクピクとうごめいていた。
頭部は黒い金属フレームと『泥眼』の能面とで構成されている。
「え?」
「それにっ、美幸ちゃんをこのスマホ画面でっ!」
見ろと言わんばかりに突き出された画面には、すぐそこで倒れている白いシリコン人形と同じモノが映し出されていた。
この美幸は慌てまくるこの二人を尻目に、超人的な跳躍で飛び上がると、竹の幹を足場にはるか西の方へと飛び去って行った。
「ど、どういう事だ?」
「何が何だか、さっぱり・・・」
この二人はへたり込んで、美幸の消えて行った方向を眺めていた。
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