第19話
駅からのんびり歩いて十分もすれば到着する場所なので西川沿い約1キロの長さに整備された『緑道公園』を散歩しながら教会へと向かった。
新緑の柳の枝がそよ風になびき、ツツジの赤と緑の葉のコントラストは鮮やかに公園を彩っている。
地元の彫刻家が制作したブロンズ像やベンチ、また西川の上にアーティスティックな橋があちらこちらに配されて散策を楽しめるようになっている。
「ウチの神社の前にある鳥居前公園もツツジが盛りなんだ。美幸ちゃんは来たことある?」
「初詣にはね。でも、この時期は行った事がないの、ごめんなさい。今年の五月五日の菖蒲祭には行かせてもらうわね。皆本くんの出番はいつなの?」
「う、知り合いが居ると恥ずかしいな。午前は巫女舞が10時からだから僕の『陵王(りょうおう)』が15分後ってとこかな。午後は19時にスタート。夕方の部はかがり火を焚いて行うんだ。普通『陵王』は仮面舞なんだけどウチではずっと化粧が伝統だから、笑わないでね。」
「そんなこと無いよ。紗彩ちゃんに見せてもらった動画でキレイに映ってたもの。」
「そうか、動画に残っちゃうんだ。恥ずかしいな。」
西川から1ブロック入った少し古い建物の並ぶ一角。周りの昭和な雰囲気の中にひときわ目を引く白亜の教会施設が見えて来た。
低い漆喰の塀から黒い金属製の柵が高く突き出して、この敷地をぐるりと囲んでいる。
その柵越しに中の様子を見ると生成りのテントがずらりと立ち並び、出店関係者がせわしなく動いている。もうすでにお客さんが会場内を散策している姿もあり、発電機のモーターの音やBGMのJ-POPが流れていた。
塀沿いに歩いて行くと、アールヌーヴォー風の植物模様をあしらったアーチ型の鉄の門が内側へ開いており、そこから真っ直ぐに御影石の敷石が教会の入口へと続いている。
白壁の教会の真新しい木の扉は朝日につやつやと輝いて爽やかな雰囲気を感じさせる。
門と教会との間に大きなイーゼルが三脚立っていて、掲げられている黒板にはそれぞれ案内が書きつけられてあった。
『中庭テント広場 フリーマーケット会場 午前10時より午後5時まで どうぞお楽しみください 会場見取り図は入口の黄色のテントにてお配りしております』
『教会 ミサ<聖書の朗読と司祭のお話> 午前10時30分より 主任司祭ミハイル・スルタノフ 信者の方もそうでない方も自由にご参加ください』
『グループホーム Friedlich(ふりーどりっひ) (やすらか) 随時見学、相談 承っております。詳しくは当教会関係者まで 』
頼光は熱心に黒板の文字を見つめていた。
(意外と教会関係者と接触するチャンスは多そうだな。)
「どうしたの、皆本くん?」
「あ、いや。ちょっと教会の活動に興味が湧いて。」
「皆本くんは神道でしょ?」
「同じ神様だから。」
「宗旨がだいぶ違うんじゃない?」
「物好きだからかな。さ、会場へ行こう。」
頼光は内心を悟られないよう笑顔を作って、普段香澄をエスコートするような調子でぽんと肩を抱いて促した。
(あ・・・♡)
「きゃ~。涼子さん、見ました? すっごく良い感じじゃないです?」
50メートル位の距離を取って後をつけて来た紗彩と涼子は人の腰程の高さの漆喰壁に隠れて柵越しに美幸の様子を伺っていた。
「ね、ね。あんな顔した美幸先輩、初めて見ました。なんか紗彩も嬉しい。」
オペラグラスを覗き込んで、紗彩は小声ながらも興奮した口調でまくしたてた。
「ねぇ、紗彩ちゃん。」
「何ですか?」
「それは良いとして、こんなトコにこうしている私たち、すっごい不審者じゃない? 何人か、見て見ないふりして歩いて行ったわよ。」
「あ・・・つい夢中になっちゃいました。」
テント広場の入口には、黒板に書かれていた通りに黄色いテントが立っていて、そこにはグレーのシスターの衣装を着た若い女性と、車いすにちょこんと腰かけた80歳ぐらいの小柄な老婆が並んで座っていた。
「いらっしゃいませ。店舗案内の地図をどうぞ。」
「あ、知り合いが出店してるんで、先にもらってるから大丈夫です。」
「それは失礼しました。」
シスターはにこりと微笑んで、軽く首を傾げた。
隣では老婆がにこにこしながらずっと手拍子をとっていた。
「この方はシズコおばぁちゃん。ウチのグループホームのご利用者さんなの。よかったらグループホームの方も覗いていってね。皆さん、いろんな人とお話するの好きだから。そうそう、あと30分したら教会のほうでミサを行いますので、興味がおありでしたら参加してみてくださいな。今日はミハイル神父直々のお話なんですよ。」
「外人さんですか?」
頼光はシスターの目線に腰をかがめた。
「ええ、ドイツの方なんですが、お母さまが日本人なので日本語は堪能でいらっしゃいますのよ。」
微笑みながら彼女の目は、目前の二人を舐めるように観察していた。
「皆本くん、参加するつもりなの?」
美幸は不思議そうに頼光を覗き込んだ。
その時、シスターは頭巾の上から耳のあたりに手をやって、軽くうなずいた。
「そうそう、本日、模擬結婚式も予定してますの。ミサに参加してくれたお客さんの中で、新郎・新婦役を募るんですよ。記念にお式の写真をご贈呈致しますわ。」
記念写真、と聞いて美幸はピクリと反応した。
「・・・参加・・・するの?」
美幸はおずおずと頼光を覗き込んだ。
「美幸ちゃんが嫌でなければ、参加したいな。」
「あの・・・嫌じゃないけど。」
「よし、じゃあ決定ってことで。それまでオミや佑理ちゃん・佑美ちゃんのトコ行ってみよう。手作りアクセサリーとか並べてるらしいんだ。」
そう言って頼光は、優しく美幸の手をつないだ。
上手く握り返せないまま顔を紅くした美幸は、手を引かれるままついて行った。
その様子を、シスターは無機質な笑みを浮かべながら目で追っていた。
呼び込みの声を受けながら、二人は地図を見ながら目的のテントへと歩を進めた。
「あ、ここだ。『ろりぽっぷ』って。」
顔を上げるとテント入口の鉄パイプの骨組みに極彩色のロゴが書かれた看板がぶら下がっていた。
「あら、ライコウ。早々に来てくれたのねぇ。嬉しいわ。」
テーブルの上に商品を陳列していた正臣は友人の姿を見つけて駆け寄って来た。
「お隣はウワサの有松さんね。初めまして、服飾科の篠崎正臣です。よろしくぅ。」
「よ、よろしく。」
人生初のオネェに戸惑いながらも美幸は挨拶を交わした。
「やぁ、オミ。まだ準備中かい?」
「もうあらかた済んでるわよ。後は売り子さん達のお化粧が終わったら、本格始動よ。」
そう言ってテント奥のついたてを指差した。
「ま、見て行ってちょうだいな。この辺があたし達が作ったアジアン・ノットのアクセサリー。」
オミは得意気に、組み紐で編んだ携帯ストラップやイヤホン・ジャック、ネックレス、バングル、チョーカーなどの商品が置かれたテーブルを指した。
「あ、かわいい。」
「でしょ。こういうのって、有りそうで無いから新鮮よね。レジンでコーティングしたイヤリングもあるのよ。」
落ちてくる髪をかき上げて商品を覗き込む美幸に、満足そうに正臣は続けた。
美幸と頼光は寄り添って商品を眺めている。
「これチャイナドレスのボタンに付いてるヤツだよな。」
頼光はターコイズブルーの紐で編まれたピアスをつまみ上げた。
「そう、『みょうが結び』って言う結び方なのよ。形を安定させるのに、ちょっとコツがいるんだけどキレイでしょ。」
「皆本くん、ピアスするの? あ、でも似合いそう。」
美幸は頼光の横顔を覗き込んだ。
「う~ん。でも穴開けたら膿みそうで嫌なんだよな。あ、これ、何か良い感じじゃない?」
頼光はローズクウォーツやムーンストーンの小珠をあしらった『つゆ結び』のネックレスを指差した。
「おや、お客さん。お目が高い。その商品は自信作なんですよ~。」
いつの間に傍らに来たのか、丸っこいショートボブの小柄な女の子がにこにこしながら二人を見上げていた。
「あ、佑美ちゃん。今日はばっちりのロリータメイクだね。」
「ざんね~ん。佑理だよぉ。今日は私がピンク系で佑美がグリーン系のメイクなの。で、お隣が有松美幸さんね。はじめまして、中村佑理です。」
佑理はにっこり笑って小さな手を差し出した。
「よろしく。服飾科の双子姉妹はウチのクラスでもファンが多いのよ。お話出来てうれしいわ。」
「え~。『美人双子姉妹』じゃないのぉ?」
佑理はクスクスと笑い、店の奥のついたての方をチラリと見た。
「やほ~。お待たせ~。」
ついたての影からグリーンとイエローのグラデーションのアイシャドウ、グリーンのカラコンをした佑美がひょっこりと顔をのぞかせて手を振った。
そして、そこから一人の女の子の手を引いて店舗の中ほどまで出て来た。
「さっきまでふたりがかりでメイクしてたの。今日の助っ人の・・・葛城ちゃん。」
ミニハットに、ゆるふわウエーブのウイッグ、ピンク系のアイシャドウとカラコンの、ドーリーメイクの女の子は、恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。
「もっとバンバンのパニエにしようかと思ったんだけど、邪魔になるからこんな感じで勘弁してね。」
佑理は自分の仕事を確かめるように、その女の子を眺めて何度もうなずいた。
「すごいのね。こんなメイク出来るんだ。今度お願いしようかしら。」
美幸は感心と好奇心に目を光らせた。
「え~。いいの? じゃあさ、今度ガッコで何かイベントがある時ドールのメイクした一団を結成して練り歩こうよ。きっと盛り上がるよ。」
「きゃぁ。ステキ。私、そういうのやった事無いから嬉しい。ぜひお願いね。」
すっかり打ち解けた女の子三人はテントの一角ではしゃぎ合った。
「はいはい、仲良いのは良いケド、お客さんの邪魔よ。騒ぐならもっと端っこ寄りなさいよ。ごめんなさいね、同じガッコの友達なのよ。で、こちらのネックレスは恋愛の守り石のローズクォーツと水晶を・・・」
正臣は、はしゃぐ三人に向かって、しっしと手をやって店を覗きに来た二人組の女の子に接客を始めた。
「むぅ、正論だけに何にも言えない。で、そうそう、ライコウくん達はどの商品が気になる? お友達価格にしとくよ。」
ちょっとむくれた佑理は、すぐにいつもの調子に戻って二人を見上げた。
「このブレスレット良いな。これってリリアンだっけ?」
佑理の隣から佑美が顔を覗かせて小さな手でその商品を指差した。
「なんか昔に、そういうの流行ってたって聞いた。それは『むかで結び』って言うの。七宝のチャームがかわいいでしょ。」
背中を屈めて見ていた美幸は、黒地に金色の鳳凰の柄のチャームが付いたネックレスを手に取った。
「これなんか、皆本くんに似合いそう。」
「美幸ちゃんは・・・こんな感じかな。」
頼光はチャイナビーズと緑地にピンクの花柄の七宝環で構成されたブレスレットをひょいと摘み上げて目の高さにかざした。
その時、左斜め後方からすごい視線を感じた頼光は首だけを回してその方向を向いた。
視線の先にはドールメイクの葛城が居て、頼光が振り向くと、慌ててよその方に向き直った。
うつむき気味に顔を伏せ、ウイッグを盾に表情を隠しているようにも見える。
「あ、ライコウくんどうかした?」
佑理が慌てて頼光の視線の前に立ちはだかった。
「ん? いや、葛城さん・・・だっけ? どこかで会ったような・・・」
「え? そ、そんなことないよ。ほら、あの子、そう、別の学校の子だからさ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
頼光は不可思議そうに軽く何度もうなずき、再びテーブルの方に向き直った。
「どうしたの?」
美幸は頼光の顔を覗き込んだ。
「いや、あの子、何か雰囲気が知り合いに似ててね・・・」
再び葛城の方をチラ見していると、妙に落ち着きの無い様子で佑美が小走りに寄って来た。
「ね、それ気に入ってるんだったら、取り置きしてあげよっか? 他の店舗とか二人で見て、また戻っておいでよ。せっかくなんだからいろいろ一緒に回ったほうが楽しいよ。」
「妙な気の使い方だなぁ。ま、もうすぐしたら教会のミサに参加してみるから、その後また寄らせてもらうよ。美幸ちゃんもそれで良い?」
「私は全然構わないわよ。」
美幸はにっこりと微笑んだ。
二人は接客中の正臣に軽く挨拶して、綿あめやベビーカステラの屋台が並んでいる方に歩いて行った。
その姿を見送った佑美はくるりと葛城の方へ振り向いた。
「だめじゃん。もっと普通にしとかなきゃ。」
「う・・・ごめん。いざ目の前にすると、なんか緊張しちゃって。」
佑美はウイッグ越しに覗く目を、じっと見つめていた。
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