第7話
四時間目の合同体育の時間、男子生徒達は浮足立っていた。
「・・・意外と胸がでかいよな。」
「脚、すごいきれいだよなぁ。」
女子の体操服姿に萌える男子達はいろいろと品評会を行っている。
女子は妙なオーラを放つ集団からはなるべく離れて、気にしないように努めていた。
「やっぱり有松さんてイイよな。」
「長い髪をアップにしてる首も・・・」
白地に赤のリブの入った丸ネックの体操服に赤い短パン姿の美幸は、多感なお年頃の男子生徒の注目を集めていた。
頼光は健明、香澄と一緒に、塀の防球ネットの傍でおしゃべりしていた。
「なんかあの集団、ヤだね。」
香澄は目を血走らせた男子の群れを横目でちらりと見た。
「こうして客観的に見てみるとカッコ悪いよな。まぁ、解らないことじゃ無いけど。」
健明は男子達と女子達を交互に見て、口を開いた。
「それに、ほら、ライコウ。今朝廊下でいちゃついてた美幸ちゃん、結構スタイルいいんだよな。」
「別に、いちゃついてなんかいないよ。」
「え? 何、それ。」
香澄が健明を見上げた。
「今朝、珍しく早く来たと思ったら、一組前の廊下で話しこんで頭撫でたりしてたんだぜ。興味無いなんて言ってた割に、手が早いな。」
「人聞き悪いな。昨日バイト先に来てくれて、そこで知り合ったんだよ。調子が良くないってコトだからちょっと額に手を当てて・・・香澄?」
頼光は顔色を曇らせた香澄を覗き込んだ。
「別にっ。」
拗ねるように言うと、香澄は杏子の居る集団の方へと歩いて行った。
「あ~あ、妬いちまったか。ライコウのせいだぜ。」
「何でだよ。僕は友達に挨拶してただけだぞ。」
「お前の普通はちょっとアレだからな。」
何だよそれと口を開こうとした時、集合のホイッスルが鳴り、生徒達はグラウンド中央に走って行った。
防球ネットのある金網フェンス越しに、腰まである黒髪の女性が、こちらの方を見ている姿が頼光の視界の端に映った。
本日の体育の授業は軟式テニス。テニス部員やテニス経験者と素人に分かれてのチーム構成となっている。
奥三面のコートからはホームランボールが続出し、コート待ちのメンバーが玉拾いに奔走していた。
「おい、ライコウ! ちゃんとコートに返せよ。」
「力加減が難しいんだよ。」
(皆本くんてテニス下手なんだ。)
素人チームのコートを眺めながら美幸は含み笑いの口元を隠した。
デモンストレーションの打ち合いが終わって、素人達に上級者がレクチャーを始めた。
「まず、ラケットの握り方なんだけど、ラケット面を垂直にした形で、左手で支えてください。」
美幸は頼光を含めた、全くなっていない五人にグリップ方法からレクチャーを始めた。
「そう、そうしたら、右手でラケットの面に手を添えて、そのままグリップの所までスライドさせて行ってね。で、そこで軽く握って。それが『イースタングリップ』って言う握り方。手のひらで打つのに近い感覚だから最初はそれが一番扱い易いグリップなの。」
美幸はちゃんと握れているか一人ずつチェックして行った。
「これで良い?」
「あ、皆本くんは、もうちょっと下を握って。」
「こう?」
「ラケット面が傾いちゃったから、最初からやってみて。そう、そこからグリップに滑らせて・・・」
寄り添っている二人をちらちら見ながら、「そこそこ」出来るチームの香澄はサーブ練習の順番待ち&玉拾いをやっていた。
(あ~あ。テニスもレクチャー出来るぐらいにやっとけば良かった。)
授業も後半になり、男女編成のダブルスでのゲームになった。
「ライコウ、手加減が出来ないんだから前衛に行きなよ。」
「うん。じゃ、香澄、後ろ頼むね。」
頼光・香澄ペアは配置に着いて、香澄のサーブからゲームが始まった。
相手ペアもだいたい実力は同じような感じなので、サーブ権を持っているペアの方が有利に得点を入れて行く。
あまりネット際のプレーは無く、前衛の二人は若干手持ぶさたな感じでプレーしている。
ゲームもあっと言う間に30―30となり、白熱もしないゲームは終盤を迎えていた。
相手方からのサーブを香澄が返し、返ったボールを打ち返す。
リズムの良いラケット音が響き、なんとなくテニスのゲームっぽくなって来た頃、相手ペアがサイドラインぎりぎりのネット際にボールを落とすように返して来た。
空手の踏み込みの速度で頼光が飛び込み、ボールを打ち上げる。落ちてくる絶好のボールを前衛が大きく振りかぶってスマッシュを打った。
着弾軌道の前に頼光が飛び出しノーバウンドで打ち返す。返されたボールは後衛の男子の胸元目がけて飛んで行き、思わず相手は打ち返す。
打ち返されたボールは頼光の方へ飛んで行き、頼光はフルスイングでラケットを振る。テニスラケットにあるまじき音を立て、すごい勢いでボールが飛んで行き、前衛の女の子は短い悲鳴を上げて身を屈め、後衛の男子は負けじとそれを打ち返す。
テニスボール射撃戦に観客が大ウケして歓声が飛ぶ中、頼光の放った一撃が相手のラケットの数センチ向こうをすり抜けて、真っ直ぐ防球ネットへと突き刺さりホイッスルが鳴った。
「30‐40。松島・岡田ペア、WIN。」
「ライコウ、何やってんのよ、完全にアウトじゃない。」
「あ、そうか。」
バツ悪そうに頭を掻く頼光の様子にクスクス笑いながら、美幸は頼光の打ったホームランボールを拾いに防球ネットの方へと走って行った。
軟式テニスの白いボールは運動具倉庫の横、ツツジの植え込みに乗っかっていた。
それに手を伸ばそうとした時、すっと横から白い腕が伸びて来て、そのボールを手渡した。お礼を言って顔を上げた時、美幸の表情は凍りついた。
「みゆきちゃん。お久しぶりね。」
そこには、あの黒髪の女が立っていて、笑みを浮かべる唇の端からキラリと尖った犬歯が覗いている。
短く悲鳴を上げると、美幸はその場にへなへなと崩れ落ちた。気絶した美幸を倉庫の影に引っ張り込む。
女の黒髪がざわざわと膨らんで美幸の体へと伸びて行く。髪の毛は毛束を作って美幸の腕や首を這い回り、左の首筋と右腕の内側にその先端を突き刺した。
ワインを嗜むようなうっとりとした表情を浮かべた女は美幸を抱き起して、その犬歯を光らせた口を大きく開いた。
その途端、砂塵が女の視界を覆った。とっさに顔を押さえ、獲物から後ずさる。腹部に強烈な衝撃が走り、女は体育用具倉庫の壁に叩き付けられた。
顔を上げた女の視界に、美幸の前に立ちはだかる異形の姿が逆光に浮かんだ。
石膏のような真っ白い肌で髪が逆立ち、眉間から象牙色の角が突き出している。 目尻が吊りあがるように裂け、炎のように紅い瞳が光を放つ。
白地の半袖から剥きだしになっている両腕に有機的なデザインの鎧籠手が、みるみるうちに形成され、手の甲から大きな鉤爪が二本突き出した。
「ちっ、デーモン・・・」
目前の異形が大きな鉤爪を突き出すと同時に、女は上空に飛び上がり、鉤爪は倉庫のコンクリートの壁面を穿った。
女は防球ネットを足場に、さらに跳躍すると近隣の家屋の屋根を渡り、果樹園の中に消えて行った。
『ほう。随分とコントロール出来るようになったな。感心、感心。それに空間跳躍も使いこなせるようになったのか。まだまだ伸びるな、白鳳。』
頭の中で甲高い声が響いた。
(ショウケラ、見ていたんなら何とかしてくれても良かったんじゃないか。)
両腕の鎧籠手の形成を解きながら一本角の異形は美幸を抱き起した。
左の首筋と右腕に虫刺されのような赤い傷が出来ている以外は、異常は無さそうだ。
『ワタシの能力は情報収集だ。それにこの前みたいに飲み込んでやらずとも、お主が空間跳躍で高速移動して来たではないか。』
美幸を抱え上げて軽く目を閉じた異形は、眉間の角を額に収め、額に浮き出していた血管模様を消した。
肌の色も石膏のような白色から血の気の通った肌色になり、逆立っていた髪は人間の髪型に落ち着いた。
『変化も早くなってきたな。ヨリミツ。』
(ヤツは何者なんだ? 《砂飛礫(すなつぶて)》を顔面に命中させたのに、さほど動じた様子は無かったし・・・)
『それはこちらが聞きたいものだ。似たような狩りを行う妖には二・三心当たりはあるが、まだ何とも言えぬ。それより早く戻ったほうが良いぞ。あの集団の中の男連中と、お主の幼なじみがこちらを気にしておる。』
頼光は美幸を抱え上げたまま倉庫の影から出てテニスコートに向かって叫んだ。
「有松さんが貧血で倒れたみたいなんで、このまま保健室に連れて行きますー。」
美幸が目を開けると、ジプトンボードの白い天井と電気の点いていない蛍光灯が目に入った。
自分の横になっているベッドの周囲は生成色のカーテンで囲まれていて、窓から差し込む光が影絵のように映っている。
気絶直前の記憶に身ぶるいして、体中を探ったが特に何の異常も感じられなかった。
強いて言えば右腕の内側に今朝は無かった虫刺されのような傷を見つけたぐらいだ。
(私、生きてる・・・のよね。)
恐る恐るカーテンから顔を覗かせて辺りを覗うと、デスクに就いて書き物をしている保健医の後ろ姿が見えた。
「あ、あの~。」
美幸の声に振り向いた彼女は銀の細いフレームの眼鏡をちょっと上げて微笑んだ。
「あ、お目覚めね。気分はどう?」
美幸が口を開こうとした時、カーテンの死角から聞きなれた声がして、ぱたぱたと上履きの音が近づいて来た。
「みゆき~、良かった。」
「椎名。」
椎名はカーテンを跳ねのけて美幸に抱きついた。
「美幸が倒れたって、二組の皆本くんから聞いたの。」
「小林さん、休憩時間の度に覗きに来たのよ。仲良しさんね。」
保健医は白衣の裾をなびかせて歩いて来て、壁側にある木の棚を指差した。
「クラスの子が有松さんの制服とか荷物とか持って来てくれたから着替えると良いわ。」
「もう、今日の授業は終わったのよ。やっぱりムリが祟ったんじゃない?」
きょとんとしている美幸に椎名は制服を渡した。
「私、そんなに寝てたのね。」
「そのお陰か、顔色良いわよ。二組の、あのキレイな男の子が抱えて来た時に比べたら。」
保健医はにこにこしてデスクに向かって歩いて行った。
「え? 皆本くんがここへ?」
「あぁ、そんな名前だったわね。あの子、細い割に結構力持ちなのね。一人で抱えて来たんだから。」
その言葉を聞いて美幸は両腕を抱えてうつむいた。
「美幸? お腹痛いの?」
「う、ううん。そんなんじゃない。あ、と。着替えるからカーテン閉めていいかな。」
「あ、ごめん。それじゃ。」
椎名は腰掛けていたベッドから降りるとカーテンを引っ張った。カーテンの奥からしゅるしゅると布ずれの音が響いてきた。
「ねぇ、美幸。大丈夫?」
「うん、逆にしっかり眠れて気分良いもの。でも皆本くん、良く椎名のコト分かったわね。」
「何か美幸からアタシの事聞いたって言ってたわ。仲の良い友達でしょって言ってた。」
「あぁ、そう言えば、今朝お話した時に言ったわ。」
スカートを履き終えた美幸はセーラーカラーのブラウスの衿を立てて、ノーカラージャケットに袖を通した。
「美幸が男の子の話するの珍しいね。」
「そ、そうかな。」
「皆本くんて、新入生人気投票で20位以内に入ってたコよね。」
「う~ん? そうだっけ。」
「あれ? ノーチェック? 美幸、投票してるのに。」
「何で知ってんのっ!」
セーラーカラーを立てたままの格好で、美幸はカーテンを払いのけた。
「あ、そうなんだ。」
「しいな~。」
むくれる美幸にけらけら笑いながら、椎名は美幸の衿を整えてあげた。
「そっか、そっか。美幸もオトナになったんだねぇ。」
「な、なによ~。」
少し目を潤ませて頬を染める美幸の頭を撫でながら、椎名はその目を覗き込んだ。
「そうそう、同じクラスの空手部からの情報。今日、皆本くん、空手部の練習に参加するんだって。今きっと練習中だよ。覗いて見る?」
むくれたままの表情で美幸はこくんとうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます