第2話


 日もだいぶ高くなった頃、処方された安定剤の効き目が薄くなって、美幸は目を開けてベット脇の時計を確認した。

「あ・・・もうお昼過ぎてるんだ。」

 慣れない薬のせいか鈍い頭痛が走り、口の中に苦みが感じられた。

 美幸は寝ぼけた頭を軽く振って、渇いた喉を潤しに台所へ向かって階段を下りて行った。

 母の用意してくれていたおにぎり二個入りの皿を自室に持って上がり、軽い昼食を済ませ一息ついた頃、スマートフォンを鞄の中に放り込んだままだったことを思い出した。

 慌てて引っ張り出すと案の定多くの着信記録が表示されていた。

「ほとんど紗彩ちゃんからだわ・・・」

 美幸は竹林から逃げ出した時の着歴分から読み始めた。履歴の中ほどまで開封した時、いきなり通話着信音が鳴りだした。

『着信  石川(いしかわ)紗(さ)彩(あや)』の表示が点灯した。

「もしもし。」

『あ、美幸先輩! 良かった通じた。どうしたんですか? 昨日の夕方から全然「既読」にもなってなかったから、何か事故にでも遭ったんじゃないかとか思ってたんですよぉ。』

半分ベソをかいたような紗彩の声がたたみかけるように流れて来た。

「あ、あのね。実は今日休んでるの。昨日ちょっとした事があって・・・」

 美幸は昨日の事の顛末を話した。

『ええっ! あ、ごめん気にしないで・・・あ、済みません、近くにクラスの友達が居たので。それじゃニュースのあの事件、美幸先輩が発見者だったんですか。すごい!』

「すごく無いわよ。殺されるかと思ったんだから。」

『ごめんなさい・・・で、もう体調は良いんですか?』

「ん・・・ちょっと頭痛は残ってるけど多分大丈夫。明日には学校に行けると思う。椎名も心配してメール送って来てるし。」

『美幸先輩が良かったらなんですけど、今日、紗彩が学校終わったら一緒にお茶しませんか? 今月出来たばかりの甘味処なんですけど、おいしいトコ友達に教えてもらったんですよ。』

「うん。いいわよ。じゃ、待ち合わせは鴻池駅の噴水前で良い?」

『はい。紗彩、中学の制服のまま行きますから四時前ぐらいに到着します。』

「そんなに急がなくてもいいわよ。」

『いいえ、美幸先輩のためなら学校からでも猛ダッシュして会いに行きますぅ。あ、それじゃそろそろ始業なんで電話切りま~す。』

「うん、それじゃね。慌てなくて良いから気を付けてね。」

 元気な紗彩の声で気分が良くなった美幸は、部屋の大きな鏡に目をやった。

「あ、髪ぼさぼさだわ。さてと・・・紗彩ちゃんとのデートに何着て行こうかしら。」

 髪を手櫛でほどきながらふと窓に目をやると、良く晴れた陽ざしがカーテンの隙間から差し込んでいた。

「今日も良い天気みたいね。」

大きく伸びをすると美幸はクローゼットに向かって歩を進めた。


 そのカーテンの隙間から覗く窓の外に、細長い指をした手形が逆さまに付いている事に、彼女はまだ気付いていなかった。



「みゆきせんぱ~い。」

 大きく手を振りながらツインテールの小柄な女の子が、鴻池駅の出口から噴水広場に駆けこんで来た。

タレ目気味の大きな目は彼女のあどけなさをさらに引き立てている。

 碧山中学校の、緑色とベージュのチェック柄のプリーツスカートが風をはらんで揺れていた。

 鴻池駅前広場の噴水は、直径五メートルの円系プールの中央にネギ坊主を思わせる形の主塔が立ち、その周りを取り囲むように円筒状の真鍮色の副塔が立ち並ぶデザインの噴水で、夕刻からはライトアップされる。

 噴水を中心に同心円状にベンチが配されており鴻池市民の待ち合わせ場所やデートスポットとして多用されている市の中核モニュメントである。

「紗彩ちゃん。だからそんなに慌てなくっても良いって言ったのに。構内走ったら危ないでしょ?」

 荒い息を切らせて肩で呼吸をしている紗彩の背中をさすりながら美幸は優しく声をかけた。

 ベンチに腰掛けて息が落ちつくと、紗彩はいつもの調子でしゃべり始めた。

「へへ。久しぶりの美幸先輩とのお茶会だから、はしゃいじゃった。で、これから行く甘味処なんですけど『雪月花』って言うお店なんです。美幸先輩みたいにキレイなママさんがやってるお店なんですよ。」

 にこにこしながら、紗彩は美幸の手を取って歩き始めた。

「甘味処じゃママさんじゃなくて『女将さん』よね。」

「あ、そうでしたっけ。ま、そのオカミさん、涼子さんって言うんです。この前、紗彩、消火器を振り撒いて先生に怒られて落ち込んじゃった時すっごく優しくなぐさめてくれたんです。紗彩感激しちゃって・・・」

「さ、紗彩ちゃん? 何しでかしたの?」

「え、まぁ・・・そんな事より、すっごい良い人だから先輩にも紹介したくって。それにあんまり甘くない和風スイーツもおすすめ。洋菓子に比べたら和菓子って太らないんでしょ?」

「そうね。量にもよると思うけど。」

「で、そこでバイトしてる着物男子が居るんですけど、仲間内でちょっとアツいんですよ。美幸先輩も目の保養にイイんじゃないかな、なんて。」

 紗彩は美幸の顔をいたずらっぽく見上げた。

「あら、じゃ、紗彩ちゃんの好みのタイプなのね。」

「う~ん。キライじゃないですけど、紗彩はもうちょっと大人な感じで背が高い方が良いかなって思います。」

「そうなの?」

「はい。理想は『おにいちゃん』的な感じの頼れる人が良いです。紗彩、一人っ子だから・・・」

「紗彩ちゃん・・・」

「あっ、あそこ。ほらあの木の看板の黒と赤のお店です。」

 言葉をつなげようとした美幸のタイミングを見事に潰して紗彩は目的地の甘味処「雪月花」を指差し、美幸の手を引っ張って行った。

 節目を生かした古木風の木板に白い筆文字で「雪月花」と書かれた看板が掲げられた町屋風の一軒家。

 黒い光沢のある塗装を施された柱や壁材に、赤い格子の装飾が所々に配されたおしゃれな作りになっているお店だ。入口脇にはイーゼルに立てた黒板に「本日のおすすめ」と、チョークでお品書きが書きつけてある。

 バリアフリー造りの引き戸を開けると店内は白木と和紙風の壁紙、和紙のランプシェードを用いた柔らかな照明で優しい雰囲気を演出している。

 カウンターの中には、黒地に川の流線柄の着物を来た二十代後半の女性が立っていた。

「あら、いらっしゃい。紗彩ちゃん。」

「こんにちは、涼子さん。今日は美幸先輩と一緒に来ました~。」

 カウンター席に座ると紗彩は仔犬が飼い主を見つめるような目で涼子を見つめた。

「こんにちは。あなたが美幸ちゃんね。おうわさはかねがね。」

 涼子は優しい微笑みを浮かべて軽く首を傾げた。着物の合わせから白レースの半襟が覗いていて、センスの良さが感じられた。

「あ、いえ、ウチの紗彩ちゃんがとってもお世話になってるそうで。」

 いたずらっぽく笑顔を浮かべて美幸はちらりと紗彩に目をやり、紗彩は照れたような笑いを浮かべた後、手元のおしながきをぺらぺらとめくった。

「今日は空いてて良かった。忙しかったらこうしてカウンターでゆっくりお話できないんじゃないかなんて思ってたんですよ。」

「ちょっと前までは混んでたんでけどね。ちょうど良かったわ。」

 カウンター向こうのバックヤードから、かすりの着物にたすき掛けをして、白い前掛けをした女の子がお茶を淹れて持って来た。

「いらっしゃい。今日も来てくれたのね。」

「こんにちは皐月さん。こちら以前お話してた美幸先輩です。」

 美幸とバイトの女子、江田(えだ)皐月(さつき)が挨拶を交わしている間、紗彩は涼子に話しかけた。

「あ、紗彩、今日はクリームあんみつが食べたい気分なんです。マンゴーソースでおねがいします。それと、今日は例の着物男子は?」

「あの子、今日は少し遅れるって連絡があったわよ。何か学校で足止めくらったってボヤいてたわ。」

「ふ~ん。せっかく美幸先輩に見てもらおうかと思ってたのに。あ、そうそう、この前言ってた紗彩の小さい頃からの写真、フォトブックに入れて持って来たから見ちゃってくださいな。」

「はい。ありがと。それじゃ、ご注文のクリームあんみつ作った後で見せてもらおうかしら。美幸ちゃんは何にします?」

「え・・・と。じゃ、私は『抹茶ぱふぇ』ください。」

「はい。少々お待ちくださいませ。」

 にっこり笑って涼子は皐月と一緒にカウンター内のキッチンで支度に入った。

「ね、先輩。いい感じのお店でしょ? 紗彩も中学卒業したらここでバイトしたいな。」

「そうね。でもバイトするんなら、もうちょっと落ち着いた方が良いと思うわ。紗彩ちゃんおっちょこちょいだから。」

「あ~ひどい、先輩。紗彩も三年生になってちょっとはオトナになったんですから。」

 むくれる紗彩に微笑みながらキッチンの涼子に目を向けた。

「そういえば、何か紗彩ちゃんと涼子さん雰囲気が似てるわね。ほら、目の形とか口元とか。」

「え? そうですか。だったら、紗彩ってあんな美人さんになれるかな?」

「紗彩ちゃん、もともとかわいいもの。大人になったらきっと美人になるわよ。」

「きゃあ~! 先輩、うれしい。もう紗彩おごっちゃう!」

 紗彩は美幸に抱きついた。

「あら、仲が良いわね。はい、お待ちどうさま。クリームあんみつと抹茶ぱふぇです。」

 涼子がそれぞれの商品を、漆塗り風の黒いトレイに乗せて持って来た。傍らに添えてある造花の桜の小枝が箸置きとなっていて、朱漆塗りのスプーンとフォークが千代紙の短冊の上に乗っている。

「きゃ~おいしそぉ。」

「いただきます。」

 はしゃぐ紗彩と対照的に、美幸は落ち着いた様子でスプーンを手に取って淡い緑のクリームを口に運んだ。

「あ、おいしい。」

「でしょ。先輩も気に入ってくれると思った。」

 二人の食べる様子をにこにこと眺めている涼子の視線に気がついた美幸は、なんとなく気恥ずかしくなった。

「で、これなんですけど。涼子さん。ほら、紗彩の写真。」

 紗彩は学生鞄から、ファンシーキャラクターの絵柄の付いた、数冊のフォトブックをカウンターに並べた。

「とりあえずな感じでピックアップしてきました。」

『すみっこぐらし』の絵柄のフォトブックを開いて沙綾は嬉しそうに写真を指差した。

「ほら、この一年生のオリエンテーションの時、一緒に組んでくれたのが美幸先輩なんですよ。」

 体操服姿の女の子二人がそろってピースサインをしている写真に紗彩ははしゃぎ、美幸は口に手を当てた。

「わ、やだ。私、脚太いっ。」

 カウンターでみんながフォトブックを覗き込んでいる時、奥のバックヤードから、白地に黒の呉竹柄の着物を着た男の子が、前掛けの紐を結びながら小走りにやって来た。

「すみませ~ん。遅くなりました~。」

「おはよー。思ったより早かったじゃない。」

 涼子は顔を上げてカウンターの女子集団の方へ来るよう手招きした。

「ほら紗彩ちゃん。ご注文の着物男子、皆本くんのご到着よ。」

「え、僕注文されてたんですか? あ、紗彩ちゃん、こんにちは。今日も来てくれたんだね。」

「こんにちは、今日は美幸先輩連れて来ちゃいました。」

 紗彩は嬉しそうに美幸の腕を取って、むきゅっと小脇に抱えた。

「あれ、皆本くん?」

 驚いたように目を大きく見開いて美幸は頼光を指差した。

「はい、正解。」

 きょとんとして美幸を見る頼光に涼子と皐月は吹きだした。

「あら、美幸ちゃん。彼、知ってるの?」

 覗き込む涼子と頼光を交互に見ながら美幸は口を開いた。

「あ、はい。となりのクラスの・・・みんなからライコウって呼ばれてるんですよね。」

「あ・・・一組の美幸ちゃんって言うと有松美幸さん? 新入生人気投票で一位になった。」

「へぇ~、先輩ってやっぱりすごいんだ。」

 紗彩は目を丸くしながらも誇らしげに美幸を見つめた。皐月は頼光を肘で小突きながらいたずらっぽく言った。

「なによ、こんな美人に顔憶えてもらっているのに皆本くんは知らん顔なの? ちょっと失礼じゃない?」

「いや、その・・・私服着てるんで・・・あ、いらっしゃいませ。」

 新しく入って来たお客を見つけて頼光はカウンターから小走りに抜けだし、お冷をトレイに乗せてテーブル席に向かった。

「逃げたわね。」

カウンター席の一団は吹きだした。

「あ、紗彩の写真。この『ネズミの国』のが一番古い分です。これ、お母さんにお風呂入れてもらってるトコです。お母さんがお風呂入れながら、自分で撮ったんだって。」

 赤く日焼けた色調の写真がフォトブックのビニールのポケットに収まっていた。

 大きなピンク色のタライにまるまるとした赤ちゃんが、白い腕に乗せられるような格好でこちらを見つめている。

 抱きかかえている撮影者の左肘の内側には楕円形のアザが見て取れた。

「あら、かわいい。紗彩ちゃんカメラ目線ね。」

 にこやかに紗彩に目をやった美幸の視界に、怖いぐらい真剣な眼差しをして写真に食い入る涼子の姿が映った。

「あ、紗彩ちゃん、ごめんなさい。もう一度赤ちゃんの写真、よく見せてもらって良いかしら。」

 いつにない真剣な顔に紗彩は少し戸惑いながらもそのフォトブックを手渡した。

「ちょっとごめんなさい。」

 そう言うが早いか涼子はフォトブックから写真を取り出して、穴が開くほど凝視した後、そっと写真を裏返した。

 裏面にはインクの輪郭がにじんだ字で『紗綾 生後一か月』と書かれているのが読み取れた。

「涼子さん?」

 不思議そうに紗彩が声をかける。涼子は写真と紗綾を何度も見比べると、左手で小刻みに震える唇を覆った。

「ふぅっ・・・うっ・・・」

 涙目になった涼子はそっと写真をカウンターに置くと、着物の袖で口を隠し、バックヤードに走って行った。

「え? 涼子さん? どうしちゃったんですかぁ。」

 カウンター越しに紗彩が声をかけ、皐月が慌てて後を追ってバックヤードに駆けて行った。

「どうしたんだろ? 何か変なもの映ってたのかな?」

 紗彩はしげしげと写真を見つめた。

「さあ、でも何かすごく動揺してるように見えたけど・・・」

 美幸も心配そうにカウンター奥を覗いた。

「三番テーブル、わらびもちセット一つと白玉ぱふぇ一つ、オーダーですー。って、あれ?」

 誰もいないキッチンに驚いて、頼光はカウンター席の二人と顔を見合わせた。



 とにかくオーダーを放っておく訳にはいかないということで頼光はキッチンに入り、支度を始めた。

 白玉だんごを煮る鍋を火にかけた後、業務用のステンレス冷蔵庫からバットを取り出す。

 その中から棒状にカットされたわらびもち二色をそっと取り出して厚めに三切れずつカットして備前焼の平皿に盛り付けた。

 平皿とバットを冷蔵庫に戻した後、そこからパフェ用のグラスとタッパーに入った黄桃、寒天、粒あん、栗甘露煮を取り出した。

「皆本くん、手際が良いわね。」

 感心してカウンター越しに美幸は声をかけた。

 頼光は冷凍庫から白玉だんごを取り出して、煮えた鍋の中に放り込んでから振り向いた。

「まぁ、慣れってヤツ。そんなに難しくない注文ならなんとか出来るよ。で、ウチの女将さん達はどこ行ったの?」

 刻んだ黄桃とサイの目寒天をパフェグラスに入れながら、頼光は美幸達と手元を交互に視線をやりながら口を開く。

「紗彩の赤ちゃんの頃の写真見たら、奥へ引っ込んじゃったの。」

「なんだか泣いてたみたい。」

 何となく腑に落ちないような表情を浮かべながら頼光は、あんこを盛った上にホイップを絞り、鍋の中を覗き込んで白玉の茹で具合をチェックすると氷水を張ったボールを準備した。

 奥から皐月が戻って来た。

「あ、江田さんすみません。わらびもちセットと白玉ぱふぇ入っています。冷蔵庫の中のわらびもちセットの仕上げとお抹茶お願いします。」

「あ、はい。ごめんね、皆本くん。」

 皐月は百人一首の小野小町のプリントされた抹茶茶碗を保温器から取り出し、茶さじを手に取った。

 頼光は、茹で上がった白玉をボールにさらしてグラスに盛り付け、ソフトクリームを盛り、傍らに栗甘露煮を添えた。

 自分の仕事をチェックすると黒漆風のトレイに和柄布をコースターとして敷いたものを二つ用意し、パフェにスプーンとフォークそれに、造花の緑もみじをそっと添えた。

 お抹茶を点てた皐月は、二色のわらびもちに、きなこと抹茶きなこを振り、造花の桜の花弁と共にトレイに据えた。

「わぁ、これもキレイ。」

 紗彩は出来あがった商品を覗き込んで感嘆の声を上げた。

「ありがと。今度注文してみてね。」

 皐月はにっこりと笑ってカウンターの外に出た頼光にトレイを手渡した。

 颯爽と給仕を行う頼光の姿を美幸はカウンター席から見つめていた。

「あの・・・涼子さん、どうしちゃったんですか?」

 紗彩は心配そうに皐月を見上げた。

「う・・・ん。何か、落ち着いたら行くからそれまで店お願いって言われちゃった。」

 戻って来た頼光は事情を聞いてカウンター内に入り、美幸と対面する位置に立った。

「皆本くんて着物似合うのね。何だか着なれているって感じ。」

「ありがと。着物は好きなんだ。それに普段、着ることが多いからね。お稽古事とかも。」

 頼光の言葉にあやふやな表情を浮かべる美幸に、皐月はおかわりのお茶を差し出した。

「美幸ちゃん、鴻池駅から見える大鳥居のある神社、知ってる? あの神社の息子なのよ。皆本くん。」

「正確には宮司の息子ですけどね。」

「あ、紗彩知ってる。毎年子供の日に屋台が出て、境内でキレイな衣装着て舞を踊ってるトコでしょ?」

「え~と。まぁ、間違ってはいないな。」

 困った顔をする頼光に美幸と皐月はころころと笑い、紗彩はきょとんとした顔をしてみんなを見回した。

「それに今年も皆本くんは奉納舞をやるのよね。」

「あ、皐月さん。同じ学校の子が居る時にその話題はやめてくださいよ。」

「え、じゃ、あの踊ってるヒト、皆本さんなんですか?」

 そう言って紗彩はスマートフォンをいじって動画を映し出した。

 そこには豪奢な衣装を身に纏い、薄化粧に紅をさした端正な面持ちの少年が独舞を演じている様子が映し出された。

 小さく笙の音が流れている。

「うわっ、紗彩ちゃん、恥ずかしいから閉じてよ。」

 取り上げようとする頼光から身をかわして紗彩は美幸にスマートフォンを押しつけた。

「あ・・・きれい。」

 画像を見た美幸の口から素直な感想が漏れた。

「まいったなぁ。美幸ちゃん、あんまり言いふらさないでね。」

「え? 名前・・・」

 不意に頼光に名前を呼ばれた美幸は、上目使いでちらりと見た。

「あ、みんなが呼んでたからつい乗っかっちゃった。嫌だった? ごめん。」

「ううん。嫌じゃ・・・ない。」

 美幸は恥ずかしそうに画面に視線を戻した。

「あ、そうなのぉ。」

 皐月は納得したようににやりとしてうなずいた。

「な、何が『そう』なんですか?」

 美幸は目を見開いて皐月を見据えた。

「だって、すぐに皆本くんのコト判ってたじゃない。」

「僕のコト判ってたって?」

「ああっ! 皐月さん、ストーップ!」

 カウンターから身を乗り出して右手をかざす美幸に、皐月はにんまりしたまま口に手を添えて後ずさった。

 程なくして、奥から涼子が鼻を軽くすすりながらやって来た。

 目元のライナーとマスカラはメイクを直したらしく先ほどと感じが違っていた。

「ごめんなさいね。もう、落ち着いたから大丈夫。」

カ ウンターの一団から気遣う声をかけられた涼子は赤い目のまま、ぎこちなく笑ってみせた。


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