第一章/二話狐泉蒼狗編
そこは、見覚えのない森の中であった。
緩い風が木々の葉をガサガサと揺らし、どこかで犬のような遠吠えが聞こえる事以外には、特別何も無かった。
「……ここは一体、私は確か……」
何か思い出そうとするが、不思議な事に何も思い出せない。さっきまでどこにいて何をしていたのか、記憶をたぐり寄せようとしてもその糸は無常にもちぎれているものだけであった。蒼狗は小さくため息を吐くと狐の耳をポリポリとかきながら次の行動を頭の中で思案する。
下手に動くと何があるかわからないが、留まる事に安全性は保証出来ない……。
「……ふむ、とりあえずこの場を離れるしかなさそうだな…」
蒼狗はそう呟くと手のひらを前方に突き出し、気をそこへ送っていく。すると、手のひらの上でふわふわと浮かぶ火炎玉が姿を現した。蒼狗はその火炎玉をしばらく見つめた後、手のひらを握りしめ火炎玉を消し飛ばした。何かを確認したようだった。
「…力は使えるようだ。これなら問題なさそうだな」
蒼狗はそう言うと、青と黄色の瞳を暗い森の奥を向けて何かを決意するように歩き出した。
―――その様子を遠くから見ている黒い集団があった。
頭を数えて4、5人だろうか。皆が皆頭からすっぽりとフードを被り、身体はローブに包まれ性別すら判断する事は出来ない。
集団は蒼狗の動きをただ黙って見つめるのみであったが、動きを確認すると音も無く蒼狗の後を追いかけて行く。
「――あの力、やはり"異能"かと」
集団の一人が先頭を歩く人物に小さく耳打ちする。先頭を歩く人物は振り返りもせずこう言った。
「"異能"かどうかは俺が決める事だ、貴様は黙っていろ」
「……はっ、申し訳ありません」
吐き捨てるように言われた黒服は短い言葉で謝りの言葉を発した。
先頭を歩く黒服は蒼狗の動きを黙って見つめていたが、何を思ったのか急に立ち止まった。後に続く者達もそれに習う。
「…ど、どうし……」
「黙れ。――気づかれたらしい」
気配は消したはずだ、と黒服は僅かに焦りを見せた。本来なら姿も見えないはずだが、蒼狗の目線は、確かにしかとこちらを見ていた。
「……尾行ならもう少し分からないようにして欲しい所だ。私の事をつけてどうするつもりなのやら」
蒼狗は妖狐だ。人間が見えないものもちゃんと見える。それがたとえ異国のものだとしても、だ。
黒服達は身動ぎもせず、次の指示を待つ。下手に動いて殺されても笑えるものでは無い。
「…はっ、流石はお狐様ってか。いやぁ、見くびりすぎていたかな?」
黒服はそう言うと、一瞬の間に蒼狗を取り囲む様にその姿を現した。
蒼狗は一瞬、動きが固まった。突然の事で頭の中での処理が追いつかなかったからだ。
「さて、貴様に見られた以上……生きて帰す訳には行かねぇな」
「…やってみるといい、私はあまり戦いたくはないがね」
蒼狗は黒い手袋をぎゅっとつけ直し、黒服に鋭い眼光を向けた。
黒服はたじろぎもせず、むしろ高笑いをした。
「はははっ!何言ってやがるこいつ…もう勝負はついてんだよ…!」
「…何を言って、まだ何もしてなっ……?!」
「してない」と蒼狗は黒服を睨みながらそう言おうとしたが、何故か言葉を発することが出来なくなっていた。さらには、突然目の前の景色がぐらりと傾いていく。
「……ゆっくりおやすみ、星に選ばれた"異能者"さん」
薄れゆく意識の中で、幼い少女の声が聞こえた、気がした。
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