第一章/第三話 エレディア編
エレディアは、脇目も振らず走っていた。
城下町を走り抜ける途中で他国のメイド―神園アリスとぶつかったのは想定外だったが、良識ある人間で良かったとエレディアは心の底からアリスに感謝していた。
そして、何事もなく城下町を抜け切ると石畳で出来た長い一本道が出てきた。エレディアは遠くを見据えると、50m程先に城門が見えた。
「いよいよ……ラストスパートですわね…」
走り続け息が乱れているが、それを整えながらエレディアは額に浮かぶ汗を手袋で拭う。
城下町の方をちらりと振り向き、追っ手が来ない事を確認すると大きく深呼吸をして両手を前に突き出すと両目を閉じ目の前の空間に力を込める。すると、何処からかバチバチと小さな雷のようなものが現れ、その小さな雷は手元へと集まっていきやがてエレディアの目の前に小さな空間の裂け目が現れた。両目をゆっくり開き、片手を裂け目に突っ込むと瞬間的に杖のような物が引っ張り出される。
杖の先まで全部出すと、空間の裂け目は何事も無かったように口を閉じた。
エレディアが引っ張り出したのは氷のように美しいクリスタルで出来た長杖であった。
先端には丸く大きなエメラルドの宝玉が嵌っている。
"…ここならば、力が使えるはず……"
エレディアはバトン回しをするようにグルグルと長杖を回し、エメラルドの宝玉が嵌る先端を上に向けて
「風の精霊よ、精霊王たる我の声に答えたまえ……!」
全て唱える前に、エレディアの足もとから竜巻のような風が起こりあっという間にエレディアを包んでしまう。
ごうごうと風の声を聞きながら、エレディアは最後の言葉を紡ぐ。
"追い
言い終えると同時に杖を振り下ろすと、竜巻が砕けるように散り、追い風がエレディアの周りを吹き荒れる。
「これなら、飛ぶより速いですわ……!」
エレディアはそう言うと吹き荒れる風に飛び乗り風に流される形でまた走り始めた。
走り始めて10分程経っただろうか。風の精霊の風のおかげか、疲れる事無く城門まで辿り着く事が出来た。
城門は思った以上に高く、そして分厚い物だった。普通の鉄ではなく何か特別な素材で出来ているらしいが、エレディアにはそれが分からなかった。
「なんでしょう……これ…鉄、では無さそうですわね…」
「隣国の姫さまには縁のない素材さ、まぁ…知る事もないがな」
エレディアは弾けるように後ろを振り向く。そこには、何時からいたのか黒いフードとローブに身を隠した人間(あくまでエレディアの推測)が一人立っていた。
「……振り切れません、でしたのね」
ふふ、とエレディアは微笑みながらそう言った。黒いローブの人間はおどけたように両手を上げこう言った。
「魔法を使っただろ?波動が嫌でも場所を教えてくれる。まぁ、行く場所は見当がつくからな」
「…私は、逃げますわ。自分の国へ帰る為に」
「帰らせるわけには行かねぇんだよなぁ、姫さま。あんたは少し知りすぎちまった。だから、俺達の実験体になってもらう」
黒いローブの人間は腰に手を当て、宥めるようにエレディアに言うが、エレディアは首を横に振る。最初から交渉は決裂しているのだ。エレディアがグローロ・エトワール国の城に入った時点で。
「やめといた方がいいぜ、
黒いローブの人間は右腕を平行に空を裂くように薙ぎ払った。
すると、先程までエレディアの周りを吹き荒れていた風は一瞬にして砕け散り、辺りは無風になった。
「……?!ど、どういう事、ですの……」
風の精霊が砕け散った。までは言えなかった。青と緑の瞳の瞳孔を見開き、エレディアは目の前の人間をただ見つめていた。
「言ったろ?最初から勝負は決まってる、ってよ。もうあんたは精霊を使役出来ない。チェックメイトだ」
使役出来ないのはエレディアが一番よく分かっていた。エメラルドは光を失い、エレディア自身も凄まじい倦怠感が襲う。
そして、世界がゆっくりと回り始めた頃にはエレディアの意識はすでに無かった。
―――その一連の動きを気配もなく見つめる、一頭の蒼い狼がいる事を誰も知らない。
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