第17話 『驚愕の女の進撃』
「ん?」
一晩経ってバッテリーと引き換えにセリナのところから帰って来たリオⅡの挙動に僅かに違和感を覚える。
「どうしたの?」
「いや。リオⅡ、なにか変じゃないか?」
「そう?」
俺の意識の一部を組み込んであり、俺と意識を共有してあるからこそ俺が違和感を覚えるだけで、ユメハには違和感を感じ取れないらしい。
(気のせいかな?)
実際、いつも通りユメⅡとくっついて不自然な動きはしていない。
(まぁ、いっか)
違和感と言っても自分でも言語化出来ないような小さなものだし、よく見ていると何が違和感だったのか分からなくなるような些細なものだ。
「それより、それをどうするの?」
戦争が終わったばかりなのでユメハも近衛騎士団の訓練は暫く休みらしく、俺がこれからやる作業を興味津々で眺めている。
「これはあの時、神から簒奪した魂を凝縮して作られた神殺しの弾丸だ」
「でも色が違うんでしょ?」
「そう。こっちが通常の神殺しの弾丸」
神滅兵器【
ちなみに神滅兵器は所有者の魂に結び付いた兵器なので
その神滅兵器に装填されていた弾丸は白い色をしていた。
「こっちは赤と青なのね」
そして、もう1人の俺に宿っていた神から抜き出した魂で作った弾丸は赤と青――というか真紅と蒼穹に染まっていた。
「恐らくだが、篭められた力の容量が桁違いなんだと思う。本来なら15発の弾丸が装填されたマガジンになるんだが、それ以上の力があったから色違いの弾丸という形で固定されたんだ」
「それって凄いの?」
「凄いけど……使い勝手は良くないな」
あまりにも強力過ぎる2発の弾丸よりも、多数の神を殺せる1マガジンの弾丸の方が遥かに使い勝手は良かった。
「でも綺麗な色ね」
ユメハは真紅の弾丸の方を手に取って眺めているが……。
「ユメハの瞳の色の方が綺麗だよ」
「…………」
俺が思わず本音を漏らすとぽっと赤くなかった。
なに、このかわいいいきもの。
朝っぱらから俺はユメハとイチャイチャ、イチャイチャ、イチャイチャして――気付けば昼になっていた。
「むぅ。お休みの日って、どうしてこんなに時間が流れるのが早いのかしら?」
「……楽しいからな」
体感時間の問題で、楽しい時間は短く感じて、退屈な時間は長く感じるものだ。
俺もユメハと過ごす時間は短く感じるので楽しいと感じているのだろう。
「さて。お昼は何処かに食べに行こうか」
ともあれ今日はお休みなので帝都、もしくは転移で何処かにお出掛けしようとユメハを誘う。
「うん♪ あ。これはどうしよっか?」
ユメハは嬉しそうに頷いたが、手に持ったままだった真紅の弾丸の行方を尋ねて来る。
「気に入ったならあげるよ。俺にはノーマルの弾丸がまだ3発残っているからな」
「ありがと♪」
俺からのプレゼントを拒否するようなユメハではないので素直に受け取って腕輪に収納した。
プレゼントと言うには少々物騒な贈り物だけど。
◇◆◇
戦争は終わった。
戦争が終わったからには日常に戻れるわけで、日常に戻ったエミリオとユメハはイチャイチャしていた。
だが、それは《彼ら》の話であって戦後処理に忙しい人達は休む暇もなく働いていた。
特に皇帝は勿論だが、皇太子のフリードリッヒも寝る間も惜しんで働いている。
「皇帝陛下。このサイオンジ公爵家から借りた莫大な借金と、今回の彼らへの報奨はどうするのですか?」
「……後で何とかする」
「報奨は兎も角、借金は白金貨100枚近いです。帝國の立て直しが急務の今、どうやって返す気なのですか?」
「……後で何とかする」
皇太子フリードリッヒの問いに皇帝は同じ返事を返すだけ。
「父上。まさかとは思いますが、私が皇帝になってから何とかしろと言うのではありませんよね?」
「…………」
「父上? 何故黙るのですか? 何とか仰ってください!」
「……今忙しいのだ」
「父上ぇっ~!」
「……公務では皇帝陛下と呼べ」
当然だがサイオンジ公爵家への借金は踏み倒せない。
他のどんな国や貴族に借りた金を踏み倒そうとも、サイオンジ公爵家に借りた金だけは踏み倒せなのだ。
「幸い、奴らは金への執着が薄い。こちらがちゃんと返す意思さえ示せば待ってくれる筈だ。その間に帝國を立て直し、同時に財政も立て直すのだ」
「何十年掛かると思っているのですか! 絶対に私が皇帝になっているじゃないですか!」
「……期待している」
「借金塗れでスタートの皇帝とか、どんな罰ゲームですか!」
普段は冷静沈着なフリードリッヒだが、流石に戦後処理の多忙さと睡眠不足で怒りっぽくなっていた。
まぁ、平時であっても冷静でいられたかは疑問ではある。
「もうエミリオに帝位を渡してしまった方が良いのではありませんか?」
「それは余も考えたが……サイオンジ公爵家に婿に出してしまったからのぉ」
「別に世継ぎは皇帝の実子である必要はないでしょう」
「それも余も考えたのだが……」
そう。エミリオがサイオンジ公爵家の婿に入って、生まれてくるのは娘1人だけだったとしても、皇帝の血筋として他の皇子の子供をエミリオの次の皇帝に添えれば良いというアイディアは皇帝も考えていた。
「だがエミリオが引き受けてくれるとは思えんし、最悪の場合サイオンジ公爵家を敵に回すのでな」
「あぁ~……」
現在のフリードリッヒの正直な本音を語るなら『皇帝になんてなりたくない』である。
彼は確かに野心を持って帝位争いに参加して、それに勝ち抜いて次の皇帝になる意思を持った皇太子だった。
だが、それは同盟軍との戦争が起こる前の帝國の皇帝であって、現在の帝國の皇帝になるというのは罰ゲーム以外の何物でもない。
「サイオンジ公爵家との盟約を書き換え、侵略戦争に参加してもらうのはどうでしょう?」
もしもサイオンジ公爵家が防衛だけでなく侵略にも手を貸してくれるようになれば、確かに直ぐにでも以前の帝國を取り戻すことは出来るだろう。
「悪手中の悪手であろう。奴らが望むのは戦いの場ではなく安穏の居場所だ。奴らはその居場所である帝國を護る為に戦っているのであって、戦いを強制すれば簡単に帝國など見捨てて出て行くに決まっている」
だが、そんなことはあり得ないし、それを強制すればサイオンジ公爵家は簡単に帝國を見捨てて次の居場所を探しに行ってしまうだろう。
勿論、借金の返済も待ってくれたりはしない。
「……野心のない相手というのは扱いにくい」
「同感である」
サイオンジ公爵家が望むのは現状維持であって、それ以上でもそれ以下でもない。
こういう相手は金でも地位でも女でも動かない。
まぁ、サイオンジ公爵家は女系の家だから女は意味がないし、婿に女を宛がうようなことをすれば逆鱗に触れてしまうのだが。
「せめてエミリオだけでも皇子に戻して侵略戦争に参加させることは出来ませんか?」
「ユメハがそれを許すと思うか?」
「……欠片も思いません」
エミリオを皇子に戻すということはユメハとの別離を意味する。
愛情の塊みたいなサイオンジ公爵家の女であるユメハがそれを許す筈もないし、それを強制すれば発狂して帝國を滅ぼしかねない。
比喩ではなく、現在のユメハにならそれが出来てしまうのが問題だ。
「結局のところ、サイオンジ公爵家に頼らずに帝國を立て直す必要があるということですか」
「そういうことになるであろう」
「「…………はぁ」」
これからの帝國の長い苦難の道を思って2人は同時に重い息を吐きだした。
◇◇◇
「んぁ?」
なんだか知らないが、最近のリオⅡはやたらと俺に纏わりついてくるようになった。
朝、目を覚ましたら腕の中に裸のユメハがいるのはいつも通りなのだが、それと同様に顔にリオⅡが引っ付いていることが多かった。
(後でメンテナンスしておくか)
季節はまだ冬。
朝も寒い時期なので腕の中のユメハを抱きしめて暖を取りながら2人で毛布に包まって惰眠を貪る。
まだ近衛騎士団の訓練は再開されていないので今日もユメハはお休みで、ユキナさんも起こしに来ないので朝の時間をまったりと過ごせる。
《~♪》
同時にリオⅡが俺に引っ付いてご機嫌な念波を送ってきたが、至福の時間を満喫するのに忙しかったし、それ以上に眠くて理由を考えるのを放棄した。
結局、昼近くまで惰眠を貪り、起きた後もユメハとイチャイチャしながら服を着せ合ったりしていたので……。
「……あれ?」
「どうしたの、リオ?」
「いや。朝起きた時に何かしようと思っていたんだが……なんだったかなぁ?」
朝に思い付いたことはすっかりド忘れしてしまっていた。
「大事なことなら直ぐに思い出すんじゃない?」
「……そうだな」
まぁ、思い出せないということはそんなに大したことでもなかったのだろう。
「それより今日はどうする?」
「勿論デートに行こう♪」
「うん♡」
ユメハが休暇になって以降、俺とユメハは毎日のようにデートをしていた。
勿論、生き急ぐとか、忙しないとかのセカセカしたデートではなく、近所を散歩するようなまったりデートを。
そもそも、この世界に俺が夢中になるような娯楽とかないしね。
敢えて言うならスマホに搭載されたゲームアプリくらいだが、それだってユメハを放置してまでやることではない。
そうしてお昼を何処で食べようか相談しながら出掛けようとして……。
「すとぉ~っぷ、じゃすとあも~めんっ」
「「…………」」
真面目な顔だけどふざけた言動のユキナさんに呼び止められた。
この人、スマホの検索機能を最大限に使って地球の知識を無駄に仕入れている気がする。
「……何? 今からリオとデートなんだけど」
「私もダーリンとデートしたいから、今日はお留守番していてくれないかしら?」
「嫌」
笑顔で我儘を押し通そうとするユキナさんも凄いが、即答するユメハも凄い。
具体的に言うと2人から漏れる濃密な殺気が凄すぎて気絶しそうです。
というか2組でデートに出掛ければ良いと思うのだが、それはサイオンジ公爵家として誰かが訪ねてきた時に誰もいないというのは、それはそれで問題なのだろう。
この屋敷、ラブラブ夫婦が2組住んでいるだけで使用人とかいないし。
うん。男の使用人がいると妻2人は旦那を屋敷の何処でも誘惑することに支障が出るし、女の使用人は妻2人が許す筈もないからね。
要するに妻の都合だ。
「分かったわ。それなら妥協案として明日。明日私達はデートに行くから、その時は留守番をお願いね」
「むぅ。分かったわ」
そして明らかにそれが最初からユキナさんの狙いだろうという妥協点が提示されてユメハが同意することで2人の殺気は収まった。
やはり女の闘いという意味ではユキナさんの方が1枚も2枚も上手のようだ。
まぁ、俺はユメハと家でまったり過ごすのも嫌いじゃないから良いけど。
そうして俺とユメハはお散歩デートに出掛けることになった。
最近は魚ブームということでお昼は魚料理が良いということになったので港町――帝國ではない港町に食べに行き、その後はのんびりまったりと冬の海辺を歩いてデートだ。
その際、何故かリオⅡが俺の頭の上に乗って来て、それに便乗してユメⅡも俺の頭の上に乗って来た。
「……気のせいだけど頭が重い気がする」
「あはは♪」
この2体は飛翔魔法で飛んでいるので体重を掛けられたりしないのだが、2体も乗っていると気分的に重いのだ。
まぁ、これもデートの気分を盛り上げるスパイスということで良いだろう。
「はぁ~。やっぱり冬の海は寒いね」
「だな」
当然ながら冬の海は寒く、俺達の吐く息も白い。
いや。このくらいなら
「あ♡」
俺はユメハの肩に手を回して抱き寄せて、2人で体温を共有して温め合う。
冬の海でのデートの醍醐味と言ったらこれでしょう。
◇◆◇
「~~~っ♡」
セリナは自室のベッドの上に寝転がりながら悶えていた。
「……お嬢様」
その姿を見て流石にセリナの侍女はこれで良かったのかと思わず苦悩してしまう。
「はふぅ♡ これは強烈ですわぁ♡」
反面、セリナは物凄く幸せそうであったが。
セリナが一体何をやらかしたのか?
彼女は執念と根性の恋する乙女である。
その彼女が思い出を取り戻してから、ユニクスとの婚約破棄だけに労力をつぎ込んで来たとでも思っていたのか?
そう。彼女は自らの研鑽にも時間を費やしてきた。
具体的に言えば幼少の頃にセリナと別れてからのエミリオの軌跡を辿ったのだ。
勿論、幼少の頃のエミリオは極秘に魔術の研鑽を行っていたので全てを辿ることは出来なかったが、それでも可能な限りセリナはエミリオの軌跡を追った。
そうして最初に辿り着いたのはエミリオが使用人達の前で瞑想をしていたという様子だった。
当時の使用人達は意味不明な行動を不気味に思っていたそうだが、セリナが真似をしない理由はない。
彼女はエミリオを追従するように座禅で瞑想をして、その驚異的な集中力を持って自力で深層意識の部屋に辿り着いたのだ。
(ここは……わたくしの心の奥底の眠る風景かしら?)
ユメハのサイオンジ公爵家が剣に優れた公爵家であるのと同じく、セリナのカイリナン公爵家は魔術に優れた公爵家だった。
過去にセリナの洗脳に成功したのも公爵の魔術の腕が優れていたという裏事情があった。
故にセリナの深層意識の部屋は最初から広く魔力が溢れていたし、魔術を使う為の研鑽に必要な物が全て揃っていた。
初期のエミリオの深層意識の部屋とは比較にならない待遇であり、残酷な程の才能の差と言っても良かった。
(これは……使えますわね)
それからセリナの努力と根性による研鑽が開始された。
(でも、今から頑張ってもリオ様に魔術で追いつくのは不可能ですわ)
その時には既にエミリオの驚異的な魔術師としての力を目にしていたセリナは直ぐにエミリオを追従することを諦めた。
同じ方法では肩を並べることは出来ないと悟ったセリナは、別の方法でエミリオと肩を並べる方法を模索したのだ。
そうして到達したのが錬金術師セリナだった。
まぁ、本人は錬金術だと言い張っているが、本職から見れば『それの何処が錬金術だ!』と言いたくなるような斜め上に突き抜けた技術。
触れた物に魔力を浸透させるだけで完全分析を可能にする解析力と、解析した物を完全再現してみせる魔力構築力。
更に解析を終えた物を自らの望む形に魔改造する再構築能力。
これがセリナの新しく手に入れた力だった。
で。その驚異のなんちゃって錬金術でセリナが何をやらかしたのかと言うと――リオⅡを完全解析したのだ。
恋する乙女の勘でリオⅡにエミリオの意識の一部が組み込まれていることは分かっていたので、そのリオⅡを解析して――リオⅡの中に自分の意識の一部を組み込んだのだ。
ハッキリ言うが、これは本来のセリナの驚異のなんちゃって錬金術を持ってしても大きく分を超える行為だ。
練習もせずに自分の意識の一部を他の物質に組み込むなんて神業をセリナが成功させる確率は天文学的に低かった。
低かった筈なのだ。
だが恋する乙女の執念と根性が確率論を殴り飛ばす。
たった一晩という時間でセリナはユメハの目を完全に誤魔化し、エミリオでさえ気のせいと思い込むような完璧な仕事をやってのけた。
まさに奇跡の賜物であり、セリナにとっては神業と言っても過言ではない作業だったのだが――当のセリナからすれば出来ると確信していた。
彼女に言わせれば『恋する乙女は無敵なのだから出来ない筈がない』という意味不明の理論だが。
ともあれ、そういう経緯を持って彼女の意識の一部はリオⅡに組み込まれ、リオⅡの意識を共有することでエミリオと共にいる幸せに悶えていたのである。
幸い、セリナはユメハのような異常な独占欲と異常な嫉妬心を持っているというわけではないので、エミリオとユメハがイチャイチャしている姿を見て複雑な心境には陥るものの、エミリオと共に居られる幸せが勝るので問題視していなかった。
「後は……こっちの処理ですわね」
「お嬢様。本気でやるのですか?」
「当然ですわ」
セリナが次に目指すのは確保したもう1人のエミリオに、リオⅡから解析したエミリオの意識の一部のデータを移植することで完成するエミリオのコピー――通称リオピーを作り出すことだった。
そのネーミングセンスはどうかと思うが、これが完成すればセリナは疑似的にエミリオと触れ合えるし、本物のエミリオにはリオⅡの中に仕込んだセリナの意識の一部でいつでも会える。
勿論、もう1人のエミリオに残った本来の人格などは消し飛んでしまうだろうけれど、そんなことは恋する乙女の前では些細なことだった。
「うふふ。楽しみが増えますわね♪」
「…………」
楽しそうなセリナとは裏腹にゲンナリするセリナの侍女。
だが彼女は最初から知っていた。
公爵令嬢という仮面に隠されているがセリナが根性のある少女だということは勿論だが、セリナの本質はどうしようもないくらいに――強欲なのだということも。
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