第16話 『宿敵に勝ったと思ったら第3の女が覚醒する』

 

 ついに姿を現した帝國に復讐を企み、帝國を何が何でも潰すという執念を持った首謀者の正体は、6歳の時に毒殺され掛けた時に別れたもう1人の俺だった。


 そこに地球の神が力と身体を与えて強化を施したらしいのだが……。


「勝てると思っているのか?」


「少なくとも負けはしないさ」


 それでも戦力はこちらの方が圧倒的に上の筈だが、何故か余裕の態度だった。


「よく分からないけど、とりあえずリオの敵ってことで良いのね?」


「その通りだ」


 ユメハを相手に堂々と敵対宣言。


 どんな隠し玉があるのか知らないが、相手が俺の半身だとしても速攻で決着を付けてしまうべきだ。


 ユメハも同意見なのか、それとも明確に俺との違いを理解しているのか躊躇なく間合いを詰めたユメハは俺が魔改造した刀を振るい……。


「痛ぅ……!」


 奴の左肩を切り裂くと同時に俺に左肩に激痛が走った。


「リオっ!」


「ふはは。この肉体の防御を容易く切り裂くとは見事だが、俺がエミリオの半身であるということを忘れたか?」


 奴は左肩を切り裂かれて血を流していたが、同時に俺の左肩も切り裂かれて血が流れていた。


「お前を攻撃すると、そのダメージは俺にも適応されるってことか」


「俺とお前は同一人物だ。当然の話だろう?」


「……公平ではないみたいだがな」


 俺の傷からは血が流れているが、奴の傷は何もしないままに再生していく。


 ダメージは同等に受けるが、再生する分には差が出るらしい。


「単純に肉体スペックの差だ。この身体は仮にも神に与えられし肉体。防御能力も再生能力も人間のお前とは比べ物にならないのさ」


「逆に防御力が高くて助かったってことか」


 ユメハの手加減なしの攻撃で、おまけに魔改造された刀の一撃にも耐える防御力がなければ俺も即死していた可能性が高い。


「リオ。ごめんなさい」


 だが、何よりもユメハが自分の攻撃が俺を傷付けたと知ってショックを受けている。


「問題ない」


 俺は治癒魔法を使って自分の傷を癒す。


 自分に掛けるのは初めてだが、急速に肩の痛みが引いていく。


「魔術……ではないな。それは魔法か?」


「さぁな」


 これまでに分かったことと言えば、俺が奴のことを知らなかったように、奴も俺のことを詳しく知らないようだということくらいか。


「一応聞いておくが……お前の目的はなんだ?」


「当初の目的であるユニクスへの復讐は果たした。次は貴様を吸収して完全な俺になってから……帝國を滅ぼす」


「……何の為に?」


「無論、復讐の為だ。皇帝は実の息子である俺を廃棄皇子などと呼んで蔑み、毒殺された俺を護ってもくれなかった。俺には皇帝に、延いては帝國に復讐する権利がある」


「……そうかい」


 俺は奴の言葉を否定も肯定もしない。


「逆に問うが、何故貴様は復讐しない? 貴様もユニクスに毒殺され、皇帝には廃棄皇子と蔑まれて生きて来た筈だ。その貴様が何故帝國を護る為に戦う?」


「そりゃ嫁の為に決まっている」


 俺が帝國を護る理由なんてユメハには――サイオンジ公爵家には帝國に居場所が必要だからだ。


 他に理由など一切ない。


「女1人の為に復讐を捨てると言うのか?」


「俺が生まれて初めて手に入れた女だ。大事にして何が悪い?」


「……女など掃いて棄てる程いる」


「?」


 そいつの言葉に俺は逆に困惑して、そして思い当たる。


「お前、ひょっとして前の記憶とか持っていない系か?」


「何?」


「前世で、日本で女に言い寄られて、告白しようとする度に別の男を彼氏だと紹介された経験も思い出していないのか?」


「…………」


 困惑するもう1人の俺――だった奴。


「はっ。道理で女に対する執着心が薄いと思った」


 俺がユメハに執着する理由は前世でのトラウマが原因だ。


 あと一歩で女を手に入れられそうなのに手を伸ばせば逃げていくという喪失感。


 そんなことを幾度も経験して、やっと手に入った女がユメハなのだ。


 俺がユメハを大事にするのは当たり前だし、ユメハに執着するのも当たり前の話。


 ユメハは俺が前世も今世も含めて初めて手に入れた大事な大事な女なのだから。


「それに比べればお前の復讐なんて、どうでも良い」


「…………」


「ハッキリ言ってやるが、復讐なんてつまらないことに拘って女を手に入れる喜びを得られないお前は……なんて可哀想な奴なんだ」


「…………」


「そもそも復讐する理由がちいせぇ。弟に毒殺された? 親に蔑ろにされた? そんなことより女を傷付けられて怒れよ、女を侮辱されて復讐しろ」


「……言いたいことはそれだけか?」


 奴の顔から表情が消えた。


「どうやら俺と貴様は既に完全な別人となっていたようだ。貴様を吸収して完全な俺になるつもりだったが……貴様は殺す」


「……どうやって?」


「俺は自らの心臓を握り潰したくらいでは死なん。だが貴様はどうかな?」


「リオっ!」


 奴に攻撃出来ず、奴の行動を遮る手段もないユメハは焦るが……。


「大丈夫だ」


 俺はユメハを安心させるように宥める。


「ほぉ。何が大丈夫だと言うんだ?」


「もう、十分に時間は稼げた」


「……何?」


 俺が意味のない会話をしていたのは新しい魔法を開発する時間を稼ぐ為。


 そして久しぶりに深層意識の部屋に行って新しい――否、左目の瞳に刻み込まれていた刻印を進化させる為。


 新しい左目は魔力を視認する為の刻印ではなく、神の力を見破る為の刻印。




 故に、その名は破神眼ゴッド・スルー




「なんだ、その瞳は? 貴様……何を見ている? 何が見えている!」


「見えるぞ。お前に宿った神の力が。随分と高位の神を宿らせているみたいだが……それが命取りだ」


 視認さえ出来るのなら、そこからは俺の――魔王の領分。




 故に、神滅兵器【傲慢の王ルシファー】が有効となる。





「それで俺を攻撃する気か? 貴様も死ぬぞ!」


「神滅兵器【傲慢の王ルシファー】が撃ち抜くのは神の魂のみ。貴様に力を与えている神を殺して……喰らう」


「なっ……!」


「ああ。そうそう言い忘れていたが……」


 俺は神滅兵器【傲慢の王ルシファー】を構え奴を狙いながら軽い口調で言い忘れていたことを言う。




「よくも俺の大事な女の心を傷付けやがったな。これが俺の復讐だ」




 ユメハに俺を傷付けさせるなんて真似をして心に傷を負わせた恨み言と同時に――引き金を引いた。


 そして銃口からパンッ! という乾いた音と共に神殺しの弾丸が飛び出して――正確に精密に奴に宿った神に命中した。




 ギヒィィィィィィィィィィィィィィィィッ!




 耳障りな悲鳴が響き渡り、奴の身体から神が分離する。


 そして苦しみ、のたうち、地面を転げまわる。


 魔法使いを殺した時にはオーバーキルで効果も発揮しなかったが、これが本来の神滅兵器【傲慢の王ルシファー】の力。


 神の肉体に神殺しの弾丸が食い込み、中から魂を貪り喰らう。


 喰らうというなら暴食――【暴食の王ベルゼブブ】の領域に思えるが、これは本質的に違う力。


 俺は神に対して俺のルールを押し付け、俺のルールに従って――裁く。


 人が神を裁くという、その傲慢なる振る舞いこそが俺の本質。




 故に、俺の力は【傲慢の王ルシファー】が相応しい。




 魂を喰われながら地面をのたうち回っていた神は、やがて魂を喰われ尽くされて消滅する。


 そして神滅兵器【傲慢の王ルシファー】のマガジンには……。


「あれ?」


 地球の神にしては高位の神っぽかったから1マガジンくらいは弾丸を確保出来たと思ったのだが、手に入ったのはたった2発の弾丸。


 だが、この弾丸。なんだか普通の弾丸とは色が違う。


「……まぁ、いっか」


 とりあえず首謀者に宿っていた神は排除出来たのだし、これで一連の事件は終わりということになるだろう。


「ねぇ、リオ」


「ん?」


 そう思ったのだが何故かユメハが浮かない顔で話し掛けてくる。


「これはどうするの?」


「…………」


 そうしてユメハが指差したのは――完全に脱力して地面に座り込んでいるもう1人の俺だった。


 うん。俺が殺したのは奴に宿っていた神だけだから、もう1人の俺は当然のように健在だったのだ。


 まぁ、力を与えて復讐に走らせていた源が排除されてしまったので、もう自分の意思で動く力もないのかグッタリしてるけど。


「どうって……どうしよう?」


 試しに針で突いてみたが、それで俺にダメージが返って来ることもなかったので宿っていた神の力を失ってダメージを共有する力も失ったようだ。


 こうなるともう無害なのだが……。


「そういえばユニクスも死んだんだっけ」


 ふと思い当たることがある。


 うん。こいつはもう無害だし、皇帝に護ってくれと言われたユニクスは死んでしまったし、そうして髪と瞳の色が違うだけでそっくりな双子がいるわけだ。




 ◇◇◇




「此度の戦働き、天晴である」


「「「恐縮です」」」


 そして俺とユメハとユキナさんは帝都に戻り、皇帝に謁見して戦争の功績を称えられていた。


「海軍の被害は甚大であったが、敵の被害もより甚大。何より帝國の危機を見事に護り通した手腕はまさに帝國の守護者の名に相応しい働きである」


 一通り俺達を褒めてから皇帝はチラリと横に目を走らせて、そこに俯いて佇む見つけて少しだけ嘆息する。


「功績は上げなかったが、よくぞ生きて帰った。貴様の今後に期待する」


「……御意」


 うん。ユニクスの死体は綺麗に片付けて、もう1人の俺に変身魔法トランスフォームを掛けて金髪碧眼にして、更にリオⅡにコントロールさせているのが今の偽ユニクスである。


 とは言っても完全に自我が消し飛んでいるみたいなので、奴は自分が神を宿らせて帝國に復讐しようとしたことも覚えていない。


 単純に動く為のエネルギーすら不足しているから、そのエネルギーを確保する為にリオⅡの補助を必要とする有様だ。


 つまり今もこいつは、もう1人のエミリオであることに変わりはないのだが、リオⅡに操られるだけの人形みたいなものだ。


 まぁ、死体というわけではないので補助エネルギーを確保するバッテリーでも作ってやればリオⅡを解放してやれるし、今のこいつは赤ん坊みたいなものなのできちんと教育すればいずれは自律活動も出来るようになるだろう。






 そうして俺達は皇帝との謁見を終えて玉座の間から退室したのだが……。


「じぃ~……」


 途中で待ち構えていたセリナが何故か偽ユニクスをジッと見つめて視線を離さない。


 思わずササッと視線を逸らす俺とユメハ。


 ちなみにユキナさんはもう家に帰った。


「じぃ~……」


 凝視するセリナから再びササッと視線を逸らす俺とユメハ。


「それで、このユニクスに偽装したリオ様は何なのですか?」


「リオをリオって呼ばないで」


「お断りします」


 即座に偽ユニクスの正体を見破ったのも凄いが、それ以上にユメハに正面から喧嘩を売る度胸が凄まじい。


 というか、こうして話すのも久しぶりの筈なのに普通に話せるのも凄い。


 とりあえず場所を移して話をすることにした。






「つまり、この方はもう1人のリオ様ということですか?」


「リオをリオって呼ばないで」


 説明の結果、セリナはそういうふうにもう1人の俺を理解した。


「お断りします。それなら丁度良いではありませんか。こっちのリオ様はわたくしが頂きますわ♪ ユニクスとの婚約も解消しなくて済みそうですし」


 そして、なんだかとんでもない提案をしてきた。


 それはありなのか?


「そうは言っても私達が出会う前のリオから分離しているわけだから、私達とは出会わなかったリオってことよ。あとリオをリオって呼ばないで」


「お断りします。わたくしが精一杯お世話をすれば結果的にリオ様になるということですし、わたくしの心がこの方はちゃんとリオ様だと判断しておりますわ」


「リオをリオって呼ばないで」


「お断りします」


 火花を散らして睨み合うこの2人は仲が良いんだか悪いんだか。


 まぁ、セリナが偽ユニクスを引き取ってくれるならあげちゃっても良いんだけどね。


 一晩もあればバッテリーは作れるだろうし、リオⅡの補助も必要なくなるだろう。


 何よりセリナとユニクスの婚約は俺とユメハの心に棘のように突き刺さっていた出来事なので少しは安心出来るようになる。


「私はなんか複雑」


「ユメハ様はこちらのリオ様に対して独占欲や嫉妬心を発揮されていないのでしょう?」


「……しないけど」


 ユメハが出会って見定めたのはあくまで俺であって、もう1人の俺ではない。


 ユメハにとっては俺という人間は俺で完結しているので、今更もう1人の俺が出て来ても独占欲や嫉妬心を刺激されないらしい。


 でも俺と同一人物でもあるわけだから、やはり複雑な気分になるようだ。


 地球の神は余計なことばかりする奴らだが、これに関しては都合が良いので利用させてもらうとしよう。


「問題はこれにユニクスの代わりが務まるかだが……」


「ああ。それならわたくしが婚約破棄する為に悪評をばら撒いたので、既に側近も使用人も居ませんので問題ありませんわ」


「…………」


 それは問題ないと言って良いのだろうか?


「問題があるとすれば例の2人組ですが……」


「あれなら俺が適当に暗示でも掛けておけば良いだろ」


「ありがとうございます♪」


 ユニクスの陣営に付いたおかげで唯2人生き残ったチート転生者。


 2人くらいなら催眠魔法でどうにでもなる。






「なんか妙なことになってしまったわね」


「だな」


 色々な問題を片付けて、やっと部屋で2人きりになった俺はユメハとソファで寄り添って話をする。


「セリナ、本当にアレで良かったのかな?」


「さぁ?」


 本当に良かったと思っているかもしれないし、無理をしているのかもしれない。


 分かっていることは俺とユメハにはどうしようもない問題だということくらいだ。


 6歳の頃に俺と分離して地球の神によって肉体と力を与えられ、復讐心を植え付けられて育ったもう1人のエミリオ。


 神が抜けたことで復讐心は消えたようだが、同時に神に支えられていた自我も消えた。


 そもそも奴は前世の記憶を持っていなかったし、魔法は勿論だが魔術も使えないようだった。


 勿論、神滅兵器【傲慢の王ルシファー】なんて使える訳もない。


(ということは地球で集めさせられた負のエネルギーは全て俺が持っていたことになる)


 どちらが本物かと問われたら勿論、俺だと答えられるけど――あちらが偽物なのかと問われたら分からないとしか答えられない。


 これからセリナの献身によって、あいつはセリナの為のエミリオに変わっていくだろう。


 前世を思い出せなくても、もう1人の俺である限り地球でのトラウマは残っているだろうし、セリナを手に入れればセリナを大事にするに決まっている。


「リオったら悩みすぎ」


「うぅ。考えても仕方ないと分かっているけど考えてしまう」


「疲れてるのよ。今は……ゆっくり休みましょう」


「……うん」


 俺はユメハに寄り掛かるようにして――瞼を閉じた。




 ◇◆◇




「お嬢様、本当によろしかったのですか?」


 セリナの侍女はもう1人のエミリオを手に入れたセリナに問いかける。


「……よろしくないですわ」


 勿論、セリナが納得している筈もない。


「でしたら……」


「ですが、チャンスであることもまた事実」


「どういう……?」


「分かりませんか?」


「???」


 セリナの侍女にはセリナの言うことは分からない。


「確かにこちらのリオ様はわたくしのリオ様ではありませんわ」


「はい」


「ですが……」


 そっと手を伸ばして偽ユニクスの肩の辺りに浮かんでいた球体――リオⅡを手に取って愛おしそうに抱きしめる。


「こちらは間違いなく、わたくしのリオ様ですわ」


「はぇ?」


 セリナの感覚が、その本質を見誤らない恋する乙女の驚異的な直感がリオⅡの中に宿るエミリオの意識の一部を捉えていた。


「うふふ。わたくしに一晩とはいえ時間を与えてしまうなんて……ユメハ様もまだまだ甘いですわ」


「えっと……お嬢様?」


「さぁ。今晩中に仕上げてしまいますわよ」


「な、何をでしょうか?」


「うふふ」


 セリナは答えない。


 けれどセリナの侍女は、この道の先にこそセリナの幸せがあるのだと信じて従うことにした。




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