第15話 『戦争は順調で黒幕を発見する』

 

 春になった。


 冬が明けて暖かくなって来たのは良いのだが、それと同時に来て欲しくないものも一緒に来てしまった。


 そう。帝國を侵略する為に海を渡って来る大艦隊である。


 今回も皇帝からは既にサイオンジ公爵家へ要請が来ていて、俺とユメハ、それにユキナさんが港町の一軒家を陣取って戦況を見守っていた。


 勿論、俺の右の瞳の地図魔法ワールドマップを宙に投影して。


「多いわね」


「まさに大艦隊だな」


 確認出来るだけで大小合わせて1000隻近い船が帝國に接近中だ。


「ぶっちゃけ、先制攻撃さえ出来れば魔法で津波を起こして残らず沈没させられるんだけどねぇ」


「でも、それをやるとサイオンジ公爵家が居場所を失うのよねぇ」


 俺が嘆息しながら呟いたら、ユキナさんはスマホを操作しながら言い返して来た。


 うん。ここに来てからずっと旦那さんにメッセージを送り続けているんだ。


 旦那さん、本当にごめんなさい。


「いつも通り最初は様子見ってことだな」


「リオ。この艦隊っていつぐらいに帝國に来るの?」


「天候として嵐は期待出来ないけど、魔物にはしょっちゅう遭遇しているみたいだから、まだ2週間くらいは先じゃないかな」


「……時間はあるのね」


 そう。時間はあるのだ。無駄に暇な時間が。


 お陰で俺は毎晩のようにユキナさんを帝都のサイオンジ公爵家に送り、朝には迎えに行くという苦行をする羽目になっている。


 まぁ、俺も毎晩ユメハと2人きりという状況になれるので役得ではあるのだが、それでも戦争なんて早く終わらせてゆっくりとイチャイチャしたいものだ。


「向こうは随分と緊張しているみたいだけど」


 対して何故か今回の戦争に参加を表明したユニクスと2人のチート転生者の姿を地図魔法ワールドマップを拡大して映し出すとガチガチに緊張して顔が青褪めていた。


「こいつら、なんで今から緊張しているの? 私達じゃなくても敵が来るのはまだまだ先だって分かっているでしょうに」


「初陣なんだってさ」


 この戦争に参加する際に皇帝から念の為にユニクスの様子を見て欲しいと頼まれた。


 勿論、俺はサイオンジ公爵家の一員として戦うので海戦で戦うであろうユニクスのフォローは出来ないと言ったのだが――出来る限りで良いと言われて渋々引き受けた。


「普通に邪魔よね」


「邪魔だな」


 当然のように第5皇子であるユニクスが戦場に出るのだから1つの艦隊を任されることになり、その艦隊の指揮官を務める将軍は凄く迷惑そうだった。


 唯でさえ軍船に乗り込むのは新兵ばかりの海兵だというのに、その上でユニクスなんて初陣の足手纏いの面倒を見なければいけないのだから彼の苦悩も分かろうというものだ。


 まぁ、ユニクスは兎も角、残りの2人は開戦まで逃げずに残っていられるかは至極疑問だが。


 緊張で食事も喉を通らないみたいだし、更に腹を壊しているのか頻繁にトイレに駆け込んでいる。


 逃げる前にドクターストップが掛かる方が先かも。




 ◇◆◇




 エミリオの予想通り、敵の艦隊が帝國の海域に入ったのは2週間後。


 魔物の被害によって艦隊の数は900程まで減っていたが、それでも帝國の艦隊が300程なので圧倒的な戦力差と言っても良かった。


(絶望的じゃないか!)


 その報告を受けてユニクスは叫びこそしなかったものの、元々青かった顔を益々青褪めさせた。


(ぼ、僕は皇帝になる男だ。こんなところで死んでいい人間じゃないんだ!)


 ユニクスは必死に自分を鼓舞させて身体の震えを抑えようとしていた。


「うぷ。は、吐きそう」


「は、腹が……トイレ行ってきていいですか?」


「…………」


 不幸中の幸いと言うべきか、自分より絶望的な顔をしている2人――北沢隆司と南場陽介が居たので幾分冷静になることが出来た。


(役立たずと思っていたが妙なところで役に立つ)


 更にユニクスが周囲を見渡せば、船に乗り込んだ海兵は新兵ばかりなのでユニクスに負けず劣らずの青い顔をしている奴ばかりだ。


「艦長。開戦までどのくらいだ?」


「……開戦の合図がありますので、その時が開戦です」


「そうか」


 流石のユニクスも『勝てるか?』なんて馬鹿なことを聞けなかった。


 敗色濃厚なのは最初から分かり切っていることで、だからこそ敵に上陸されることを想定してサイオンジ公爵家が背後に控えているのだ。


 この世界の海戦の基本は最初に射程内に入った時点で矢と魔術の撃ち合い。


 更に接近すれば船をぶつけて杭状になった先端をぶつけて敵の船に突き刺して動きを止めて、それから敵の船に乗り込んで白兵戦だ。


 勿論、それは敵の船が乗り移れる大きさであればの話で、敵の船が大型船なら矢にロープを結び付けた物を撃ち込み、それを伝って敵の船に乗り込むことになる。


 その場合、大抵は乗り移る前に海に叩き落されるが。


 そうしてユニクスが海戦の基本戦術を確認している間に魔術が空に打ち上げられて――開戦の合図が鳴らされた。






 当たり前の話だが帝國の海軍は敵の数が自分達の3倍という時点で士気は底辺に近かった。


 それでも開戦の合図を受けて敵の船に矢や魔術を撃ち込み――当然のように3倍の矢と魔術が返って来て多くの船が沈んだ。


 まぁ、敵の船が一斉に攻撃してくるわけでもないので流石に3倍というのは彼らの錯覚だが。


 だが多くの船が沈められて更に士気が下がったのは事実。


 そこに敵の船が突っ込んで来て、船に杭を打ち込まれ、敵が乗り込んでくる。


 これも当然だが海の上に浮いている船の上は揺れる。


 この揺れが曲者で、地上と同じ感覚で戦おうとしても上手くいかない。


 そういう訓練を受けていても慣れてはいない帝國の海兵達は敵のベテランの海兵によって次々と斬り捨てられて数を減らしていく。


 勿論、一方的にやられているわけではなく、帝國の海兵も反撃に転じるのだが――減っていく数は明らかに帝國の海兵の方が多い。


 元々数に差があり練度にも差があったのだから当然の結果だ。


 時間が経てば経つほど帝国海軍は不利になっていき、どんどん船が沈んでいった。






「か、艦長! 我々は戦わなくて良いのか?」


 その光景を見ていたユニクスは海の上で戦場になっている場所から離れて傍観する立場に立っていた。


「あそこに突撃して行って戦いに参加するのですか?」


「ち、違うのか?」


「……死にますよ?」


「っ!」


 元よりユニクスが率いる艦隊はユニクスを護るという大義名分の元、海戦に参加する予定はなかった。


 最初から海戦で勝てる見込みはなかったし、帝國が戦ったというポーズの為の参戦だ。


「そ、それでは我々は何の為にここに居るんだ?」


「そりゃ、敵艦隊にサイオンジ公爵家への道を開く為ですよ」


「…………」


 そう。敵艦隊に分散されて複数のルートから帝國に上陸されては困るから、こうして複数の艦隊がユニクスのように敵の道を作る為に傍観しているのだ。


 敵としても真っすぐ上陸出来る道が既にあるのに、態々ユニクスが率いる艦隊を相手にして横道に逸れる必要はない。


 既にユニクスだけではなく複数の艦隊が味方の艦隊を囮にして敵の道を作っている。


 全てはサイオンジ公爵家がいる場所に、より多くの敵を引き入れる為に。


(これでは、これでは僕は何の為に参戦したのか分からないじゃないか!)


「下手に敵を刺激しないでくださいよ。冗談抜きで……死にます」


「っ!」


 憤慨するユニクスだが、今の彼に出来ることは傍観することだけであり――その屈辱に耐えることだけだった。




 ◇◇◇




「来たわね」


 ユメハの言葉に俺は見ていた地図魔法ワールドマップから顔を上げる。


 海戦が始まってまだそれほど時間が経っていないが、帝國の海軍は半壊して海の藻屑となり、半数は敵の進路を作る為の道となっていた。


「誰が考えたのか知らないけど、効率的と言えば良いのかえげつないと言えば良いのか」


 これなら確かにサイオンジ公爵家が最大限に力を発揮出来るかもしれないが、生き残った味方艦隊はさぞ屈辱に震えていることだろう。


「少なくともユニクスでないことは間違いないわね」


「だよなぁ」


 恐らく皇帝か、皇太子となった第1皇子のフリードリッヒのどちらかが考えたのだろう。


「さて。それじゃ……」


 続々と船から帝國の陸地に上陸してくる敵兵士達を眺めながら俺は……。




「こっちでも開戦の狼煙を上げるとしますかね」




 指をパチンと鳴らして爆炎魔法をお見舞いした。






 こう言ってはなんだが、今回は非常に楽な戦争だった。


 俺達は敵が船の上にいる間は手出し出来ないが、それは逆に言えば船から攻撃されない位置を陣取っておけば良いだけの話であり、敵が船から地上に上陸して来たら俺は速攻で魔法を叩きこみ、ユメハは俺の強化魔法を受けて突撃し、ユキナさんが何処かしらで無双している。


 敵の数は膨大なのでドンドン船から兵士が上陸してくるが――ある程度溜まってから爆炎魔法を叩きこむだけの簡単なお仕事になっていた。


 勿論、敵の方でも態々俺の魔法の餌食になるつもりはないので色々と工夫をして上陸するのだが、そういう小細工を食い破るくらいには俺の魔法は強力なのだ。


「リオ。一旦攻撃を止めて引き付けて」


「了解」


 だが流石にやり過ぎたのか上陸してくる兵士が減って来て、ユメハの進言によって俺は攻撃を中断した。


 こちらからは船に攻撃出来ないという制約が厄介だ。


 敵はまだまだいるみたいだし、今回も何日も掛かりそうだった。




 ◇◇◇




 開戦してから既に5日目。


 大多数の敵は俺達で仕留めているものの、流石に全てを食い止めることは出来ないので少数は上陸して突破されてしまった。


 まぁ、そっちの方は陸上で待機していた帝國軍にお任せするしかない。


「ふわぁ~……緩急を付けて適度に休むって難しいなぁ」


「うん。もっと敵がいっぺんに来てくれれば楽なのに」


 俺とユメハは交互に休みながら戦っていたが、流石に5日目ともなると疲れが溜まって来た。


 ユキナさんは1人で元気に遊撃してたけど。


 だが時間を掛けただけあって敵の兵も大分削れたと思うのだが……。


「ん?」


「何かしら?」


 そこに一隻の船が近付いて来て、その船からバラバラの装備を纏った者達がドンドン上陸してきた。


「敵の増援?」


「いや。あれは……」


 それは予感ではなく確信。




「……チート転生者の軍団だ」




 どういう経緯があったのか知らないが、ユニクスが囲っていた2人のチート転生者以外の殆ど全員と思わしき者達が一斉に帝國に攻め込んで来た。




 ◇◆◇




 彼はこの時を待っていた。


 彼は復讐の時を待っていた。


 その為に雌伏の時を費やし、怨念を溜め込み、入念に準備を整えて来た。


 彼にとって大陸治安維持同盟は囮に過ぎなかった。


 敵の戦力を測る為の物差し。


 正確には敵の最大戦力――サイオンジ公爵家の力を測る為の物差しだ。






 そうして準備を整えて戦力を整えた。


 彼はユニクスと同じ力を持っていた。


 ユニクスが神から――地球の神から与えられた《扇導師》の力を持っていた。


 だがユニクスと決定的に違ったのは、彼はチート転生者を自らの手で集めたということ。


 ユニクスのように相手が集まるのを待つのではなく、自らの足で動いて集めて回ったのだ。


 結果として彼は北沢隆司と南場陽介の2人を除く全てのチート転生者を集めて指揮する立場になった。


 そして彼は最初に消耗戦を仕掛けた。


 集めた艦隊に乗っていた戦力を小出しに、休ませることなく連続で出し続けることによって敵の消耗を狙った。


 そして戦力がなくなって相手が消耗したところでチート転生者の軍団を繰り出したのだ。






 狡猾と言えばこれ以上なく狡猾だろう。


「ヒャッハー!」


 最初に飛び出したのは《10倍のパワー》というチートを持った大柄の男。


 そのパワーに身体能力が付いて行かなくて慣れるまで時間が掛かってしまったが、それでも圧倒的過ぎるパワーを持って全てを薙ぎ倒すチートの持ち主で……。


「邪魔」


「っ!」


 ユメハの刀で首を断たれて即死した。


 いくらパワーが凄かろうと動きは素人同然だし、パワーが強くても防御力が紙では当然の結果だった。


「ふは。私は奴のようにはいきませんよぉ!」


 次に挑んできたのは《超再生》のチートを持つ細身の男。


 彼は不死身のチートを望んだが、それは無理だと言われたので妥協して超再生というチートを貰った男。


 どんな大怪我だろうと数秒もあれば再生するというチートで……。


「はいはい。あの世でやっててね」


「っ!」


 ユキナに脳天から股下まで真っ二つにされて絶命した。


 どんな大怪我でも再生出来るが、即死しては意味がないので当たり前だ。


 他にも超耐性というどんな攻撃にも耐えきれるチートを持った男がいたが、エミリオの魔法を食らって消し炭となった。


 この世界の法則だと魔法には対象外なのでどんな耐性があろうと意味がない。


 次は超加速という高速で動けるチートを持った男がいたが、ユメハの居合の間合いに入ったので即座に斬り捨てられた。


 移動速度と攻撃速度を比べたら攻撃速度の方が速いのだから当たり前だし、ユメハの動体視力と攻撃速度なら尚更である。


 暗殺技能のチートを持った男がエミリオの背後に回り込んで猛毒のナイフで首を掻き斬ろうとしたが、絶対防御壁アイギスに阻まれた上に身体強化されたエミリオの拳を顔面に食らって頭を爆散させた。


 相性が悪すぎたとしか言いようがない。


 なんか凄いチートを持った男がいたが、よりによってユキナに挑んでしまったのでチートを発揮させる間もなく細切れになって死亡した。


 こっちは挑んだ相手が悪すぎた。


 様々なチートを持った男達が様々な方法でサイオンジ公爵家の3人に挑んだが、1つの例外もなく返り討ちに遭っていた。


 既に5日も戦い続けているので消耗もしているし、相手はAクラス冒険者~Sクラス冒険者の実力を持つチート転生者が100人近くいる。


 だが逆に言えば致命的に消耗しているわけではないし、相手はだ。


 結果、チート頼りで覚悟も度胸もないチート転生者達は腰が引けて逃げようとしたが逃がしてもらえる筈もなく、次々と仕留められていった。






「…………」


 その光景を見ても彼は冷静だった。


 予定通りというわけではないが、想定外ではなかったからだ。


(消耗戦を仕掛ける戦力が不足していることは分かっていたし、チートを持っただけの雑魚が勝てる相手ではないのも分かり切っていたことだ)


 サイオンジ公爵家に消耗戦を仕掛けるなら最低でも今回の10倍以上の戦力が必要だし、チートを貰っただけの元引き籠りが勝てるほどサイオンジ公爵家は弱くない。


 そもそもの話、転生神がエミリオに対して愚痴のに伝える程度の相手なのだから、脅威であるわけがなかったのだ。


(だが……捕らえたぞ!)


「…………え?」


 その全てを理解した上で、彼は自分の目的を――復讐を達成する。


 背後から心臓を刺されて呆然としているのは、何も出来ない現状に無力感を感じつつも、せめて戦場の様子だけでも確認しておこうと単独で残っていたユニクス。


「な……んで?」


「貴様に殺された恨み……確かに晴らさせてもらった!」


「…………」


 そして自分が誰に殺されたのかも分からないままユニクスの目から光が消えて――崩れ落ちた。




 ◇◇◇




「お前は……」


「え? 嘘」


 俺達がチート転生者達を片付けると、近くで様子を伺っていたユニクスが背後から心臓を刺されて絶命した。


 だが俺とユメハが驚いたのはユニクスの死にではなく、その背後から心臓を突き刺した犯人に対して。


「……リオ?」


「…………」


 そう。ユメハが目を見開いて驚く程に、そいつは俺と瓜二つだったのだ。


 黒髪で虹彩異色症オッドアイという点も、背丈も顔立ちも何もかもそっくりだった。


「でも違う。私のリオじゃない」


 同時にユメハは否定する。


 こいつと俺とは別の存在なのだと。


「その通りだ、ユメハ=レイオ=サイオンジ。俺は……エミリオ=オルテサンド=アルシアンであってエミリオ=オルテサンド=アルシアンではない」


「……長いからエミリオで頼む」


 どうでも良いけど俺の第4皇子だった頃の名前は長過ぎてややこしいので名前だけをリクエストしておいた。


「まぁ要するに、俺は6歳の時にユニクスに毒殺された方のエミリオだ」


「……もっと詳しく」


「6歳の時に毒殺されて2つに別れてしまったエミリオの片割れ。そこから更に地球の神に力と肉体を与えられた存在だ」


「うわぁ~」


 また地球の神の横槍かよぉ。


 というか、こいつが首謀者だとすると帝國を衰退させた犯人も俺ってことになるんですけど。


「そして、俺は貴様を吸収することで俺として完成する」


 うん。だと思ったよ。


 ユニクスに復讐する為に虎視眈々と機会を伺っていたのは分かったが、それで終わりにするにはあまりにも遠回り過ぎる。


 今度はもう1人の俺を打倒する必要がありそうだった。




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