第14話 『嫁に文明の利器を持たせたらヤンデレ化が進む』

 

 帝國の冬の朝は寒い。


 この世界に暖房なんて便利な物は存在しないので俺は冬の朝というのがずっと苦手だった。


 魔術及び魔法が使えるようになってからは部屋を暖めることは出来るようになったが、眠い朝に魔法を構成するのが億劫なので……。


「ふにゅぅ~♪」


 今は裸のユメハの暖かくて柔らかい身体を抱きしめて一緒に毛布に包まって暖を取るのが楽しみになっていた。


 ユメハも微睡ながら俺に抱き着いてスリスリと身体を擦り付けるようにして体温を分け合って……。


「おはよう。もう朝よぉ~」


「「…………」」


 もう少しで一線を超えられそうなくらい雰囲気が盛り上がりそうになるとユキナさんに叩き起こされるのが俺達の日常となっていた。


 いや。俺もユメハも裸のままなので流石に本当に叩き起こされたりはしないが、それでも強制的に目を覚まさせられるのは本当の話だ。


 流石に殺気を放って起こしているわけではないと思うが、それでも何故か強制的に覚醒させられてしまう。


 ユメハも将来的にはあれが出来るようになるのだろうか?






 金策が一段落した――というか俺が冒険者ギルドでブラックリストに登録されてしまったので強制的に金策は終了した。


 とりあえず皇帝にも確認してみたが、一応戦費は賄えるだろうという話だったので、これ以上稼ぐ必要はないらしい。


 今日も近衛騎士団の訓練に向かうユメハを抱擁とキスで見送って――俺はスマホの改造に着手することにした。


 第1号はユメハに進呈したものの、やはりメール機能くらいは完備させたい。


 そういう訳で俺はスマホの解析を頑張っているのだが……。


(やっぱり1人じゃきついなぁ)


 俺が専門家じゃないということもあるが、やはり協力者の1人くらいは欲しいところだ。


 ユメハは頼りになるけど、今必要なのは現代日本の知識を持った協力者だ。


 プログラム関連に詳しい人間なら尚良し。


 まぁ、そんな人物に心当たりがあれば、こんなに苦労していないんだけど……。


(そういえば、あいつらも日本からの転生者だったな)


 ふと思い当たったのはユニクスの客人となっている黒髪と茶髪のチート転生者。


 根性がなくて今もユニクスの施す訓練をヒーヒー言いながらダラダラ受けている、本当にチートを持っているのかと疑問になるような2人組だ。


 勿論、俺が直接接触するというのは論外だが……。


(やりようはいくらでもあるな)


 奴らが頼りになるとは思えないが、念の為に確認しておくか。




 ◇◆◇




 今日もユニクスはチート転生者2人を相手に頭を抱えていた。


「貴様ら、いちいち休憩しようとするなぁ! 背を曲げずに直立の体勢で走れぇっ!」


「「えぇ~……」」


「いちいち口答えするなぁっ!」


 北沢隆司と南場陽介は少しでも時間があると座って休憩しようとするし、走る時は可能な限り身体を丸めて走る。


「だって寒いじゃないですか」


「もっと厚着させてくださいよぉ」


「や・か・ま・し・い!」


 彼らの言い分としては《冬だから》らしい。


 長年、寒い冬には暖房の掛かった部屋でぬくぬくと過ごしてきたので寒さに対して耐性がないのだ。


「ユニさんってなんか怒りっぽいよなぁ」


「カルシウムが足りてないんじゃないかなぁ?」


「黙って走れぇっ!」


 更に言えば走るにしてもダラダラと雑談しながら走る。


 近衛騎士団の訓練を知っているユニクスから見れば、怒鳴るなという方が無理な話だった。






 そして休憩時間。


 どちらかと言えば北沢隆司と南場陽介の2人よりも怒鳴り疲れたユニクスの為の休憩時間なので、ユニクスは2人と別れて自室に戻って行く。


「なんか想像していた異世界生活と違う」


「ユニさんの前では異世界とか言えねぇしな」


 地球の神によって制限を受けている2人はユニクスの――純粋なこの世界の人間の前では現代日本の情報を漏らすことが出来ない。


「それにしても退屈だなぁ」


「せめてスマホくらいあれば良かったのに」


 退屈そうに休憩する2人は愚痴を漏らして――その2人の前にスマホがポトリと落ちて来た。


「「……え?」」


 2人は困惑し、顔を見合わせて、恐る恐ると地面に落ちたスマホを拾い上げる。


「スマホだよな?」


「スマホだね」


 2人は頷き合ってスマホに注目し――南場陽介は無造作にスイッチを入れた。


 何の問題もなくスマホの画面が表示され……。


「アプリが何も入ってねぇ」


「通話もメールも出来ない」


 無意味なガラクタであることを悟ってガックリと膝をついた。


 だがガックリする2人とは裏腹に、スマホには自動で文字が書かれていく。




《このスマホをヴァージョンアップさせる為にご協力をお願いします》




「「ほぁ?」」


 暫し2人は困惑し、その文字の意味を把握するのに時間が掛かっていたが……。


「これはつまり、俺達でスマホの機能を自由に追加出来るってことか?」


「これは面白そうですね。これぞ異世界って感じですよ!」


 意味を悟ると2人は夢中になってスマホを弄り回し始めた。






 2人は昼夜を徹してスマホの機能を追加させることに熱中した。


 本来であれば彼らにスマホの機能を追加させるような技能はなかったのだが、スマホにあらかじめ掛けられていた催眠魔法によって脳から記憶を引きずり出され、地球のネットで検索した知識を存分に発揮させて劣化プログラマー並の実力を発揮させたのだ。


 地球では無駄に時間が有り余っており、更に色々なサイトを無意味に巡ってきた2人の無駄な経験が生かされた瞬間だった。


 彼らによってメール機能は早々に追加されたが、それだけでは納得いかなかった2人によってL●NE機能にパワーアップを果たし、この世界で欲しいと思っていた地図機能を再現させて、ついでに電卓機能やメモ帳機能が追加された。


 更に2人にも原理は不明だが、地球のネットに接続されて検索機能までもが使えるようにしてしまった。


 だが、ここまでは彼らにとって前座に過ぎない。


「よし。俺が地球で嵌っていたゲームアプリを追加するぜ!」


「それなら僕もやっていたので手伝いましょう!」


 2人は今までにない情熱を持って様々なゲームアプリをスマホに組み込んでいったのだった。






 そうして2人がやっと満足出来るスマホが完成した。


「ふふふ。これぞチートというべきだな」


「やっと異世界生活が楽しくなってきましたねぇ」


 2人は1つしかないスマホを奪い合うように遊び倒して……。




《ご協力ありがとうございました。このスマホは5秒後に自爆します》




「「…………は?」」


 唐突に意味不明なメッセージが表示されて硬直した。


 そして有言実行でスマホは爆破されて、近くにいた2人は吹っ飛ばされて意識を失ったのだった。




 ◇◇◇




 性格と言動はどうかと思うが、流石は元日本人。


 しかも両方とも多少はプログラム関係にも触れたことがあるのか、スマホを通じて催眠魔法で暗示を掛けたらネットで調べたと思わしき情報を引き出すことにも成功した。


 2人は昼夜を徹してスマホを弄り回し、追加したい機能をドンドン好き勝手にプログラムを組んで追加してくれた。


 勿論、そのままでは使い物にならないので俺の方で魔法で再現する必要があるのだが、以前までの進捗を考えれば急速にスマホは進化していった。


 今までは相手を指定して念話する機能くらいしかなかったのだが、メール機能が追加されて、電卓機能が追加され、メモ帳機能が追加され、地図機能が追加され、メール機能から進歩させたL●NE機能が追加され、他にも様々なゲームアプリが追加されていった。


 嬉しい誤算だったのは地図機能で、俺の地図魔法ワールドマップと連動させることで惑星単位の位置情報を知ることが出来るようになったことだった。


 更に地球との中継点を立てることによって地球のネットに接続させて検索機能などを有効にすることが出来た。


 まぁ、この中継点は極小の転移門を開いて、こちらの世界から魔素が向こうの世界に漏れないように工夫するのが大変だったけど。


 ともあれ役立たずと思っていたチート転生者2人のお陰でスマホは格段のパワーアップを果たしたのだった。




《ご協力ありがとうございました。このスマホは5秒後に自爆します》




『『…………は?』』


 勿論、協力してくれたからと言ってスマホを渡す義理はないので、情報収集用にスマホは役目を終えると同時に爆破処理した。


 あいつらの手垢がベタベタついた危険物をユメハに持たせるなんて以ての外だし、俺が使うのも論外だ。


 既にヴァージョンアップしたスマホは俺の手の中にあるし、後はユメハのスマホをヴァージョンアップさせるだけだ






「なんか色々あって、何をしたら良いのか迷うわね」


 ヴァージョンアップはしたけどユメハ本人は多機能過ぎて使いこなせないみたいだが。


「とりあえず念話機能とL●NE機能、それに地図機能さえ使えれば問題ないと思う」


 スマホである意味は失われる機能制限だが、重要なのはユメハの使い勝手なので他の機能とかはいらない。


「へぇ。これを使えばいつでもリオに文字が送れるし、リオが何処にいるのかも一目瞭然なのね♪」


 正確に言えば俺ではなく、俺の持つスマホの位置情報なのだが――まぁ、同じようなものか。


「こうかな?」


 ユメハは早速L●NE機能を使って俺にメッセージを送って来た。


《リオ、愛してる♡》


「…………」


「あん♡」


 俺は無言でユメハを抱きしめた。


 いつもお互いに言い合っていることではあるが、これは――くる。


 後で俺もユメハにメッセージを送り返しておこう。


 そう心に決めつつも、抱き合った俺達は雰囲気が盛り上がっていき、そのまま……。


「それ、私達にも頂けないかしら?」


「「…………」」


 解説書付きの最新ヴァージョンのスマホを2つ世界最強の生物に差し出して退散させて、続きを楽しむことにした。


 分かってたし!


 最初からスマホを便利にパワーアップさせたら世界最強の生物が干渉してくるとか知ってたし!


 だからユメハとイチャイチャするのに何の問題もないんだもん!




 ◇◇◇




 失敗した。


《リオ。退屈なの》


《リオ。今冒険者ギルドに向かっているの?》


《リオ。今日は聖国に居るの?》


《リオ。お土産買って来てね》


《リオ。寂しいの》


 etc、etc、etc……。


 うん。元々ヤンデレ予備軍だったユメハにL●NE機能の付いたスマホを渡したのは失敗でした。


 近衛騎士団の訓練中、退屈を紛らわす為なのか延々とメッセージが送られて来てしまいます。


 しかも地図機能で俺の位置情報も把握されてしまうので、何処で何をしているのかバレバレです。


 同じ目に遭っているのかユキナさんの旦那さんに恨めし気な目で見られたが、本当にすみませんでした。


 サイオンジ公爵家の女+スマホ=ヤンデレ化の法則を読めなかった俺が悪い。


 返信が超大変です。






 ともあれ資金稼ぎもスマホの改造も終わって一段落。


 後は変な話だが開戦を待つだけだ。


「海戦かぁ」


 俺はソファに寝転がりながら右の瞳に刻まれた地図魔法ワールドマップを開いて帝國の港を拡大させる。


 帝國に海から上陸出来る場所は多くない。


 多くはないが、決して少なくもない。


 海戦に勝利した敵軍が上陸して、それを迎え撃つにしてもサイオンジ公爵家だけでは手が足りなくなる可能性もある。


 だが、それ以前の話として……。


「よくもまぁ、海戦なんて挑む気になったもんだ」


 この世界の海は陸地よりも魔物が出現する頻度が高い。


 商船なんかは腕利きの護衛は勿論だが、特に魔物の出現する頻度が高い場所では魔物除けの聖水を海に撒きながら航海するそうだ。


 この魔物除けの聖水も安いものではないらしく、本当に危険な海域以外では使われないそうだけど。


 それだけ、この世界の海を航海するというのは危険なことなのだ。


 軍船で船団を組むと言っても魔物による被害はゼロには出来ないし、途中で嵐にでも遭えば相当な被害を受けるだろう。


 それを理解して尚、帝國に攻め込んでくるということは……。


「帝國に恨みを持つ、帝國を潰す執念を持った首謀者。奴が黒幕の可能性が高い」


 今回の海戦で帝國が受ける被害は確実に万単位になるだろうし、船を沈められれば当然の如く出費も嵩む。


 俺やサイオンジ公爵家が金を貸したと言ってもマイナスはマイナスであることに変わりはない。


 しかも万が一帝國が勝つことが出来たとしても何処に賠償金を要求して良いのか分からないという始末の悪さ。


 今回も大陸治安維持同盟の時と同じように、どの国が主導しているわけでもなく責任者と呼べる者も存在しない。


 唯一、首謀者を除いてだが――こいつは姿を見せないだろう。


「帝國も厄介な奴の恨みを買ったもんだ」


 正体が誰で、どういう理由で恨みを持っているのか知らないが、俺とユメハの平穏だけは乱さないで欲しいものだ。




 ピローン。




 そう思っていたらスマホにメッセージが届いて思考を中断させられる。


 当然、送り主はユメハ以外に居る訳もなく、どう返信しようかと思ってメッセージを見たら……。


《リオ。何か悩み事? 相談に乗るからね》


 超能力者かと思うようなダイレクトなメッセージだった。


「…………」


 俺は少しだけ考えてから――メッセージを送り返した。




《ユメハ。愛してる》




 今の俺の純粋な気持ちを送信したのだが……。


《リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ リオ♡ ……》


 短時間でどうやって打ったのかという程の狂ったような愛情が返って来た。


 うん。でも改めてユメハの愛情の深さを認識出来た気がして少しだけほっとした。




 ◇◆◇




「最近、僕に隠れてコソコソと何を遊んでいるのかと思ったら……貴様らは馬鹿なのか?」


「うぅ……騙されたぁ」


「僕達の理想のスマホがぁ……」


 呆れるユニクスに対して盛大に落ち込む2人。


 エミリオが仕掛けたスマホの自爆だが、スマホの完成に助力した2人に一応は配慮したのか意識は失ったが死傷するような威力ではなかった。


 だが目を覚ました2人は理想のスマホを失ったショックですっかりやる気をなくしていた。


「スマホとはなんだ?」


「え~っと、その……」


「あぁ~……」


 ユニクスは2人に尋ねるが、制限を受けた2人はまともに答えられない。


 2人がちゃんと説明出来ていれば、最近のユメハが近衛騎士団の訓練中に弄っている板状の機器だということが分かっただろうが、説明出来ないのだから理解も出来ない。


「まぁ良い。それより今の内に貴様らに言っておくことがある」


「「なんすか?」」


「次の戦争についてだ」


「「せ、戦争?」」


 当然だが日本生まれの日本育ちの2人に戦争なんて縁遠い話だ。


 異世界に来て冒険者になって魔物を狩ることは出来ても、未だに人間を殺した経験はなかった。


「本来なら貴様らが標的……エミリオを始末出来れば良かったが、今はエミリオよりも帝國に侵略を仕掛けようとする敵を退ける方が先決だ」


「「…………」」


「次の戦争は恐らく海戦になるが、そこでも恐らくエミリオが……サイオンジ公爵家が出るだろうが、奴らは防衛の要。故に僕達が一番槍の栄誉を持って活躍する好機だ」


「「…………」」


「……聞いているのか?」


「「戦争反対」」


「…………」


 やる気がないのはいつものことだが、今日はいつにも増して弱気な2人に流石のユニクスも呆気に取られた。


「まさか貴様ら……人を殺したことがないとか言うんじゃないだろうな?」


「「人殺しはいけないことだと思います」」


「…………」


 味方のあまりの頼りなさにユニクスは頭痛を通り越して気絶しそうになった。


(こ、こいつらのケツを叩いて戦争に向かわせるにはどうしたら良いんだ?)


 そう思うユニクスだが、そのユニクス本人も実を言えば次の戦争が初陣になる。


 日夜剣術や魔術の訓練は欠かしていないし、策略や策謀を巡らせてきたユニクスだが実戦経験はなかったのである。


 同盟軍との戦争の時は常に会議室に篭っていたし、ロトリア王国が攻めてきた時は防衛戦でサイオンジ公爵家が主役だったので完全に傍観者だった。


 故にAクラス冒険者並の力を持つという2人を当てにしていたのだが……。


(だ、大丈夫だ。僕は皇帝になる男。こんなところで僕が死ぬ筈がないんだ!)


 必死に自分を鼓舞しながら込み上げてくる不安と恐怖を押し殺していた。






 そして敵が攻めてくる春が来る。



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