第12話 『帝國が金を貸してくれと言うので荒稼ぎする』

 

「貴様らはやる気があるのかないのか、どっちなんだ?」


「「……すみましぇん」」


 アリサに叩きのめされた挙句、帝都の留置場に一晩放り込まれた北沢隆司と南場陽介は再びユニクスに回収されて説教の真っ最中だった。


「そもそも、どうして勝てない相手に喧嘩を売る? 今回の相手はSクラス冒険者相当と言われているユメハのライバルとも呼ばれているような化け物だぞ?」


「えぇ~……」


「聞いてないよぉ」


 ユニクスは接触こそしたことはないがアリサのことを知っていた。


 正確に言えば冒険者としてのアリサではなく、ユメハのライバルとしてのアリサをだが。


「冒険者として仕事をしたいと言うから許可を出してみれば、どうして帝都でなら子供でも知っているようなことを調べもしないんだ? 少し情報収集すれば直ぐに分かったことだろうが」


「えっと、その……」


「すみません」


 そう。ユニクスの言う通り、アリサがSクラス冒険者相当の実力の持ち主であるということは少し情報収集すれば直ぐにでも分かった筈だった。


 だが、元々はコミュ障で引き籠りだった2人にまともな情報収集をやれと言う方が間違えている。


 そもそも情報を集めるなんて冒険者としての常識すら欠如している2人組なのだから。


「うぅ。赤髪の女に続いて黒髪の女まで化け物だったなんて。この世界の美少女は化け物になるという法則でもあるというのか」


「うぅ……理不尽だ」


「この世界?」


 茶髪――南場陽介の発言をユニクスは聞き逃さなかった。


「どういう意味だ? まるでここではない別の世界から来たような言い方ではないか」


「あ、はい。俺達は……なぁ?」


「あ、うん。あれ?」


 特に口止めはされていなかった2人だが、何故か上手く言葉に出来ないという事実に今更ながら気付く。


 本来、死亡した人間の魂を導いて転生させるのは転生神の領分。


 その領分を無視して地球で死亡した魂を勝手に異世界に転生させた地球の神ではあるが、確固たる証拠を残す程には不用心ではなかった。


 地球の神は、自分達が勝手に転生させたチート転生者達が余計なことを喋って自分達の悪事が露見しないようにロックを掛けていたのだ。


 保身に長ける地球の神らしい所業と言えるだろう。


「あれ? あれ?」


「あるぇ~?」


 まぁ、お陰でユニクスは地球の知識を手に入れるという最大のチャンスを棒に振る羽目になったわけだが。


(こいつら、力を得るのと引き換えに何か制限を受けているようだな)


 それでもユニクスはチート転生者達には何か秘密があるのだと確信した。






 一方、そのユニクスとの婚約破棄を狙っているセリナと言えば……。


「むぅ。今日はリオ様の視線を感じませんわ」


 ここ数日は部屋に引き籠って煽情的な恰好でエミリオに覗かれるのを心待ちにしていた。


「あの……本当にエミリオ殿下がお嬢様を覗いていたのでしょうか?」


「わたくしがリオ様の視線を間違える筈がありませんわ! 間違いがいなく、あれはリオ様の視線でした!」


「そ、そうなんですか」


 セリナの侍女は苦悩した。


 セリナを覗いていたというエミリオを責めるべきなのか、それとも覗かれることを望んで煽情的な恰好をしているセリナを責めるべきなのか。


(……このことは考えないようにしましょう)


 まともな感性を持つ侍女はとりあえず保留を選択した。


「名残は惜しいですが、仕方ありません。婚約破棄計画を進めることにいたしましょう」


「ユニクス殿下の悪評は十分に王宮に広まっていますし、そろそろ皇帝陛下に直訴すれば婚約は破棄出来るのでは?」


「出来るでしょうけど、今の段階で婚約を破棄したとしても別の殿方と婚約させられるだけですわ。わたくしはリオ様と結ばれたいのですわ!」


「……ユメハ様がいる限り不可能では?」


「それが問題ですわ」


 セリナとてユメハがいる以上、自分がエミリオと結ばれる未来が来ないのは分かっている。


 かと言ってもユメハを力尽くで排除してしまえばエミリオは絶対にセリナを受け入れないだろうし、そもそもユメハを力尽くで排除するというのは非現実的だ。


「やはりユメハ様から妥協点を引き出すしか……」


「サイオンジ公爵家のお嬢様が妥協なんてしてくれるのでしょうか?」


「……問題ですわ」


 セリナの望みが叶う日はまだまだ遠い。




 ◇◇◇




 部分的にではあるがスマホの解析が進んで、念話機能を組み込んで連絡出来るようになった。


「へぇ。なんだかお洒落っていうか使いやすくなったわね」


 第1号は勿論ユメハに進呈し、手元で操作するだけで念話を掛けられるようになったことにユメハは喜んでくれた。


 まぁ、今までの念話装置でもユメⅡと連動しているので頼めば繋げてくれたんだけど。


 本当はスマホで色々なアプリを使えるようにしたかったのだが、流石にそこまでは解析が進んでいない。


 ぶっちゃけ念話機能しか搭載していないしメールも出来ないので性能としてはガラケー以下だ。


「そういえば、また不穏な噂を聞いたんだけどリオは何か知ってる?」


「また戦争でも始まるのか?」


 帝國には余裕がないというのに短期間でドンドン戦争を挑まれると、こっちも迷惑なんだけどなぁ。


「まだ戦争になるかどうかは分からないんだけど、今度は帝國の周辺国じゃなくて遠い国が帝國との戦争準備をしているって聞いたわ」


「遠い国って、そんなの進軍だけで何ヶ月も……って海か」


「うん。共通しているのは海に面した国ってことね」


 確かに多少帝國から距離があっても船団を組んで帝國の港から攻めて来れば関係ない。


「それって同盟軍を作った首謀者の仕業か?」


「そうだって言う人もいるわね」


「……2段構えの作戦だったか」


 元々同盟軍で帝國を弱らせてから船団を送り込んでトドメを刺す作戦だったのだ。


「とことんまで帝國を敵視しているっていうか、帝國を何が何でも滅ぼすって執念は健在みたいだな」


「まだ噂の段階だけどね」


「ふむ」


 俺は地図魔法ワールドマップで大陸の海に面した国の様子を見てみるのだが……。


「うわぁ~」


 いくつかの国では既に軍船と思わしき物が多数準備されている光景が飛び込んで来た。


「これはあきまへんわ」


「噂じゃ終わりそうにもないみたいね」


 季節は冬。


 大陸は広いので全ての地域で寒くなるわけではないが、帝國の冬は確実に寒くなるので冬の間には進軍して来ないだろうけれど、それでも攻めて来るのは確実と言っても良さそうだった。


 恐らく春には進軍してくる。


「海戦かぁ。流石に推進魔法ウォータージェットで迎撃に出るって訳にもいかないしなぁ」


「海だと何処までが帝國の領土か曖昧だからね。私達が出撃出来るのは敵が上陸した後になるでしょうね」


 面倒な話だがサイオンジ公爵家は戦争で先制攻撃が許されていないので、相手の先手を甘んじて受ける必要がある。


 港で迎撃するにしても被害をゼロにすることは出来そうもない。


「そういえば帝國の海軍ってどうなってんの?」


 俺達が旅行で行った港町が健在なことから分かる通り、同盟軍との戦争では海方面からの侵略はなかった。


 あくまで帝國の領土で削り取られたのは陸地に隣接している国からの侵略地であって、海に面した港などは無事だったのだ。


 だから海軍は無事の筈なのだが……。


「船はあるけど人員がねぇ。同盟軍との戦争では海兵も駆り出されて戦死者が大量に出たから、まともに海軍を指揮出来る人材は残っていないわ」


「ああ。だから、あんな屑の伯爵家が大きな顔をしていたのか」


 件のマレリヤ伯爵家とか普通は管理を任せられるような家柄ではなかったが、他に生き残った貴族家がいなかったので仕方なく管理を任されていたのだ。


 ちなみにあの家はキッチリ潰しておいたし、あの馬鹿女は――知らない方が幸せな場所で今日も頑張っているだろう。


 後任の管理者は男爵家だそうだが、そこそこ頑張っているらしい。


「海軍かぁ。今から訓練しても焼け石に水だろうなぁ」


「皇帝陛下の命令で海軍の訓練は始まっているけど……」


「海戦は絶望的だろうなぁ」


 陸地での戦いと違って船の上での戦いは経験の差がモロに出てしまう。


 多少訓練したくらいの新兵ではベテランの海兵には絶対に勝てないというくらいの差が。


「ああ。だから皇帝は魔導船を欲しがったのか」


 一応、設計図を出せと言われたので提出しておいたが、この世界の技術者では科学技術を理解することは出来ないので形だけ真似してもエンジンとか再現出来ないだろうけど。


 そもそも今から頑張っても開戦までに完成は絶望的だ。


「どうせなら海戦とかやらないで敵を陸地に引き込んでくれれば私達でどうにか出来るのにね」


「それは帝國の威信とかで、なんか駄目なんだろう」


 面倒な話だが、敵の海軍を素通りさせて後はサイオンジ公爵家に任せます――では帝國が弱いと思われて色々な方面で不都合が出るのだと思う。


「次回の戦争の犠牲者も多そうね」


「今から首謀者を始末しても……無駄だろうな」


 既に皇帝は勿論だがユメハにまで情報が洩れているということは既に作戦は末期段階。


 首謀者を始末したくらいでは作戦は止まらない。


 帝國は圧倒的な不利な状況のまま海戦で迎え撃つことを強制されるわけだ。


 借金を膨大に膨らませながら。




 ◇◇◇




 とか思っていたら、ある日唐突に俺とユメハ、更にユキナさんまで皇帝に呼び出されて……。


「……悪いが金を貸してくれ」


「「「…………」」」


 借金の申し込みをされた。


 帝國が絶対に踏み倒せないサイオンジ公爵家に金を借りようとするなんて、事態は想像以上に悪いらしい。


 とりあえず俺は余っている金を全部、ユメハとユキナさんも可能な限り帝國に金を貸すことになった。






「こんな時に……というか、こんな時だからこそ、ちょっと帝國の外で金を稼いでくる」


「アリサで?」


「そそ。冒険者としてなら俺は帝國の外でも活動出来るからな」


 帝國の中でいくら頑張っても帝國の金が回るだけでは意味ないが、帝國の外で稼いで金を帝國に貸すなら意味はある。


「私も……と言いたいところだけど無理よねぇ」


「サイオンジ公爵家のユメハが帝國の外で活動するのは難しいなぁ」


 帝國の守護者たるサイオンジ公爵家はあまりにも有名過ぎるから。


 それに冒険者ではないユメハでは稼ぐ手段が限定されてしまう。


「むぅ。夜には帰って来るのよね?」


「勿論。俺が帰る場所はいつだって愛する奥さんの隣さ」


「うん♪」


 自分でもどうかと思うような歯の浮く台詞だが、それでユメハが安心出来るならいくらでも言ってやろう。






 そういう訳で私はいつも通り抱擁とキスで近衛騎士団の訓練に向かうユメハを見送ってから転移魔法で適当な国に入ったのだが……。


(伝手がない国だと冒険者のクラスを表すプレートが頼りね)


 それなりに大きな国の、それなりに大きな首都で私が頼れるのはAクラス冒険者という肩書だけだ。


 街に入る審査をプレートを提示することでパスし、更に冒険者ギルドへの道を聞きながら進み――辿り着いたのは帝都と比較しても遜色のない冒険者ギルドの建物。


 少しだけ緊張しながら扉を開けて中に入った私を待っていたのは……。


(混んでいるわね)


 帝都の冒険者ギルドとは比較にならない混雑具合だった。


(そういえば、まだ朝の時間帯だし、冒険者も出発する前の依頼を受ける段階なのね)


 狩りをする魔物の領域が遠い地域なら早朝から出発したり泊りがけになったりすることもあるのだが、ここは比較的魔物の領域が近いのだろう。


 そう思って地図魔法ワールドマップを確認してみたら予想通り歩いても2~3時間の場所に魔物の領域と思わしき地帯が2~3個広がっているのを見つけた。


(ふむ。これだけ魔物の領域があるのなら……)


 それを見て私が思ったことは……。


(1個や2個くらい潰しても構わないわよね?)


 とりあえず稼ぎ時だということだった。






 数時間後。


 私が狩って来た魔物の領域に出現した領域の守護者の死体を見て冒険者ギルドの職員達は唖然とした顔で固まっていた。


「精々ゴールドクラスと言ったところでしょうか? 大して苦戦もせずに倒せる相手でしたね」


「「「いやいやいや」」」


「ああ。ついでに魔物の領域で狩った魔物の買い取りもお願いします」


 次元収納アイテムボックスからドサドサと大量に解体魔法で解体済みの魔物をぶちまける。


「「「いやいやいやいやいや」」」


「それでは買い取りの査定をお願いしますね」


「待って! お願い! こんなの1日2日じゃ終わらないから! こんなところに放り出されても困るだけだから!」


「むぅ。それなら次の魔物の領域で狩りをして、時間を潰して……」


「お願い! 待って! 話を聞いてぇっ!」


 結局、職員達に涙目で哀願されて仕方なく魔物の素材を次元収納アイテムボックスに戻し、次の魔物の領域に行くのは断念することになった。


 ちなみにユメハと一緒に討伐した八岐大蛇とは違って領域の守護者の死体も買い取ってもらえるそうなので、魔物の領域の解放の賞金と合わせて白金貨10枚にはなるだろうということだった。


 うん。職員には涙目で分割払いをお願いされたけど。




 ◇◇◇




 翌日。


 流石に昨日はやり過ぎたと反省したので、今日は少し加減をしていこうと思う。


 昨日とは全く違う国の、全く違う首都に入り、冒険者ギルドで魔物の領域の場所を確認する。


 なんと、ここでは周囲に4箇所も魔物の領域が存在しており、魔物が多過ぎて魔物の領域の解放が望まれているのだとか。


(これなら文句も言われずに済みそうですね)


 加減しようと思ったが張り切って魔物を狩っても大丈夫そうだ。






 数時間後。


 4箇所中2箇所の魔物の領域を解放したら職員一同に土下座して『勘弁して下さい』と哀願される羽目になった。


「魔物が多過ぎて困っているという話ではありませんでしたっけ?」


「物には限度が、限度があるのです!」


「この街の規模で2箇所同時に魔物の領域の解放の賞金とか支払えませんから! おまけに領域の守護者の死体を2体とかもっと買い取れませんから!」


「うぅ~ん。それなら死体は私が預かっておきますから、払えるようになったら言って下さいね」


「「「分割払いで! なにとぞ分割払いでお願いします!」」」


 冒険者ギルドでは分割払いが流行っているのかしら?




 ◇◇◇




 さらに翌日。


(私は学習したわ。魔物の領域を解放しても冒険者ギルドにお金がないなら意味がない。それならお金になりそうな魔物を直接狩って来て売れば良いんだわ)


 そういう訳で私は鉱山に出現するという金が多分に混じったゴーレムを10体ばかり狩って冒険者ギルドに持ち込んだ。


「買い取りをお願いします」


「「「いやいやいやいやいや」」」


「金が大量に含まれているゴーレムですから、これなら直ぐにお金になりますよね?」


「無理だから! これから金貨にするにしても色々と加工とか手間があるから! それ以前に金ゴーレム10体分とか金貨じゃ済まないから!」


 結局、職員達にはまたも土下座されて分割払いをお願いされてしまった。


 ついでに岩巨人崩しゴーレムバスターの称号を貰った。


 ドラゴンは以前に討伐済みだったので竜殺しドラゴンスレイヤーは既に持っていたので2つ目の称号だ。


 金稼ぎの役には立たないけど。




 ◇◇◇




「思ったより上手くいかないわ」


 私は稼いだお金を帝都の冒険者ギルドの机の上にジャラジャラと出しながらサリーアを相手に嘆息する。


「凄く稼いでいるように見えますけど何が問題なんですか?」


「これ、実は実際に稼いだ分の10分の1くらいしか手に入ってないのよ。何処の冒険者ギルドでも分割払いを頼まれて現金が溜まらないのよねぇ」


「いやいやいやいや」


 サリーアはブンブン首を横に振って否定する。


「確認出来るだけでも白金貨20枚はありますから! これで稼いでないとか冒険者に喧嘩を売っているような発言ですから!」


「冒険者に喧嘩かぁ。冒険者ってお金を持っているかしら?」


「絶対にやめてください! お願いします!」


 駄目らしい。


「Aクラス冒険者って、もっとお金を稼げる職業だと思っていたけど案外世知辛いのね」


「あなたは既にSクラス冒険者より上ですから! Aクラス冒険者は数日で白金貨を20枚も稼げませんから! Sクラス冒険者でも白金貨を稼ぐなら命懸けですから!」


「……そっか。Sクラス冒険者ならお金を持っているのか」


「絶対にやめでくだざぃ!」


 サリーアに泣きながら哀願されたので諦めることになった。






「というわけで数日頑張って来たので追加で白金貨20枚をお貸し出来るようになりました」


「……貴様は本当に皇帝にならなくて良かったのだろうか?」


 そうして皇帝に追加で金を貸しに来たら不思議なことを言われた。


「帝位には興味がありませんが?」


「……そうであったな」


 皇帝はガックリと肩を落としてゲンナリしているようだった。


「余の目が節穴だったとはいえ、これ程の逸材を見誤るとは……帝國始まって以来の愚皇帝と言われても否定出来んな」


 皇帝はなにやらブツブツ呟いていたが興味はなかったので帰ることにした。




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