第10話 『転生者と言ってもピンキリ』
北沢隆司は38歳にして引き籠りであり、最期は親に包丁で刺されて死んだ。
彼は自分でもロクデナシだという自覚はあったが、それでもテレビの中で自分と同じ引き籠りが親に暴力を振るったり、親の金を盗んで豪遊しているという姿を見て――ホッとしていた。
少なくとも自分はこれよりはマシだろうと思っていたからだ。
だから親の働けという言葉からものらりくらりと逃げて、浪費もしないが生産性もないという引き籠りを長年続けて来た。
彼だって最初からこうなりたかったわけではない。
唯、日本という高度な教育を受ける者が慢性的に溢れる中、彼はスタートダッシュに失敗した。
小学生、中学生、高校生と惰性で学生を続ける中、彼は特に頑張るということをしなかったのだ。
当然、成績は底辺を飛行していたが、それでも留年することはなかったし、進学にも支障はなかった。
だが彼は学生時代に自分が働く姿というものをイメージ出来ていなかった。
彼は受験勉強を嫌って大学受験を拒否したが、それから彼を待っていたのは過酷過ぎる就職競争だった。
ぬるま湯の学生時代との落差もあるが、それ以前に自分が働くというイメージのなかった彼は必死に就職しようという気概もなかった。
結果として彼は滑り落ちるように家に中で引き籠るという生活に落ち着いた。
彼が失敗したスタートダッシュというのは、学生時代の内に良い成績を取って、良い大学に入り、良い就職先を見つけるということだ。
学生時代はあくまで人生にとっての予行演習みたいなものであり、その学生時代の内に色々と準備をしておく必要があったのだと理解したのは引き籠って10年も経過してからのことだったけど。
しかし彼だけを責めるのは酷というものだろう。
何故なら誰も彼に教えてくれなかったのだから。
親も、教師も、友人も、勉強は頑張れと言う癖に、その勉強を何の為に頑張るのかという具体的なことを誰も教えてくれなかった。
勿論、将来の為なんて抽象的なことは耳にタコが出来るくらい言われてきたが、具体的に勉強が将来の為になんの役に立つのかということは誰も言わなかった。
それをぬるま湯の学生時代に自分で気付けと言うのは、あまりにも酷な話であり、そもそも日本人という民族全体がそういう風潮なのだから気付きようがない。
勿論、大多数は社会の厳しさという洗礼を受けて、それでも就職という道を選んでブラックな企業に勤めることになるのだが、彼のように引き籠りの道を選んでしまう者も多かった。
問題だったのは彼の親はあまり金銭的な余裕がある方ではなく、浪費しない彼であっても確実に家庭の負担にはなっていたことだ。
いわば彼の立っていた場所は砂上の楼閣であり、ちょっとしたきっかけさえあれば簡単に崩れてしまう砂の城だった。
そうして父親のリストラというきっかけを受け、彼の母親は彼を包丁で刺し殺して一家無理心中という幕と降ろすことになった。
そういう経緯を経て彼は異世界に転生した。
地球の神の視点から見れば毒にも薬にもならぬ彼だが、それはそれで居ても居なくても良いという点では最適の人材だった。
まぁ、日本にはそういう人材が本当に腐るほど居るので、彼はそんな大多数の中に1人に過ぎないが。
ともあれ彼は転生する際に地球の神――見栄えを気にしたのか地球の神の中でも最高に位置する美しい女神に担当されて彼は導かれた。
まず異世界に転生するに当たって個別に面談するのは面倒だったのか異世界転生3点セットが特典として送られた。
1:身体能力を強化して年齢は20前後に若返らせる。
2:魔術的な素養を強化して、あらゆる魔術を使えるようにする。
3:言語特典。あらゆる言語を日本語に翻訳して話せるし書ける。
この基本セットが送られて、更に望むチートを1つ得ることが出来る。
選択式でもなく、地球の神がランダムに選ぶのでもなく、本人が望むチートを得られるのだから、これは大きい。
勿論、地球の神にも限界はある――というか神として適当に処理しているので大きなチートは無理だから、本当に反則的なチートは不可能だ。
例えば考えられる限り全てのチートを1つに纏めたチートが欲しい、とか願っても《無理》の一言で却下される。
そんな中で北沢隆司はラノベをよく読んでいたし、ゲームやアニメにも嵌っていたので最適な選択肢は直ぐに思い浮かんだ。
「成長限界を撤廃して無限に成長出来るようにしてくれ!」
《承りました》
こうして彼は無限に成長出来るチートを手に入れたのだった。
◇◆◇
異世界に転生して僅か1週間で後悔した。
考えてみれば当たり前の話だが、無限に成長出来るチートというのは聞こえは良いが、別に彼自身の成長速度が加速するわけではない。
そもそも成長の限界なんて人が何十年も必死に頑張った先にあるものだ。
転生3点セットを貰ったと言っても、それは必死に頑張れば将来的には人類最強になれるかも? という程度の強化であって頑張らなくて良いわけではない。
魔術に関しても最初から全ての魔術が使えるわけではなく、頑張って魔術を覚えれば全ての魔術を使えるようになる《素養》があるというだけの話だ。
頑張らなくて良いとは一言も言われていない。
そして悲しいことに何十年も引き籠っていた彼にとって、普通に頑張るという行為は非常に難易度が高かった。
ハッキリ言えば異世界に来たのだから本気を出そうとやる気になっていた彼は、僅か1週間で自分の持つチートの現実に気付いてしまい絶望したのだ。
それから数ヶ月。
転生3点セットのお陰で冒険者としては平均以上の成績を残しているが、それでも頑張る気概のない彼は平々凡々に日々を過ごしていた。
20歳の肉体に若返り、色々と有り余っている彼は当初の予定では娼館巡りをして色々な女性と関係を持つつもりだったのだが――残念ながら日本人の性として娼館に入る勇気が出せなかった。
金はある。
冒険者としてそれなりに活躍もしているので名声も少しはある。
だが、いざとなると尻込みしてしまって店には入れなかった。
お陰で彼は前世も今世も含めて未だにDTのまま。
誰か友人が強引に誘ってくれればとは思うが、元引き籠りの彼はコミュ障なので常にソロだった。
おまけに冒険者ギルドの受付嬢ですら彼が受付に立つと顔を引き攣らせる始末。
言語特典はある筈なのに、まともに会話が成立しない彼の相手は疲れるのだ。
ユニクスが扇導師となりチート転生者に召集を掛けたのはそんな時だった。
大多数のチート転生者は無視したが、彼には無視出来ない事情があった。
ユニクス本人には知らされなかったが、召集を受けて競争相手――つまりエミリオに勝利した者には賞品としてチートをもう1つ貰えるという特典があった。
(これだ!)
最初のチートで失敗した彼にはこれが福音に聞こえた。
無限に成長出来るチートはあるのだから、後は成長を加速させるチートがあれば無敵になれると思ったのだ。
そうして彼は帝國の帝都に向かうことになったのだが、その旅の最中に同行者が増えた。
南場陽介。
彼も北沢隆司と同じくチート転生者であり、帝都に向かう途中ということで同行することになった。
「いや、別に必要ないと思うんだけど一応ね。一応召集には応じておかないと駄目でしょう。元日本人としては」
軽い口調で北沢隆司に話をする南場陽介は、話す内容とは裏腹に必死だったりする。
ユニクスの召集に応じている時点で分かりそうなものだが、彼もまた初回チートで失敗した者だった。
彼が貰ったチートは万能ツール。
あらゆる道具に変化する10得ナイフの超強化版――のつもりで貰ったのだが、実際には10得ナイフに毛の生えたような性能のチートになっていた。
そりゃ色々な道具に変化はする。
ナイフは勿論だが包丁とかライターとか目覚まし時計とか、本当に色々な物に変化はするのだが――武器や防具には変化してくれなかった。
(それじゃ意味ないだろうがぁっ!)
内心で絶叫した彼だが後の祭り。
殆どは初等魔術でも代用出来そうなことしか出来ない万能ツールを抱えて細々と冒険者活動をして小銭を稼ぐ日々を送って来た。
彼が北沢隆司と違う点があるとすれば、彼は娼館を利用するのに躊躇しなかったという点くらいだろう。
まぁ、お陰で冒険者としての稼ぎの殆どを娼婦に貢ぐ羽目になり、おまけに相手を選ばなかったので病気を移されて大多数の娼館にはブラックリストとして出回っており出入り禁止にされていた。
だからこそ、このチャンスは見逃せなかった。
なんとしても新しいチートを貰って、今度こそバラ色の人生を目指そうと思っていた。
(大魔術師だ。チートで大魔術師になれば病気も治せるしウハウハの生活が送れる筈だ)
流石に1人では心細かったのか途中で見かけたどう見ても日本人にしか見えない北沢隆司に声を掛けて同行しているが、彼は彼で必死だった。
そうして残念チートの2人が帝都に入ったのだった。
◇◇◇
ユメハと旅行をたっぷりと楽しんでから帝都の皇帝に報告したら、彼は予想通りにorzのポーズで俺達を出迎えてくれた。
「そなたらは何をしてくれているのだ」
「まさか未知の魔導船にあのような仕組みが隠されているとは、このエミリオの目を持ってしても読めませんでした」
「……仕組みは解析出来たのではなかったのか?」
「未知の技術ですから。解析は出来ましたが、それがどのような役目を持つかは使われてみるまで分かりませんでした」
「……そうか」
ゲンナリして頭を抱える皇帝。
皇帝も大変だねぇ。
「ああ。それとご希望の念話装置を持ってまいりました」
「……御苦労」
皇帝は俺から念話装置を受け取ったが、その表情が晴れやかになることはなかった。
「旅行、楽しかったわねぇ♪」
「だな」
一緒に報告の為に同席していたユメハだが、実はユメハの方が全権委任状を受け取った責任者なのだということは本人ですら忘れているらしい。
皇帝への報告よりも旅行の楽しさを語る方を優先するくらいには。
「後はスマホを解析して念話機能を組み込めれば良いんだが……」
「難しいの?」
「超難しい」
やはりガラケーを飛ばしてスマホを解析するのは無理があるのか、あまりの難解さにスマホを壁に投げつけたくなった。
そもそも俺は家電とかハード系の修理とかは出来るが、ソフト系の解析とかは完全に専門外なのだ。
その俺にいきなりスマホの仕組みを理解しろと言われても無理難題でしかない。
地球版の
そもそも、あの漁師連中はスマホの店とか滅多に行かないし。
あ。ちなみにあの漁師達は行方不明だったのが帰還したとかで結構騒がれていたのだが、証拠となりそうな翻訳用の腕輪は取り上げたし、彼らの証言があやふやだったので異世界云々は当然のように信じてもらえなかった。
まぁ、その為に腕輪を取り上げて帰したんだけどね。
そうしてユメハと談笑しながらいつも通りに王宮の通路を歩いていたら……。
「見つけたぞ、廃棄皇子!」
唐突に2人組の男が俺達の前に立ち塞がった。
1人は黒髪黒目で野暮ったい服を着た特徴のないのが特徴という感じの男で、もう1人は茶髪で耳にピアスを付けたチャラそうな男。
俺に声を掛けてきたのは茶髪の方で、黒髪の方は茶髪を不安そうに見ている。
明らかに不審者であり、こんなのがよく王宮に入れたものだと俺は感心していたのだが……。
「ほげぇっ!」
「がひぃっ!」
ユメハさんは俺が廃棄皇子と呼ばれたのが気に食わなかったのか速攻で2人組を潰しに行っていた。
当然のようにボコボコにされた2人組は駆け付けた衛兵に連行されて何処かへと連れていかれた。
「なんだったの?」
「さぁ?」
よく分からないまま、よく分からない事件は幕を閉じた。
◇◆◇
「貴様ら……本当にやる気があるのか?」
「「……すみましぇん」」
無事に帝都でユニクスと合流出来た北沢隆司と南場陽介なのだが、無計画にエミリオに挑んでしまい、傍に居たユメハに速攻で潰されて衛兵に牢屋に入れられたところをユニクスによって回収された。
「そもそも何故正面から行く? あのユメハは帝國最強と言っても過言ではない化け物みたいな一族の一員なのだぞ」
「えっと。一応、俺達はAクラス冒険者くらいの実力があるので、なんとかなるかなぁ~と思って……」
「ユメハは冒険者のクラスに換算すれば間違いなくSクラス以上だ」
「「…………」」
ユニクスに教えられた事実を聞いて2人の顔色が急速に青褪めて行く。
「Sクラスって、そんなの正真正銘の化け物じゃないですか!」
「僕達だけじゃ逆立ちしたって勝てませんよぉ!」
「だ・か・ら! その化け物にどうして無計画で挑んだのかと聞いているんだ!」
「「……なんとなく?」」
「…………」
ユニクスが頭を抱えてしまうのも仕方ない。
冒険者として数ヶ月を過ごしてきたと言っても、彼らが長年引き籠りをしていた事実に変わりはない訳で、そんな彼らに計画性なんて言葉があるわけないのだ。
冒険者の仕事だって常に行き当たりばったりだったし、転生3点セットがなければ100回は死んでいただろう。
「とりあえず貴様らは最初から鍛え直しだ。ビシビシ扱いていくから弱音なんて吐いている暇もないと思え!」
「「えぇ~……」」
「返事は《はい》だ!」
「「はぁ~い」」
「伸ばすな!」
「「……はい」」
「…………」
ユニクスの苦難はまだまだ続きそうだった。
◇◇◇
「おかえりなさい♪」
サイオンジ公爵家の屋敷に帰ったらユキナさんが笑顔で出迎えてくれて――笑顔のまま手を差し出してきた。
「「……どうぞ」」
「ありがとう♪ ダーリンと美味しく頂くわね」
お土産は買ってきたが、その中で自分達だけで消費しようと思っていた新鮮な高級魚をブン捕られた。
俺の
「弱肉強食って真理だったのね」
「だな。弱い奴が何を言っても負け犬の遠吠えにしかならんな」
ユキナさんに逆らえるだけの力がない俺達は、こうして美味い物を取られてしまうのだった。
帝都に帰って来たと言っても特に何が変わるわけでもない。
ユメハは仕事という名目があったら旅行を満喫出来ていたが、帰って来たなら近衛騎士団の訓練に参加しなくてはならないし。
そういう訳で俺は帰って来て早々に暇になっていた。
ユメハがいないと俺ってば基本的にやることがないのだ。
まぁ、魔法の研鑽とか色々出来ることはあるし、何より今はスマホの解析という難題を抱えているのだ。
とは言っても今直ぐにやらなければいけないことでもないし、一朝一夕で完成することでもない。
とりあえずお茶でも淹れて一息吐いてから、ユメハと引き離された寂しさを埋める作業から始めよう。
そうしてゆっくりと紅茶を飲みながら気分を切り替えていたら……。
リーン。リーン。
念話装置の呼び出し音に気分をぶち壊しにされた。
ユメハからの連絡なら歓迎だが、念波の入り方からして明らかに違う。
「…………はい」
《余である》
渋々念話を繋げたら、聞こえてきたのは皇帝の声だった。
「ただいまお掛けになった念話番号は現在使われておりません。正しい番号をご確認の上、もう一度お掛け直しになって……」
《おい。番号など聞いておらぬぞ》
「失礼しました。ちょっとした手違いです」
面倒な相手からの念話に思わず居留守を使いそうになってしまった。
「それでご用件は?」
《うむ。折角手に入れた物なので試しに使ってみたくなってな。誰にしようか迷ったのだが……貴様が一番掛けやすかったのだ》
「丁度家にユキナさんがいるので掛けてみてはどうでしょう?」
《……遠慮しておく》
皇帝の癖にチキンな奴め。
一緒に住んでいる俺を少しは見習え。
《ところでユニクスがおかしな連中を城に連れ込んだのだが知っていたか?》
「おかしな連中?」
《黒髪の貧相な男と、茶髪の軟派な男だ》
「あ~……さっき会いましたね」
あれってユニクスの客だったのか。
俺の印象としてはユメハがボコボコにして衛兵に牢に放り込まれたことくらいしか知らないが。
《最近のあやつは本当にどうかしているとしか思えん。先日も……》
そうして何故か俺は皇帝の愚痴を聞かされたまま、延々と念話を続ける羽目になったのだった。
そりゃ皇帝として簡単に愚痴を零せる相手がいないのは分かるけど、よりによって俺に零すか?
相手が皇帝なので勝手に切るわけにもいかず、俺はゲンナリしながら皇帝の愚痴を聞き続けた。
最終的に王妃への愚痴なんかも聞かされて、俺が聞いて良い話題なのか暫し迷うことになったのだった。
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