第9話 『同郷の奴らを囮に色々仕入れる算段を立てる』
魔導船の正体は予想通り、日本の遠洋漁業船だった。
この世界の人間から見ればエンジンで動く船なんて未知の魔導船に見えたのだろうが、既に燃料が切れているのか動かなくなっていた。
どうやら、あの馬鹿が散々乗り回して燃料切れにしてしまったらしい。
「更に罪状1個追加ね」
もう本人が一生費やしても償いきれない罪状が溜まっているんですけど、ユメハさんは容赦する気はないらしい。
ともあれ俺達は遠洋漁業船のクルー――というか漁師達に話を聞くことになった。
「分からないんだ。俺達は日本の沖で漁をしていたんだが気付いたらこの国の近海に居て、しかも周囲を木造船で囲まれていた。それから時代錯誤な武装をした兵士みたいな奴らに連行されて……おぞましい拷問を受けた」
拷問されていたことを思い出したのか代表で喋っていた男はブルっと身体を震わせる。
「なぁ、ここは何処なんだ? 外国ということは分かるんだが、知っている外国語は全く通用しないし、無線も通じないし、何より武装が時代錯誤過ぎる。ひょっとして俺達は過去の世界にでもタイムスリップしてしまったのか?」
勿論、俺にも彼らに何が起こったのか正確に理解出来ているわけではないが、彼らからすると【唐突に異世界に転移していました】というよりも【過去の世界にタイムスリップしていました】の方が受け入れやすいのだろう。
ラノベとか読んでないと異世界転移なんて単語だって思い浮かばないだろうし。
「とりあえず、あんたらは自分達がお客様でないということだけ理解しておいてくれ。考えなしに拷問した馬鹿は論外だが、それでもあんたらが不法入国者である事実に変わりはないからな」
「そんなっ! 俺達は……」
「言語を翻訳する腕輪を渡しておく。これがあれば意思疎通に困ることはないだろう」
男の抗議を遮って俺は人数分の腕輪を渡しておく。
これはユメハのリボン程には高性能ではないが、一応は翻訳魔法を刻んであるので実用するだけなら問題ない。
まぁ、腕輪には
「???」
腕輪を配られた男達は困惑しているが――意思疎通が出来るようになれば、いずれ自分達の現状も理解出来るようになるだろう。
ここが地球ではない異世界で、魔術なんて不思議な力がある世界だということが。
「とりあえず、ああは言ったが彼らを元の世界に送り返す算段くらいは付けておくか」
「そんなこと出来るの? あの人達の世界って全く別の世界なんでしょ?」
「普通なら不可能だが、今なら……可能性はある」
俺の転移魔法も転移門も行先となる座標が分からなければ飛ぶことは出来ない。
勿論、俺には日本の座標――どころか地球の座標すら分からないので、普通に考えれば彼らを送り返すのは不可能ということになるのだが……。
「俺の転移魔法の前段階である転移魔術は使う度に空間に揺らぎが出来ていた。この揺らぎは一定期間残り続けて両方の場所の目印みたいになっていた」
「あの人達がやって来た時の揺らぎを探せば向こうの世界の座標が分かるってこと?」
「……あくまで可能性だけどな」
彼らは気付いたら近海に居たと言っていたし、その際に木造船に囲まれたと言っていた。
その木造船に乗っていた奴らに聞けばある程度の場所は搾れるだろう。
「それなら皇帝から貰った全権委任状を使って命令しましょう」
「……そうだね」
考えてみれば、それを最初に使っておけばあの馬鹿に不快にさせられることもなかったかもしれないのに。
まぁ、俺もユメハも初手から権力でゴリ押しって好きじゃないので仕方ない。
全権委任状を使って木造船に乗っていた奴らに話を聞いた。
なんと全員があの馬鹿の部下だったらしいが、問題児はあの馬鹿だけだったのか対応はまともだった。
全権委任状の効果だと言われればそれまでだけど。
そうして俺とユメハは飛翔魔法を使って凡その場所へとやって来た。
「この辺だな。まだ僅かに揺らぎが残っている」
「そうなの? 私にはよく分からないわ」
「空間魔法を使って、ようやく分かるってレベルの小さな揺らぎだからな。俺もここにあるって知らなきゃ見逃してた」
ともあれ俺は早速次元魔法を使って揺らぎの行先を調査する。
それは途切れかけた細い線を辿って行くような精密な作業ではあったが、まだ完全には途切れていなかったのか無事に向こう側の座標を手に入れた。
「これで後は転移魔法か転移門を使えば向こうに行けるようになったが……危ないから最初はこいつに行ってもらおう」
俺が
「それは?」
「俺の意識の一部を移した制御魔法のリオⅡだ」
うん。ユメハのユメⅡとセットで作っていたのだが、俺には別に必要なかったから今までお蔵入りになっていたのだ。読み方はリオツー。
だって俺はユメハと違って魔法専門なので意識を魔法に取られても問題ないのだ。
「むぅ」
それに俺の意識の一部を移す魔法はユメハさんに禁止されていたというのも大きい。
「あ」
それを知ってか知らずかリオⅡは起動して直ぐにユメⅡの方に向かって行き、ユメⅡの方もリオⅡに向かって来た。
そうして2体はコツンと球体の身体を重ね合わせた。
コツンコツンと何度も身体を重ね合わせているので一瞬喧嘩でもしているのかと思ったのだが……。
《~♪》
簡易的な念話を通してリオⅡのご機嫌な感情が伝わって来たので勘違いだとすぐに分かった。
「仲良いわね」
「まぁ、一部とはいえ俺とユメハだから当然と言えば当然だな」
「そうだね♪」
お陰でユメハさんは機嫌を直してくれた。
一部とはいえ俺の意識が移されたリオⅡに何かあると思っていたが、ユメハの意識の一部を移したユメⅡを相手にするなら俺とユメハがイチャイチャしているのと同じだと考えてくれたのだろう。
「それで、これをどうするの?」
「勿論、リオⅡを向こうの世界に送り付ける」
「……危険じゃない?」
「危険だからリオⅡに偵察を任せるんだけど」
ミスリル製の身体を持つリオⅡなら喩え出現先が宇宙空間であっても問題なく活動出来るし。
それに俺の意識の一部を共有しているリオⅡなら、その気になればリオⅡが認識した視界をリンクさせて俺も見ることが出来る。
更に言えばリオⅡには色々と刻印を刻み込んであるので転移魔法で帰って来ることも可能だ。
そういうことをユメハに説明したのだけれど……。
「それならユメⅡも一緒に行かせるべきだわ」
「……なんで?」
ユメⅡもユメハの意識の一部を共有しているので、やり方さえ教えればリンクして視界を共有することくらいは出来るだろうけど、ユメⅡの製造目的はあくまでユメハのサポートなのでリオⅡ程出来ることの幅は広くない。
具体的に言えばユメⅡでは単独で転移魔法で帰還することが出来ないのだ。
「リオⅡだけに行かせたら寂しいじゃない!」
「あ、そうですね」
まぁ、ユメハに理屈は通じないんですけど。
そういう訳でユメハに押し通された結果としてリオⅡとユメⅡの2体を送ることになった。
「それじゃ送るぞ」
使うのでは転移門ではなく転移魔法。
転移門を使って万が一にも出現先が宇宙空間だったら洒落にならないことになるので念の為だ。
そうして送り込んだリオⅡにリンクして視界を共有してみたのだが……。
「海だな」
「海ね」
2体が出現したのは、どうやら海のど真ん中らしい。
「そういえば沖で漁の最中って言ってたな」
そりゃ陸地なんて見える場所で漁なんてしないわな。
「どうするの?」
「とりあえず大気の成分だけ分析させて帰還させよう。ここに
そうしてリオⅡの分析機能で大気の分析を行ったのだが……。
「む。魔素が極端に少ないな。これだとリオⅡとユメⅡだと半日も活動出来ないぞ」
普段は俺とユメハの魔力で動くリオⅡとユメⅡだが、緊急時は周囲から魔素を取り込んで活動させることも出来る。
だが地球――暫定地球という星では魔素が少ないので長時間の活動は不可能だった。
「それって魔力がない世界ってこと?」
「……かもしれない」
そもそも地球では魔法も魔術も存在しなかったことを考えれば魔力がないという推測は間違えていない気がする。
下手に俺達自身が移動していれば帰って来られなくなる可能性もあったということだ。
「ともあれ帰還させよう」
俺はリオⅡに指示してユメⅡと共に帰還させる。
リオⅡの転移魔法はちゃんと発動したみたいで、2体は直ぐに俺達の傍に帰って来た。
「成功だな」
次は方位磁石でも作って方角を調べて陸地の方向へと進むことにしよう。
「はぁ。なんか1日で色々なことがあったねぇ」
「そうだな」
やっと仕事と言えるものが終わり、宿に帰ってきた俺達は寄り添って海を眺めていた。
勿論、俺はユメハの肩に手を回して抱き寄せながらだ。
日中にも少しだけイチャイチャしたが、若い俺達にはそれだけでは全然足りない。
寧ろ、ここからが本番と言えた。
時刻は夕方、海に向かって日が沈んでいく光景をユメハと眺めるというロマンチックな雰囲気で、否が応にも気分は盛り上がり……。
「ユメハ」
「……リオ」
気付けば海に沈む夕日そっちのけで見つめ合って唇を合せていた。
そうして夢中で抱き合ってキスしていたら――気付けば完全に日は沈んで夜になっていた。
「そろそろ夕食の時間だね」
「だな」
そうして少しだけ照れ臭い雰囲気でユメハと一緒に部屋を出て食堂へと向かった。
その後?
勿論、旅先の雰囲気に身を任せて部屋に防音結界を張ってから目一杯愛し合いましたとも。
夫婦なんだから当然だよね?
◇◇◇
翌日には魔導船――というか遠洋漁業船を動かしてみることにした。
あの馬鹿のせいで燃料は空だが、燃料くらいなら俺が魔力で作り出せる。
だが流石に船の操縦なんてしたことがないので例の漁師達を船に乗せて操縦させることにした。
「……速いのね」
ユメハはその船の速度に驚いていたが、空を飛ぶ飛翔魔法は勿論だが、
「あの……俺達はこれからどうなるので?」
「自分達の現状をある程度は理解出来たか?」
「……はい」
翻訳の腕輪を渡してから管理施設に中にいた人員とは交流を許可したので最低限の情報収集は出来たのか、彼らは昨日よりも落ち込んでいた。
少なくとも、ここが地球でも地球の過去でもない魔術なんて未知の技術が存在する異世界だということは認識出来たらしい。
「帰りたいか?」
「……帰りたいです」
まぁ、彼らは死んでから地球の神にチートを渡された転生者ではなく、偶然によって異世界に来てしまった神隠しの被害者だ。
帰れるなら帰りたいというのが彼らの本音だろう。
「それなら元の世界に帰してやろう」
「…………え?」
既に昨夜の時点でリオⅡに方位磁石を持たせて陸地の発見には至っている。
そして、そこが間違いなく地球の日本であることも確認済みだ。
だから俺の転移魔法で彼らを帰すことは可能だった。
「リオ、良いの?」
「この魔導船は帝國の望む魔導船ではなかった。魔術も使われていない科学技術で作られた船なんて帝國の技術者に見せても持て余すだけだ」
まぁ、実際には新開発の解析魔法によって既に船は解析済みってこともあるんだけど。
俺は漁師達から腕輪を回収し、その上で指をパチンと鳴らして船の前方に転移門を開く。
勿論、行先は日本近海だ。
「では、さらばだ。異世界の稀人達よ」
そうして船を転移門に向かって進ませて、船が向こうの世界に行ったのを見届けてから転移門を閉じた。
ついでにリオⅡを潜り込ませておいたけど、当初彼らは呆然として目の前の陸地が何なのか理解出来ていないようだった。
だが無線に連絡が入り、更に所持していたスマホがけたたましく鳴り出したのを見て、やっと帰って来られたことを認識したのか歓声が上がった。
それを確認して俺はリオⅡを帰還させる。
「上手くいった?」
「勿論」
当然のように俺は彼らを善意で帰したわけではなく、彼ら全員に
そして新しい
うん。彼らが地球で動き回れば動き回る程、俺の手持ちにある地球版の
あんな漁師のおっさんに興味はないが、利用出来るなら最大限に利用するべきだろう。
俺とユメハが地球に行くというのはリスクが高いが、リオⅡとユメⅡを送り込んで色々と便利な製品を手に入れていこう。
まずは――ユメハを益々綺麗にする為に地球の美容用品を手に入れることにしよう。
成分が分かれば魔法で作れるが、まずは現物を手に入れないとね。
それにスマホだ。
彼らの内の1人から密かに没収しておいたスマホがあるので、これを解析魔法で解析して、この世界でも使えるようにしたい。
やっぱりイヤリングとネックレスのセットの念話装置は嵩張るし機能的じゃないんだよ。
念話先の相手を指定する作業も面倒だし。
「よっと」
「あ♡」
そんなことを考えつつも俺は飛翔魔法で飛んでいたユメハをお姫様抱っこで抱きあげて港へと帰還することにした。
ユメハは自分で飛ぶのも好きみたいだけど、こうやってお姫様抱っこで運ばれる方が喜ぶのだ。
港に帰ったら当然のように問題になった。
折角の魔導船が何処かへ行ってしまったのだから。
俺は魔導船に未知の技術が搭載されていて、不思議な力で逃げたのだろうと適当に解説しておいたけど。
結局、皇帝に報告することになるのだから、その時にでも魔導船は解析済みで再現可能だとでも言っておけばいい。
この世界でエンジンを作る気はないけど。
うん。結局のところ魔導船の技術はサイオンジ公爵家が独占しているということになるので皇帝のorzのポーズが見られることだろう。
「くす。リオったら悪い顔♪」
ニヤリとしていたらユメハに見つかってしまったが、彼女も楽しそうなので問題ないだろう。
「さて。皇帝に報告に行くのはまだ先で良いだろうし、今は旅行を楽しもうか」
「うん♪」
今日も俺はユメハを抱き寄せて、港町を観光して回ることにした。
◇◆◇
円満な夫婦生活で楽しんでいるエミリオとユメハとは裏腹に、心の底から怨念でも絞り出すような怨嗟の声を上げる者がいた。
「おのれ……おのれぇ!」
それはエミリオの活躍によって余裕をなくし、セリナの暗躍によって醜態を晒し、更に皇帝の不用意な発言によって憎悪に燃えるユニクスだった。
後半2つは明らかにエミリオの責任ではないのだが、そんなことは今のユニクスにとってはどうでも良いことなのだろう。
彼は廃棄皇子だったエミリオには入れない禁書庫に引き籠り、そこで様々な禁書を読み焦っていた。
禁書というだけあって、それは危険な魔術の運用方法が書かれているのだが……。
「駄目だ! この程度ではあいつは兎も角、サイオンジ公爵家には通用しない!」
サイオンジ公爵家の護りを突破してエミリオだけを呪い殺すような便利な魔術は存在しなかった。
「なんとか……なんとかしないと。このままじゃ僕は破滅だ」
実を言えば、王宮内で変態扱いされているだけで本人が思う程には破滅には近くないのだが、本人がそう思い込んでいるので他人の意見など耳に入らない。
そうして苦悩しながらも禁書を読み漁っていたユニクスは……。
《力が欲しいか?》
不意に聞こえて来たその声に動きを止めた。
一瞬、幻聴かと思ったユニクスだが……。
《力が欲しいか?》
再び聞こえてきた声に幻聴ではないと悟る。
「欲しい! あいつを超える力が、サイオンジ公爵家を超える力が欲しい!」
そして心の何処かで怪しいと思う気持ちを封じ込めて力を望んだ。
《ふふふ、よろしい。では貴様に【扇導師】の能力を授けよう》
「……扇導師?」
《その世界には今、我らが送り込んだ特別な力を持った勇者達が複数存在する。その勇者達を導き、管理する力だ。それを持って勇者達を使い宿敵を打倒するがいい》
「お、おぉ」
その正体は勿論、地球の神の1柱であり、本来なら他の世界に干渉してはいけないという掟を破ってまでユニクスに接触して力を与えたのだ。
《ぎゃっ! ま、待て、転生神! このくらいのことでそんなに怒ることは……ひぃっ!》
直後に転生神に見つかってボコボコにされてしまったが。
神としての格という意味では複数の神で構成されている地球の神の1柱よりも、1柱で転生という物事を司っている転生神の方が圧倒的に上だった。
地球の神が転生神に対抗しようと思ったら地球に存在する全ての神を動員しなければ不可能というレベルで。
まぁ、地球の神の目的は、そろそろ異世界に送り込んだチート転生者とエミリオの対決が見たいというものであって、その扇動者としてユニクスに力を与えたので達成されていると言って良いだろう。
「ふ、ふふふ。分かる、分かるぞ。なんだか知らないが、この世界に存在する僕に従う力ある者達の居場所が手に取るように分かる!」
今まで好き勝手にチート能力を使って異世界で遊んでいたチート転生者達だが、この日を境にユニクスに集合を掛けられて――大多数の者達は無視した。
当然だが地球の神が娯楽として選んだ者達なので、彼らの大多数は日本人のニートとか引き籠りが大半だったのだ。
地球の神としても態々優秀で世界の為になるような者達を異世界に送り込むつもりはなく、高度な教育を受けた癖に全く活用しようともしないロクデナシを選ぶのは当然の話だった。
うん。日本で高度な教育を受けたのに、それを活用することなく引き籠っている奴らならいくらでも異世界で使い捨てにしても惜しくはないというわけだ。
おまけに彼らは反骨心だけは一人前で、上位者として設定されたユニクスの召集をも簡単に無視する者達だ。
彼らの大多数にとって重要なのは、異世界に来たからには本気を出して幸せになることなのだ。
地球ではその他大勢に埋もれていた彼らだが、日本の高度な教育を受けて来たので異世界でも活躍出来るし、チートもあるので苦労もしない。
結果としてユニクスの元に集まったのは僅か数人だけだった。
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