第6話 『実用品より唯のプレゼント方が喜ばれる』
その日、俺が息苦しさに目を覚ましたら……。
「んっ♡ ちゅっ♡ ちゅぅ♡」
奥さんに――ユメハにキスされている真っ最中だった。
しかも普段のユメハと違って情熱的なキスではなく、何処か遠慮がちで――慎重で丁寧なキスだった。
これはこれで悪くないけど、やっぱり普段と比べてしまうと少しだけ物足りない。
だから俺は密かにユメハの背に手を回して抱き締めて、そのまま舌を伸ばしてこちらから積極的で情熱の篭ったキスに移行する。
「っ!」
ユメハは俺が起きたことに驚いたのか一瞬だけ硬直したが……。
「~♡」
直ぐに蕩けるような笑顔になると普段通り――というか普段よりも積極的で情熱的なキスを続行してきた。
暫く部屋の中には俺とユメハが唇を合せる音と舌を絡ませる音だけが響いて――我慢出来なくなって朝っぱらからユメハをベッドの上に押し倒した。
「あぁ……リオ♡」
ユメハの方も完全に発情しているらしく既にOK状態だった。
事後に事情を聞くことになった。
「ん~。なんか朝早くに目が覚めちゃって、それでリオの寝顔を眺めていたのよ。そうしたら胸の中から愛おしいって気持ちが溢れて来て凄くキスしたくなったの」
「お、おう」
相変わらず俺の奥さんは超可愛くて超美人なのに、こんなことまで言われたらどうにかなってしまいそうだ。
「それでリオを起こさないようにキスしてたんだけど、段々もどかしくなって我慢出来なくなって来て……そうしたらリオが起きて私の望むキスをしてくれたわ♡」
「あ、はい」
完全に偶然だけどユメハは益々惚れ直したみたいな顔をしているので黙っておく。
まぁ、昨夜はユメハが寝入ってから新しい魔法の開発をして夜なべしていたので起きるのが遅くなってしまったのだが、可愛いユメハを見られたので怪我の功名ということにしておこう。
「話は変わるけど、以前に言っていた水中を散歩する用の魔法が完成したので色々実験しながら試してみたいと思います」
「ああ。昨夜遅くまで起きていたのは、それを作っていたのね」
(バレテーラ)
密かに開発してユメハを驚かそうと思っていたのに、まさかバレていたとは思わなかった。
俺の奥さんが鋭すぎて秘密が作れないんですけど、どうしたら良いのでしょうか?
「でも実験って何をするの?」
「とりあえず……最初はお風呂で実験かな」
「……リオのエッチ♪」
「…………」
あ、はい。朝っぱらから致してしまったので、ついでにお風呂に入ってイチャイチャしながら実験したいと思っておりました。
うん。勿論エッチなことも考えていたさ。
水中を散歩出来る魔法ということでいくつかアプローチを考えていたのだけど、それを別荘の広いお風呂で実験する。
最初は身体を空気の膜で覆って水中でも呼吸出来るようにする魔法なのだが……。
「これは駄目ね」
「だな。最初に纏った空気の分しか酸素がないから時間制限があるし、空気を纏うから自然と浮き上がって活動しにくいし、何よりも……」
「お風呂のお湯が溢れるね」
うん。空気を纏って身体の体積が倍加するのでお風呂のお湯が溢れてしまうのが一番の難点だった。
広い湖なら問題ないかもしれないが、これは心情的にも没だ。
次は魚の鰓呼吸のように周囲に酸素を含んだ呼吸出来る水を纏って潜る方法なのだが……。
「けほっ。けほっ。これって潜っている最中は良いけど、地上に出る時に水を吐き出さないといけないのが辛いわね」
「げほっ。げほっ。同感だ」
呼吸出来ると言っても肺を水で満たすという普段の生活とは全く異なることをする羽目になるし、朝食前だから良かったが水を目一杯呑み込む羽目になるので色々吐き出すのが辛い。
水中で活動するという点においてはこれが一番楽だが、水中から上がる際のリスクが高過ぎるので、これも没だ。
そして最後に
息を吸い込むと同時に
勿論、呼吸をする度に
【
ユメハには2個目の空気専用に設定された収納用の腕輪を渡してある。
「最初からこれで良かったんじゃない?」
「……俺もそう思う」
昨夜、寝不足の状態で考えた魔法だから色々と迷走してしまったようだ。
後はこれに飛翔魔法を応用して魔力の代わりに水魔法で推進する魔法を組み込めば水中で自由自在に動くことが出来るだろう。
早速、ユメハを連れて湖に――行く前に。
「きゃっ♡ もう、リオのエッチ♪」
お風呂でユメハとイチャイチャ洗いっこして、それから少し遅めの朝食を食べてからでも遅くはないだろう。
俺が新開発した【
「……俺の奥さんは最高だ」
「えへへ♪」
季節は秋で、水に入るのには肌寒い季節なので魔法で寒くないように周囲の空気や水の温度を調整する魔法――【
何気に
ともあれ俺のリクエスト通りにビキニの水着姿のユメハはこれ以上なく魅力的だった。
勿論、俺以外の奴に見せるつもりはないので既に結界魔法は展開済みだ。
そうしていよいよ湖の中に入ることになったわけだが……。
《わぁ~。これが水の中の風景なのね》
普段のように実際に声を出すのではなく、念話装置本来の念話での会話だ。
《おっとっと》
《あはは♪ リオ、こっちよ♪》
俺はまだ
勿論、さりげなく俺に密着しておっぱいを押し付けて来るサービスも忘れない。
なんて素晴らしい奥さんなのだろう。
うん。まるで人魚かと見間違うほどに幻想的なユメハさんなので、これをカメラで撮影しないなんて美に対する冒涜と言えよう。
《良いよ、良いよ! 最高のシチュエーションだ!》
そういう訳で水中を楽しそうに動き回るユメハを俺はカメラで撮りまくった。
こんなこともあろうかと水中カメラを用意しておいて正解だったぜ!
《~♪》
ユメハもご機嫌のようで楽しそうな念話が俺へと届き――唐突に襲ってきた鮫型の魔物を一刀両断にして始末した。
《無粋な魔物ね。夫婦の愛の語らいを邪魔するなんて万死に値するわ》
あ、はい。やっぱりこの人、世界最強の生物の一族でしたわ。
母娘でやることそっくし。
一応、魔物を見つけた瞬間には俺も水中用にと用意していた魔法の準備をしていたのだが、全く必要ありませんでしたわ。
俺の嫁、水中でも強ぇ~。
《リオ。一緒に泳ご♪》
《あ、はい》
そして魔物の襲撃なんてなかったかのように俺を誘って水中の散歩に繰り出すユメハさん。
さっきの魔物は水竜に続いて湖の実力者か何かだったのか、それ以降魔物が襲ってくることはなかった。
というかユメハさんに怯えて隠れたというのが正解かも。
魔物だろうとなんだろうと、サイオンジ公爵家の女に喧嘩を売るなんて1000年早いというものだ。
そうして俺とユメハが湖の中の散歩を存分に堪能して湖から上がったら……。
「楽しそうね♪」
「「…………」」
正真正銘の世界最強の生物が待ち構えていた。
うん。結界魔法如きでこの人の歩みを止められるなんて思っていた俺が浅はかでした。
ユキナさんのリクエストは単純で、ユキナさんも旦那さんと一緒に水中の散歩を楽しみたいから水中活動用の腕輪を2つ用意しろということだった。
はい。喜んでご用意させていただきます。
◇◇◇
「私の気のせいかもしれないけど、私達よりもお母さん達の方が旅行を満喫している気がするわ」
「……どう考えても気のせいじゃないだろ」
間違いなく俺達よりもユキナさん達の方が旅行を楽しんでいる。
「うぅ~、私達の新婚旅行なのにぃ」
「まぁまぁ」
確かにユキナさん達の方が俺達より楽しんでいるが、それは元々夫婦としてレベルが向こうの方が上なのだから仕方ない。
俺達はまだ新婚なわけで、熟練の夫婦と比較するのが間違いというものだ。
「俺とユメハは、これからずぅ~っと一緒にいるわけだから、焦っても仕方ないさ」
「そうね♪」
ずっと一緒という単語が気に入ったのかユメハは機嫌を直してくれた。
甘い。
甘味というわけではなく――空気が甘い。
砂糖に蜂蜜をまぶしたような空気が周囲に充満しており、息をしているだけで糖尿病になりそうなくらい甘い。
機嫌を直したユメハの雰囲気があまりにも甘くて、俺の思考までズブズブと溶けていきそうだ。
今は夜のベッドに裸で絡み合っているわけではなく、昼のソファに服を着て隣り合って座っているだけなのに――それでも十分過ぎるくらいに甘い。
俺に寄り添っているだけなのにユメハは【世界で一番幸せ】みたいな顔をしているのだ。
こういう時は大抵の場合、無粋な邪魔が入るものだが――その日は何も起こらなかった。
その後の俺とユメハは延々とイチャイチャしてご飯を食べて、イチャイチャしながら一緒にお風呂に入って、イチャイチャしながらベッドに入って愛し合った。
本当に何もない一日で、だからこそ特別な一日だった。
今日だけで俺とユメハの愛は1歩も2歩も進んだ気がした。
◇◇◇
名残は惜しいが、新婚旅行に予定していた期間が終わりを迎える。
「楽しかったわねぇ♪」
「うん。楽しかった♪」
十分に旅行を満喫出来たユキナさんとユメハに未練はないようで、帝都に帰るという時間になっても不満そうな様子は見えない。
まぁ、俺に転移魔法と転移門がある以上、その気になればいつでも来られるしね。
そうして俺の転移魔法で帝都に帰ってきたわけだが……。
「なんだかざわめきが新鮮に感じられるわ」
今まで静かな田舎にいたので都会の帝都はいるだけで騒がしく感じていた。
これが本当にざわめきが大きくて帝都に異常があるのかと言うと、冒険者ギルドの女性職員であるサリーアと定期的に連絡は取っていたので異常はなかったらしい。
毎回のようにトラブルに巻き込まれる程サイオンジ公爵家も呪われた家系ではないようだ。
そうして俺達は日常へと帰還したのだった。
◇◇◇
「…………辛い」
思わず呟いてしまったが、別に辛い物を食べたわけではなく、旅行中はずっとユメハと一緒にいたので、そのユメハが近衛騎士団の訓練に行ってしまったのでポッカリと心に空白が生まれたような気がしてしまう。
うん。帝都の治安は大分落ち着いてきたので皇帝の護衛レベルが下げられて近衛騎士団も普段通り訓練を再開することになったのだ。
まぁ、落ち着いたと言っても相変わらず金銭面ではヒーヒー言っているみたいだけど。
でもユメハが隣にいないというだけで俺は甘味成分が大幅に不足して空気ですら辛いと感じてしまう。
「……加工魔法でも開発するか」
暇潰しに
加工魔法と言っても魔法でミスリルを望む形に変形させるのではなく、まずはミスリルを魔法の高熱で熱して融解させ可能な限り不純物を取り除く作業から始める。
ミスリルの融点は鉄とは比較にならないくらい高いが、魔法なら問題なく出せる温度なので寧ろ沸点を超えて蒸発させないように注意する必要がある。
こうして不純物を取り除いて液状化したミスリルを望む形に整えるわけだが、ここからが試行錯誤の始まりだ。
金属というのは本来、鉱石とは違って柔軟性を持つ物質だ。
分かりやすく言えば棒状にした鉄と石があったとして、鉄の棒は曲げることが出来るが石の棒は折れるだけ。
これが金属には柔軟性があるという証明なのだが、これでは剣を作る場合に不都合があるので《焼入れ》という工程を挟んで鉄を硬質化させる作業が入る。
日本刀などは、この焼入れの時に刃のみを硬質化させて、柔軟な部分と硬質化した部分の両方の残すという技術が用いられる。
ミスリルも地球には存在しない金属と言えど、金属であることには変わりないので焼入れをすることによって硬質化するとは思うのだが――元々硬度が高い金属なので一般的には形を整えるだけで十分と思われている。
というかミスリルの焼入れとか、そんな高温を確保出来る鍛冶師は存在しないから当然である。
だが魔法で高温を発生させることが出来る俺なら可能なわけで、ミスリルを焼入れする為の最適な温度を調べたり、焼き入れすることでどのように性質が変わるのかを調べる必要がある。
基本的に焼入れというのは高温に熱した状態から一気に冷やすことで成立するのだが――パキンと音を立てて目の前でミスリルが砕けた。
「ですよねぇ~」
あまりにも急激的な温度変化を与えると、温度差による膨張と縮小で砕けるのは分かっていた。
土鍋を高温で熱してから一気に冷やすと割れるのと同じ現象がミスリルでも起こったわけだ。
まぁ、これは魔法で高温から一気に温度を下げ過ぎたから起きたのであって、普通ではあり得ない現象だ。
うん。ミスリルが砕けるような高温から低温とか魔法じゃないと不可能だから。
とは言ってもミスリルでもここまで温度差を一気に変えると砕けると分かったのは実験の一環として貴重な情報だ。
それからミスリルの焼入れの温度を割り出し、更に焼入れをすることによってどのくらい硬度が上がるのということも調べた。
その結果として……。
「どうしてこうなったし」
俺の前には繊維状となったミスリルが散乱していた。
うん。ミスリルを液状化させたことで、どのくらいまで細く出来るのかを調べようと思ってグラスファイバーを作るように細く長く伸ばしてみた結果――大量の繊維状のミスリルが出来てしまった。
「これ、どうしよう」
とりあえず作ってみたものの、特に用途があったわけではない。
あまりにも細すぎて普通の糸みたいに曲がるし、その癖ミスリルとしての強度は健在なのか非常に切れにくい。
一瞬、これで服でも作ってみようと思ったが、束ねれば唯の金属糸で出来た服なので例の傭兵団の全身コーティングと変わらないギラギラで下品な出来になるだろう。
「糸……糸か」
問題となるのはミスリルの繊維が剥き出しでギラギラに目立つことなのだから、それを魔力で作り出した繊維で覆ってしまえば良い。
そうしてミスリルを芯とした色々な色の糸玉が大量に完成したわけだが……。
「服飾魔法と服を作る技術っていうのは別物なんだよなぁ」
俺は服の完成品を魔力で物資化させて作ることは出来るが、糸から服を作る技術は持っていないのだ。
勿論、服飾魔法の原型である服飾魔術を完成させる際には色々な服を調べて作り方を調査したし、服の構造を分解して詳しく調べたりもした。
だからユメハの為の絹製のスベスベの肌触りの下着とかを作ることが出来るのだが、それは構造を知っているというだけであって、実際に作った経験はない。
つまり糸玉が大量にあっても、これを布にしたり、服にしたりと色々と面倒な手順を考えると手作業で行おうという気が起きなかった。
「こうなったら真・服飾魔法を作るしかあるまい」
え? そもそも最初からミスリル内蔵の服を作れば良いじゃないかって?
ミスリルなんて異世界特産の金属で、原子番号も不明な金属の構造を俺が知っているわけないし、構造が不明な以上魔力で作ることも出来るわけがないじゃないか。
魔力を物質化させて作り出すことが出来るのは、あくまで俺が構造を知っている物質に限られるのだ。
つまり構造を知らないミスリルを作ることは出来ない。
真・服飾魔法改め、機織魔法を使って糸を布へと織り込んでいく。
この魔法、思ったより難易度が高いので単純に糸から布に織り込むだけでも相当に神経を使う。
これだと複雑な構造の服とか、とてもではないが作れる気がしない。
「……ユメハ用のリボンでも作るか」
今出来るとしたらそのくらいだ。
「でも折角だし、何か刻印でも刻み込むかなぁ」
ユメハの戦闘に邪魔にならない程度の便利な刻印魔法。
うん。ユメハの戦闘力は高過ぎて俺には理解不能なので、下手な補助をしようとすると返って邪魔になってしまうのだ。
それを考慮して手持ちの魔法でリボンに付与出来るものと言ったら……。
「翻訳魔法かな」
以前、こことは違う新大陸の探検に必要だと思って開発したけど、色々忙しくて開発しただけでお蔵入りになっていた魔法だ。
そういえばユメハと一緒に探検しようとも思っていたし丁度良いだろう。
ユメハに似合いそうな色と言うとシンボルマークの赤だが、赤い髪に赤いリボンというのもどうかと思うので、白地に赤い糸で刻印を刻むことにする。
これを頭の付近に身に付けていれば、どんな言語だろうとユメハに理解出来る言葉に自動で翻訳されて、更にユメハの話す言葉はどんな言語にだろうと翻訳される便利魔法だ。
俺は自分の装備そっちのけでユメハの装備を作ることに夢中になって頑張った。
「ただいま~」
お陰でユメハが近衛騎士団の訓練から帰って来るまでには翻訳機能付きのリボンが完成していた。
うん。ちょっと試してみたけどミスリルは予想以上に魔力と親和性が高いので、周囲の魔素を吸収して半永久的に効果が持続するという高性能な装備が完成した。
「おかえり~。丁度完成したところだったし良いタイミングだった」
「……何それ?」
「プレゼント」
「わぁ♪」
早速リボンを渡すとユメハは満面の笑みを浮かべて自分の髪にリボンを結び付けた。
「どうかな? どうかな?」
「ああ、最高に似合ってる。綺麗だよ」
「~♪」
「…………」
うん。なんか思った以上に喜んでくれているし、ここでリボンにミスリルが使われているとか、翻訳魔法が付与されているとか言い出すのは無粋に思えて来た。
「ありがとね、リオ♡」
「……どういたしまして」
うん。余計なことを言うのは止めておいた。
このリボンは夫である俺から妻であるユメハへの唯のプレゼントということにしておこう。
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