第5話 『好色王は清廉王に変えておく』
新婚旅行を再開して3日目。
今日も俺は湖の見える別荘の寝室のベッドの上で目を覚ました。
この辺りの朝は結構冷えるらしいのだが……。
「~♪」
毎朝のように裸のユメハと体温を分け合っているので寒いと思ったことはなかった。
今日も今日とて俺はユメハの暖かくて柔らかい身体を抱きしめて……。
「おはよ♡」
目を覚ましたユメハに朝一番のキスをされて1日が始まる。
ここ数日――というか新婚旅行に来て以来、ずっと別荘の中でイチャイチャして過ごしていたのだが、流石に退廃的過ぎる生活だったので森や湖を散歩する為に2人で出掛けることにした。
「~♪」
やはりユメハは御機嫌で、俺と腕を組んでのんびり歩きながら他愛のないことを喋る。
温泉街も悪くなかったけど、これはこれでOKだと思う。
俺もユメハも何の問題もなくゆっくりと散歩を楽しんで……。
「「…………」」
途中で遭遇した世界最強の生物夫婦とはお互いに見て見ぬふりをして通り過ぎた。
うん。俺達は何も見ていないし、何とも遭遇していないのだ。
「私は何も見ていないし、何とも遭遇してないけど……でも雰囲気が台無しよねぇ」
「……同感だ」
新婚旅行で嫁とイチャイチャしている最中に嫁の親と遭遇とか、どんな罰ゲームだ。
気を取り直して俺はユメハを誘って湖を見に行く。
この湖、どうやら大陸でも有数の広さを持つらしく、その広さは余裕で日本最大と言われた琵琶湖を上回る。
流石に地球で一番のカスピ海ほどではないと思うが、それでも向こう岸が見えないくらいには広大な湖だ。
ぶっちゃけ見える範囲では湖を森が囲んでいるように見えるが、森の範囲よりも湖の範囲の方が圧倒的に広い。
「これ……海じゃないのよね?」
「海水ではないな」
俺は湖に指を入れてから舐めてみるが、塩味ではなかった。
まぁ、カスピ海の水は塩辛いらしいけど、この湖は普通に淡水だった。
「機会があったらボートで湖の散歩と洒落込もうか」
「良いわね♪」
それはそれでロマンチックだと思ったのかユメハは賛同してくれた。
まぁ、焦る必要もないし今は普通の散歩で十分だけど。
湖一周なんて苦行に挑戦する気のない俺達はのんびりと湖を眺めながら散歩して、お昼は湖で釣りをした魚を2人でイチャイチャしながら調理して済ませ、夜には別荘の傍でBBQを堪能してから――2人でお風呂に入って2人でベッドに入った。
勿論、そのまま寝るなんてことはあり得ないので夫婦の時間をたっぷりと堪能した。
◇◇◇
湖では貸しボートとかやっていなかったので、俺が魔法でボートを作って湖に漕ぎ出した。
「広ぉ~い♪」
風魔法で労力なく推進するように設定したのだが、それで進んでも対岸に陸地が見えてこない。
対面ではなく俺の隣に座ったユメハが楽しそうにはしゃいでいる。
「湖の上はちょっと冷えるかな」
「……そうだね」
この程度で寒さを感じる程ではないが、それを理由に俺はユメハの肩を抱き寄せるとユメハは俺の言い分を否定せずに素直に肩を抱かれて寄り添って……。
リーン。リーン。
「「…………」」
無粋な念話装置のイヤリングからの呼び出し音が雰囲気をぶち壊しにした。
「…………何?」
恐ろしく不機嫌そうな声でユメハが念話装置のネックレスに問いかける。
「は? なんであたし達がそんなことを……? そんなの自分達で……あ、ちょっと!」
そうして、いくつかのやり取りの後、ユメハはゲンナリした顔で俺を振り返る。
あ。嫌な予感。
「お母さん達が自分達にもボートを作ってくれって」
「……おうふ」
この広い湖に漕ぎ出した俺達をどうやって見つけ出したのかは知らないが、なんて理不尽で自分勝手な要求。
そりゃ湖の周りを散歩するだけじゃなくて湖にボートで漕ぎ出すのはロマンチックに見えるだろうけど、新婚夫婦に態々要求することか?
「スルーしたら駄目かな?」
「その場合、お母さんは問答無用で押しかけて来ると思う」
「……なんて理不尽な」
流石は現世界最強の生物。
理不尽さも世界クラスですわ。
「ごめんね、リオ。私にもっと力があれば……」
「良いんだ。ユメハは頑張っているよ」
こんなことで自分達の力不足を実感するとは、まさかこれもサイオンジ公爵家の試練の一環とか言い出すんじゃないだろうな。
「ありがとう♪ やっぱり持つべきものは便利な技能を持った娘婿よねぇ」
「……そうですね」
結局、世界最強の生物――ユキナさんは普通に感謝して普通にボートを腕輪の中に収納して去って行った。
本当にボートが羨ましかっただけみたい。
「俺はこの憤りを何処にぶつければ良いのだろう?」
「どーどー」
ユメハに宥められたので今夜にでも彼女に身体に直接ぶつけることにしよう。
勿論、性的な意味で♪
「なんか湖でボートって気分でもなくなっちゃったし、他のところを散歩に行きましょう」
「……だな」
だが今はとりあえずユメハの誘いに乗って散歩しながら気分を変えてイチャイチャするとしよう。
リーン。リーン。
なんて思っていたら再び念話装置の呼び出し音が。
「…………何?」
『ひぇっ! あ、あれ? アリサさん……じゃなくてエミリオ殿下ですよね?』
思わず不機嫌丸出しの声で応えてしまったが、念話相手はユキナさんではなく冒険者ギルドの女性職員のサリーアだった。
「帝都で何か異常発生?」
『いえ、最初から決めていた定時連絡です。今のところ帝都に異常はありません』
「……そうだったな」
そういえば数日に1度、決まった時間に定時連絡が来るように頼んでいたのだった。
分かっていた筈なのにユキナさんの理不尽で忘れていたわ。
「ありがとう。お土産を買って帰るから、これからもよろしくな」
『あ、はい。ユメハ様に恨まれない程度で大丈夫ですからね?』
「……分かっている」
とりあえず手早く定時連絡を終えて念話装置を切った。
「定時連絡?」
「ああ。帝都には何も異常はないって」
「そっか。そういえば、この時間だったわね」
ユメハも忘れていたのか特にサリーアに怒っているわけではなさそうだ。
「でも今日は妙に邪魔が入るわねぇ」
「……今度、音信不通にして無人島に篭ってイチャイチャするか」
「いいわね♪」
半分冗談だったのだがユメハは即断で可決してしまった。
今度、丁度良さそうな無人島でもピックアップしておこう。
◇◇◇
今日もユメハと共に別荘のベランダから湖を眺めてイチャイチャしていたのだが、その湖を1艘のボートがゆっくりと漕ぎ出していくのを見つけてしまった。
考えるまでもなくユキナさん夫妻のボートだろう。
「なんでだろう? 特に邪魔でもない筈なのに、見つけただけで雰囲気が台無しにされた気がするわ」
「……同感だ」
昔から思っていたことだが、やっぱり俺にとってユキナさんというのはトップクラスに苦手な相手なのだと改めて認識した。
そうしてユメハと2人でボンヤリとボートの行方を追っていたら――唐突に湖が割れて巨大な水竜が出現した。
「「…………は?」」
突然のことに呆気に取られる俺とユメハの視界の中で水竜は――真っ二つに斬られて湖の底に沈んでいった。
「「ですよねぇ~」」
あの水竜がどの程度のレベルの魔物なのか知らないが、流石に世界最強の生物の前に姿を現わすには力不足だったらしい。
「というか、あの湖にはあんなレベルの魔物が生息しているんだなぁ」
「きっと今までボートで湖に漕ぎ出そうという人が居なかったのよ。だから経験不足で……相手の力も読めなかったんだわ」
「なんて不幸な奴」
よりによって世界最強の生物の前に姿を現して、しかもデートの邪魔をして逆鱗に触れてしまうとは――哀れだ。
「あの水竜がこの湖の守り神とか呼ばれていないと良いんだけど」
「……俺は何も見ていない」
「……私も何も見ていないわ」
とりあえず阿吽の呼吸で何もなかったことにすることにした。
おまけにボート遊びを中断するつもりもないようで悠々と湖の上をボートでゆっくりと漕ぎ出した。
ちなみに以前にユキナさんを
どうやら魔法を挟んだとしても俺の視線に気付いてしまうらしい。
瞬時に『あ、こりゃ駄目だ』って思ったもん。
別にユキナさん相手に覗きをするつもりはなかったが、あの人相手に
ユメハの場合は、なんとなぁ~く視線を感じるらしいが、まだ明確に見られているとは判断出来ないらしい。
これもきっと将来的には出来るようになるのだろう。
「でも水中の魔物かぁ。今まで特に考えて来なかったけど水中戦も出来るような魔法があった方が便利かなぁ」
「それって新婚旅行中に考えるようなこと?」
「湖の中を散歩とか幻想的じゃね?」
「それは……良いかも♪」
ユメハの賛同も得られたので新婚旅行の日程中には完成させておきたいものだ。
◇◇◇
今日は朝から町の方に出掛けて久しぶりに町中デートを楽しむことにした。
考えてみれば別荘の周辺ばかり観光していたので町の中は全く散策していなかったしね。
「小さな町かと思っていたけど、思ったよりも大きな町ね」
「湖と比較していたから小さく見えたけど、湖が大き過ぎるだけだったか」
うん。湖の傍にチョコンと町があるように見えていたけど、比較する湖が大き過ぎるだけで町のサイズは十分に大きかった。
それに別荘に泊まりにくるような金持ちを対象にしているようで、町で売っている品揃えも悪くなかった。
俺とユメハは久しぶりの買い物デートを楽しめた。
「お昼はどうする?」
「適当な食堂で良いんじゃない?」
「だな」
前の時も新婚旅行では当たりはずれも加味して醍醐味だったので適当に目についた食堂に入ることにした。
近くの湖から魚が取れるので魚料理がメインだったが味は悪くなかった。
「悪くないから75点ね」
「湖で取れた魚を調理しているなら頑張っている方だろうから80点」
それぞれに評価しながらお互いの食事を食べさせ合ってイチャイチャを堪能する。
相変わらず独身男の嫉妬の視線が突き刺さるが、それに優越感を感じるくらいは俺もユメハの夫として慣れて来た。
そうして2人で食事を堪能していたら――ガラリと食堂の扉が開いて騒がしかった食堂がシンっと静まり返った。
「なんか、前にもこういうのあったな」
「あったわねぇ」
食堂に入って来たのは長身で筋肉質の男と、その連れの女。
勿論、連れの女が1人や2人なら食堂が静まり返ったりはしないが、その人数は十分すぎるくらいに異常だった。
1人の男に対して10人の女がぞろぞろと食堂に入って来たのだ。
「どうして新婚旅行中になるとハーレム野郎に遭遇するんだか」
「前は5人だったけど、今回は倍かぁ」
流石に俺とユメハも呆気に取られる人数だ。
「店主! 席は空いているか?」
「あぁ~……ご覧の通りです」
当たり前だが今は昼時であり、この食堂は十分に人気があるのか席は殆どが埋まっている。
どう見ても11人が座れる席は空いていない。
「空けてくれ」
そう言って男は懐から革製の袋を取り出して中身を机の上にばら撒いた。
中身はお金――流石に金貨ではなかったが銀貨が机の上に散乱して散らばっていく。
要するに1万円相当の銀貨を数十枚蒔いたのだ。
それに釣られて席に着いていた客達が銀貨を反射的に拾い集めて――ハッと周囲を見渡してそそくさと食堂から出て行った。
この店は料金前払いなので食い逃げではない。
そうして一気に食堂から客がいなくなり――残ったのは我関せずの俺とユメハ。
今更銀貨が数枚程度では拾いに行く気にもならないので無視して食事を続けていたのだ。
幸い、俺達が座っている席は店の壁際だったので邪魔にならないと思ったのか、男は少し目を細めたが女達を促してそれぞれが席に座って店主に注文し始めた。
「無粋ね。楽しい雰囲気が台無しだわ」
「だな」
楽しく談笑しながら食事という雰囲気ではなくなってしまったので俺とユメハは少しだけ食事のペースを上げた。
別に食べきる必要はないのだが、特に食事に問題があったわけでもないので残して店を出るのも勿体ない。
そうして食事を終えて早々に俺達は食堂から出て……。
「お嬢さん、少しよろしいですか?」
店から出た俺達――というかユメハを男が追いかけて来た。
さっきはチラリと見ただけだったが、野生的な雰囲気を持った銀色の髪と濃い緑色の瞳をしていた。
「…………何?」
声を掛けられた――というか明らかに俺を無視した男をユメハは最高に不機嫌そうに睨みつける。
「食事の邪魔をしてしまったようですのでお詫びにこれを……!」
言葉の途中でユメハは男が差し出してきた革の袋――恐らく金が入っていたと思わしきものを手で振り払った。
「汚らしい手で触らないで」
「…………」
俺は無視していたがユメハに対しては紳士的――似非紳士的だった男の目がスッと細くなる。
ちなみに擁護しておくと、ユメハが言った汚らしいというのはお金で全てを解決しようという性根の話で、相手が不潔だとか下賤だとかいう話ではない。
「おいおい。ちょっと綺麗な顔しているから声を掛けてやったというのに調子に乗るなよ。俺が優しくしている間に靡いておいた方が身の為だぜ?」
そうしてユメハが見抜いた性根は間違いなく、こいつは下衆だったようだ。
男は目を細めたままユメハにゆっくりと近付いて――気が付いたら俺の目の前にいた。
どうやらユメハを狙うと見せかけて連れの俺を狙う作戦だったようだが、俺の
「何? この程度なの?」
「なっ……!」
俺に向けられた男の拳は俺に届く前にユメハに掴まれて――そのまま握り潰されていた。
「がぁっ……!」
悲鳴を上げてユメハの手から強引に脱出する男だが、ユメハは興味がないのか俺の方に話し掛けてくる。
「ねぇ、リオ。こいつって冒険者のクラスに換算したらどのくらいかしら?」
「Sクラスじゃね? 銀髪碧目で女好きの冒険者って言えば好色王ライナックルって奴がいる筈だし」
「それって前に殴り飛ばした奴とどっちが強いの?」
「世間の評判からすればケルザッヘルの方が上って言われているな」
「なんだ。底辺の更に下なら、やっぱり大したことないのね」
ユメハの認識だと前に遭遇したSクラス冒険者の無法王ケルザッヘルはSクラス最弱なので、それ以下だと雑魚ということになるのだろう。
「てめぇっ! 俺を誰だと思って……!」
「雑魚が粋がるんじゃないわよ。あんたみたいな奴が近くで呼吸していると思うだけで不快だわ」
ユメハは相当ライナックルが生理的に受け付けないのか、嫌悪感丸出して不快そうに顔を顰めている。
「ふむ。折角だし、こいつにも暗示を掛けて今後一切女に近寄れない身体にしてやるか」
「それ、良いわね♪ 流石リオだわ」
「っ!」
話を聞いていたライナックルの顔がサッと青褪める。
「ちょ、ちょっと待て。お前ら、まさかケルザッヘルの野郎に呪いを掛けて勤勉王に変えたとかいう……!」
「良かったな。お前も今後は真面目に働いて清廉王とか呼ばれることになるかもしれないぞ」
「冗談じゃねぇ!」
ライナックルはケルザッヘルの噂を聞いていたのか、俺達から一目散に逃げ出して……。
「まさかと思うけど……逃げられるとでも思っていたの?」
「っ!」
ユメハに一瞬で追いつかれて顔面を殴り飛ばされた。
お陰で俺は人間が地面にバウンドしてから空高く舞い上がるという貴重な場面を目撃する羽目になった。
人間の身体って、あんな勢いで地面に叩きつけられると弾むんだねぇ。
「あ……ががっ」
勿論、殴られた方は無事で済む訳もなく、気絶寸前の状態でガクガクと身体を震わせながら地面を這いずり回っていた。
「よく生きてたなぁ」
「ちゃんと手加減したもの♪」
「…………」
手加減ってなんだっけ?
「……まぁ、いっか」
俺は気を取り直して倒れたライナックルの身体を掴み上げて上半身を起こさせ……。
「ほら、こっち向け」
「おごぉっ!」
必死に抵抗するライナックルの顔面にパァン! とビンタをお見舞いして抵抗力を削ぎ落していく。
「はぐぅっ! ほげぇっ!」
更にいい加減に俺もムカついていたので往復ビンタをパパパン! とお見舞いして……。
「リオ。流石にそれ以上やると死ぬんじゃない?」
「あ」
気付いたらライナックルは白目を剥いて身体をビクビク痙攣させていた。
「冒険者の最高峰って言われているSクラスだって言うのに相変わらず貧弱だなぁ」
そういえば
面倒だけど回復させてから暗示を掛けることにした。
ライナックルに暗示を掛けて軟派な女好きから硬派な女嫌いにしてやったので連れの女達は怒るかなぁ~と思ったのだが……。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
逆に泣きながら感謝された。
どうやら彼女達は好きでライナックルに従っていたのではなく、攫われるのと同然に同行を強要されていたようだ。
しかもライナックルは常に10人の女を揃えることを日常にしていたらしく、女達が妊娠したり大怪我したら捨てられていたので戦々恐々としていたのだとか。
「最低ね、こいつ」
「ついでに今までの女達に償いをするように追加の暗示を掛けておくか」
俺にしてもユメハにしても同情の余地なしということでライナックルには今まで酷いことをした女達に償いをするように追加の暗示を掛けておく。
うん。これで本当に好色王から清廉王と呼ばれることになるだろう。
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